9話「アニーへの怒り」
「ちょっと、ヴィクトリア! いるんでしょ! 開けなさいよ!」
「ただいま開けますね!」
「さっさとしてよね!」
ノアが部屋を急いで開ける。やっぱりアニーだった。
綺麗な金髪は編み込みながら整えられているし、明るい色のドレスがよく似合っている。
「あらあら、一人優雅にティータイム? そんな暇あったわけ?」
「申し訳ありませんね、それとご機嫌よう」
「ご機嫌よう!」
大体、ヴィクトリア・ブラウンはこの国の姫。母親や父親から重要視されていない存在。
しかし、そんな彼女へここまで強気で不敬を働けるとしたら――思い当たる人物はただ一人しかいないもんね。
「ヴィクトリア、今日も部屋にこもってたの?」
「そうね、アニー」
「あなたには独りぼっちがお似合いよ」
私の返答に、彼女はご機嫌な様子で笑った。
彼女は小柄だ。しかし、その整った唇から放たれる言葉は真逆。自信に満ち溢れている。
見るからに強気なお嬢様という印象だ。どちらが偉いのかわからないな。
後ろの使用人達があたふたしているのも、まあ当然と言ったものか。
「わかるわ……」
ヒシヒシと伝わってくる。多分、ヴィクトリアは仲良くなりたかったんでしょうね。この女性とも。
でも、多分無理。ううん、多分じゃないよ。絶対無理。
人には合う、合わないってあるんだよ。相性は大事。
身分関係ないにしたって、赤の他人の部屋に突撃しながら、独りがお似合いなんて台詞吐くような人とは上手くいく道理がない。
「心配してくれたの? でも、私にはノアがいるから大丈夫よ」
「ノア? ああ……あなた今、メイドなんてしてるの?」
「はい……私は現在、ヴィクトリア様に雇って頂いております。ノアと申します。よろしくお願い致します」
どうやらこの2人は知り合いのようだ。ノアも元はお嬢様だったわけだし、この2人が顔見知りだとしても不思議じゃない。
しかし、どうもアニーの発言ってきついのよね。聞いていてあまり気持ち良いとは言えないな。
「ちょっと家柄が良いからって、どうせ人のこと見下してたんでしょ?」
「いえ、そんなことはありません!」
「いつも悩みなんてありません、みたいな様子でヘラヘラしてて気に食わなかったのよね……いい気味だわ!」
綺麗な薔薇には棘がある、なんて言葉がある。けれど、この女の場合は大概だ。言って良いことと悪いことはある。
何故だろう。ヴィクトリアの周りには性格の悪い人間しかいない。
言われた本人は、とても傷ついたような顔をして俯いている。メイド服の裾をぎゅっと握りしめて、少し泣きそうな顔をしていた。
「ヴィクトリア、あなたって本当に人を見る目がないわね。こんな堕ちた女を専属メイドにするなんて」
「そうね、私はたしかに見る目がなかったわ……だってあなたと仲良くなりたいなんて思ってたんだもの」
「私と仲良く……急になんなの?」
「ヴィクトリアはあなたと仲良くなりたかったのよ。ただ、そんな私に見る目がなかっただけね」
「どういう意味よ!」
ヴィクトリアはこの女と仲良くなりたかったらしい。日記に書いていたし、きっと友達が欲しかったのだろう。
私はアニーと初対面のようなものだ。彼女をよく知らないのに、こんな言葉を使うべきではないかもしれない。ただ、私は彼女は友達にするには幼すぎると思う。
人のことを馬鹿にしたり、見下す発言をする人を友人にはできない。
大切な使用人を馬鹿にされるのなら尚更だ。
「言葉通りの意味よ」
私の言葉にキッと睨みつけてくるが、私も引くつもりはない。
噛みついてきそうな勢いの彼女に自分から近づく。すると、アニーは動揺しているようで一歩引いた。
そこで私はまた一歩、彼女に近づく。そして口を開いた。
「ノアが人を見下してる、なんて憶測で話しているけど……根拠は?」
「そ、そんなの見てればわかるでしょ?」
「私にはそう見えないもの。根拠を提示して」
「なんなのよ……」
アニーは悔しそうな顔をしているが、全く反省しているようには見えない。どうしてだろう。
一向に譲らないあたり、かなりの気の強さと頑固さが窺える。
「ちょっと家柄が良いから人のことを見下している……それはあなたのことでしょ。お金や地位があれば、人のことを傷つけて良いと思ってるの?」
「地位があるから、無能な使用人を雇ってあげてるんじゃない! お給金払ってるんだから、虐げられても文句言えないわ。そんなことも分かってないの?」
「……わからないわ」
「昔から使用人にも気を遣っちゃってビクビクおどおどして、大人しいお姫様だものねぇ。なーんにもわからないのね」
「違うわ。あなたがそこまで傲慢になれる理由がわからないって言ったの。今の話でわかったのは、あなたが酷すぎるってことくらいよ」
アニーは何故、そこまでヴィクトリアを目の敵にするのだろう。
ヴィクトリアもアルビーもアニーも、そしてノアも生まれが良い。全員良家の人間だ。
しかしながら、ヴィクトリアとアルビーの親は姉弟で区別している節がある。アニーの親は彼女を溺愛しているということが日記に書いてあった気がする。羨ましいとヴィクトリアは書いていたが、それでこの性格になったと考えると――なんとも言えない。
ノアの両親は彼女を厳しく躾をしつつ、愛してくれたらしい。家が没落してしまっても、彼女は真っ直ぐ育っている。親の躾で、人間性ってこんなにも変わる物なのね。
「ヴィクトリア、いつもビクビクしてたくせに……偉そうに!」
「アニー、少し自分のこと見つめ直した方が良いんじゃない? 用がないなら今日はもう帰って」
一体なにしにきたのか知らないけど、要件も告げずにボロクソ言われているのだ。もう付き合うのも馬鹿らしい。時間の無駄。
すると、アニーは俯いて下唇を噛んだ。拳を握りしめて、プルプル震えている。
「ノア、気分転換にお散歩しましょう。少し付き合って」
「は、はい」
アニーは黙って走り去っていった。これで少し気分もすっきりした。