6話「母親の来室」
「ヴィクトリア、入りますよ」
「お母様……ご用があるのなら、私の方からお伺いしましたのに」
「そんなことはどうでもよろしい。メイドのあなたは席を外しなさい」
「失礼致します」
お茶を差し出したノアへ、ピシャリと言い放った母親。彼女に訊かれたくないような話なのだろうか。
ヴィクトリアの母親は、娘のことは重要視していない。彼女にとって必要な子供は、ヴィクトリアではなくアルビーだった。
それならば、私のアルビーに対する言葉が地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「あれがあなたのお気に入り?」
「ノアのことですか? 私の唯一信頼しているメイドです。あれ、という表現は控えていただきたいのですが」
「ただのメイドでしょ。そんな娘の為に、私に対して口答えするの?」
この光景、経験したことがあったな。デジャヴとかではなく。
それは、私がまだ朝倉凛として生きていた時のこと。
「小嶋さん、あなたトロいけど……頼んだ分の仕事、勿論終わってますよね?」
「はい、昨日頼まれた仕事ですよね!」
「今朝あなたのデスクに置いてた分もだけど」
「そんな! 私、聞いてません!」
可愛がってる後輩が嫌がらせを受けていた。
ある日、お局が仕事を彼女に押しつけて退社した。朝に追加の仕事を回していたらしい。
そんなことなどつゆ知らず、彼女は責められる羽目になってしまったようだ。
「聞いてないって……まず謝罪じゃないの?」
「申し訳ありません……でも!」
「こうやってすぐ言い訳を始めるのよね。若さしか取り柄がないくせに……会社のお荷物なんだから」
「えっ、でも」
「人としてどうなの?」
お局の先輩から、人格否定までされていたらしい。出社して、その光景を見た。流石に見過ごせなかった。
可愛がっていた後輩ということもあったけど、彼女は彼女なりに精一杯仕事をしていた。それを認めずに、若いからというだけで目の敵にしているお局に腹を立てていたこともある。
その後輩も、さまざまな悩みを抱えていた。よく私のことを頼って相談をしてくれることもあった。
「朝倉さんって裏表がないから、そこが気に入ってるの。気に食わない仕事は後輩に押し付けると良いわ」
「私も凛さんみたいに力をつけて、今度は私も力になりたいです! もしよろしければ、ここも教えていただけませんか?」
若さと美しさのせいで嫌がらせをされるなんて、そんなのは理不尽極まりないだろう。
ただ、そんな中でも向上心を持ち続けて仕事に取り組む後輩は素敵だった。
翻って仕事を後輩に押し付けて、いびるだけのお局に良い気分はしない。
どちらのことが大切かなんて、馬鹿でもわかる。
「この仕事は先輩のお仕事ですよね?」
「……私は小嶋さんが無能だから、鍛えてあげるだけよ」
「小嶋は無能ではありません。しっかり自分の仕事をこなした後、先輩に押し付けられた仕事をしています」
「ただ若い無能でしょ? そんな社員の為に口答えするの?」
「小嶋には小嶋の仕事があります。実際に頼まれていた分、終わらせてくれたんでしょう? まずお礼と謝罪をするべきでは?」
「は?」
「自分の仕事に責任を持てない上司なんて、ついてくる人はいませんよ」
あの時のお局は、これでもかと言うほど私のことを睨んでいた。周囲の女性社員は気まずそうにしてたっけ。
自分が首を突っ込んだことで、余計に場を引っ掻き回してしまった。あの時のことは本当に申し訳なかったな。
「ヴィクトリア、聞いているの!?」
「申し訳ありません。それで、お話は?」
思わず昔のことを思い返してしまった。
けれど、まるっきり同じような言葉を言われたんだもの。
目の前の母親は、先ほどよりも冷めた視線をこちらに向けた。
彼女はヴィクトリアに関わろうとしていなかった。しかしながら、おおよその見当はついてる。きっと弟のことだ。どうだろうか。
「あなた、女王になるなんて馬鹿なこと……本当に言ったの?」
ああ、やはりそうだったか。