8話「束の間の休息後」
「ヴィクトリア様、顔色が悪いようですが……少し休憩しましょう」
「大丈夫、もう少し頑張れそう」
「いえ、休憩を挟みましょう。根を詰めても良いことはありませんから」
ノアには母親からの提案を伝えていない。伝えたらきっと気にしてしまうと思ったから。
ただ思っていたより相手は忙しいようで、お見合いもどきまではまだまだ時間がかかるらしい。それならば私がすることは一つ。
私は女として生きるのではなく、ヴィクトリアという人間として生きること。即ち、勉強だ。
「ヴィクトリア様は飲み込みが早いです!」
「ありがとう。でも、そんなに褒められると恥ずかしい……」
「ですが、無理をしすぎていますよ。昨日も夜遅くまで本を読んでいましたよね」
あれから数日、まだ日程は決まっていないらしい。そのため授業も順調だ。
ノアは私のことをよく見ている。
昨日は武術を行った。多分あんな光景を他の人に見られてしまったら、とんでもないことになるだろう。
武術を終えた後、ノアはゆっくり休むように私に言った。確かにそう言われた。
ただ、私には時間がない。少しでも色々と学べることは学びたい。そこで哲学や語学を学ぼうと本を漁っていた。そして夜眠れるまで読んでいたのは確かだ。
「ヴィクトリア様の身の回りのことをさせて頂くのが、メイドとしての私の仕事です」
「そうよね……いつも本当に感謝をしているの。ありがとう」
「いえ……出過ぎたことはしてはいけない立場です。ですがヴィクトリア様の専属メイドとして、心配をすることをお許しください」
ノアは真剣な表情を浮かべ、私を見つめている。そこまで疲れているように見えたのだろうか。
だが、こんなに心配してくるような相手がいるのは本当に嬉しいことだ。それだけはわかる。
「わかった……心配してくれてありがとう。これからは気をつけるわ」
朝倉凛として生きていた私は、相当な無理をしていた。それこそよく頑張ったと自分を褒めてやりたいくらい。
同年代が遊んでいる間にも仕事に明け暮れて、たまに羨むこともあった。本当は自分でもわかっていたけれど、無理でもしないと家族を支えられないと思っていた。
だから、懐いてくれている後輩からの心配の声を無視する形で、ただただ無理をした。そして身勝手に死んでしまった。人からの温かい気持ちや声を無視していた。
でも、今回は違う。もう間違えてはいけない。この身体は、ヴィクトリアの身体だ。
心配してくれている人の気持ちを大切にしなければならない。
「休憩するし、無理もしない。だから、これからも私のメイド兼先生としてよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ! 精一杯努めて参ります!」
さて、お茶も飲み終わった。軽く糖分も摂取した。ちょっとの休憩を挟んだし、確かに疲れも少しだけ和らいだ。
無理はしないようにしつつも、できる範囲で頑張りたい。そろそろノア先生に授業を再開してもらおう。
「ノア先生のお陰で休憩できました。引き続き、よろしくお願いします」
「先生だなんて……そんな! でも、そうですね……再開しましょう!」
こうしている時間は本当に癒しになる。だからこそ、そんな癒しを得た後は特に頑張れるのだ。
続きをと思っていると、部屋の外から足音が近づいてくるのがわかった。
カツカツというヒールの音、ただその音だけでわかる。その人物はかなり自分に自信のある人間なんだなぁ、と。
「アニー様! アニー様、お待ちください!」
「使用人風情が、私に意見をする気!?」
「そんなことは……ですがお待ちくださいませ」
「うるさいわね。アルビーからの許可は得てるわよ!」
うわぁ、面倒くさいことになりそうだ。大方、アルビーの女だろう。いや、知らないけど。
この前、あの愚弟はノアに対して色々とグダグダイチャモンつけてたし、もしかするとそういうことなのかもしれない。
足音だけでもかなり喧しいし、発せられる言葉からも足音からも気の強さが滲み出ている。
「大丈夫、ノア。私に任せてね」
「ヴィクトリア様……?」
ノアのことは私が守るわ。そりゃあ私の大切な専属メイドだものね。それに授業を再開したい。
弟の女癖の悪さで招いた事態に、私達が巻き込まれることはないだろう。ノアにとっても私にとっても、良い迷惑だ。
「ちょっと、ヴィクトリア! いるんでしょ! 開けなさいよ!」
「へ?」
「ヴィクトリア様へのお客様、のようですね」
驚いた。まさか私への客だったのか。