6.不穏な動き
部屋の窓を開けると、心地よい風が通り抜けた。気付くと、ついこの前始まったとばかり思っていた夏も終わりを告げようとしていた。
そもそも。この世界は本当に不思議なところだと思う。時間の感覚なども自分がもともといた世界とほとんど変わらないし、なにより四季がある。ここで暮らしたのは1年と少しだけれど、なんだか情緒を感じるのは季節がそうさせている部分が大きいのではないかと、勝手に分析している。
なんだかんだと、あっという間に年月が過ぎ去って、おばあちゃんになってそうだな……自分一人、この世界に似つかわしくもない縁側に座り、お茶を飲んでいる姿を空想していた時だった。
「聖女様、大変です!」
「わわっ! またシオウの部下さん。……ということは、シオウ関係で何かありました?」
いきなり入ってきたのは、以前にもシオウの異変をお知らせしてくれた部下の人。シオウの緊急事態は、ここに知らせる決まりでもあるのだろうか……?わたしにできることは少なそうだけど。
「突然、失礼しますっ! 明日、宰相様や大臣の皆様が集って大きな会議が開かれる予定で……なんでも、噂によると、シオウ様が西側の国境に異動させられそうなんです。聖女様! なんとか阻止してくださいませんか!?」
「え! ええ!?」
思いもよらない報告に、わたしは言葉を失った。
・ ・ ・
次の日。
広い会議室にずらりと並ぶ大臣さん達、えらい役職の方々。
わたしの近くにはレイヴァル様と宰相のウォーレン様もいる。
……シオウは……いない。
「ここ最近、諸国の皆様をお招きした場で、いろいろな情報が得られているところです。しかし、その中に気になることがありまして……周辺国では魔力を取り戻した者が現れ出したという噂が流れているのです」
1人の報告に、会議室がざわめく。
「我が国の内部ではそんな報告は届いていないようだが……」
「確かな情報かどうかは、今調査中なのです。我が国から離れている地域の話らしいので」
「やはり、ここが魔力無効化の震源地…中心だから、距離が離れるほどその効果が弱まっているということなのだろうか? ……その噂が本当なら、魔力はいずれセント=フェアリア内部にも戻ってくる可能性があるな」
「現段階では、噂はあくまで噂。世界に魔力が再び戻る保証もありません」
その場のみなさんが、複雑な表情を浮かべている。そんな中、また別の文官の一人が口を開いた。
「噂の調査については、現在各国に派遣されている者達と連絡を取って行っているところです。……ここまでを踏まえ、今回の本題に入りたいと思います」
(シオウの……!?)
「西の隣国……『ソーガ』と我が国はこれまで幾度となく争いを繰り返してきた歴史を持ち、現在も国交が閉ざされています。今、ソーガが先に魔力を取り戻し、我が国が遅れをとることになれば、攻め入られた場合大きな被害を被るでしょう。そこで、万が一に備え、国境の警備をシオウ様に任せようという話になったのです。シオウ様が防衛のために赴いてくだされば、これほど心強いことはないでしょう」
「もともとの兵の配置では手が足りないと?」
「現在も手厚く警備してはいますが、先ほども申しましたように、魔力の差が状況を変える恐れがあります。それに、西の国の不穏な動きを見張るには、シオウ様ほどの適任者はいないでしょう」
「あの、シオウが配置される期間は……?」
わたしも恐る恐る質問する。
「果たして、数年で解決するでしょうか? シオウ様には、そのまま留まっていただけるとしたら、我が国も安心でしょう。」
会議室にシオウの姿がないのは、決定権がないというのだろうか? わたしは、昨日部下さんから聞いた話を思い出していた。
最近国王であるレイヴァル様と宰相のウォーレン様派の力を弱めようと動いている大臣の派閥があると。そして、真っ先にシオウがそのターゲットにされそうだということらしい。表向きは国の防衛という説得力のある話なので、反対しづらいけど。
……シオウの部下さん、すごく落ち込んでたな……。
一度行けばほとんど王都に戻ることもできず、常に命の危険と隣り合わせな場所だと言うから、当然か。
「シオウは何と言っているんですか?」
「この会議で決定すれば、そのように通達されるでしょう。もちろん、事前に打診はしてありますよ。宰相様のいる場での決定だと彼は逆らえませんから、実質命令のようなものです」
「……! シオウは『聖女』の護衛という立場でもありますよね? わたしにだって意見できる権利はあるんじゃないですか?」
「だから、こうして聖女様にも決定の場に参加していただいているのですよ。しかし、聖女様はその力を失われてから、シオウ様の護衛が必要なほどの危険に晒される機会もなくなったのではないでしょうか。であれば、この国の一大事。優先事項を考えれば配置換えも致し方ないかと思いますが」
「う……」
わたしが反論するのも想定済みだったのだろうか……。その文官の男性は少しオーバーに首を振って見せる。わたしが次の言葉に困っていると、レイヴァル様が口を開いた。
「あくまで現段階では噂の範囲なんですよね。確かに西側の護りは大切ではありますが、現在の仕事をしっかりこなしているシオウに対して、これ以上負担を増やすのはどうかと思います」
レイヴァル様……! 援護してくれているようで、嬉しい。そこで口を挟んできたのは別の大臣。
「恐れながら……王は、この世界の仕組みを全て変えてしまった責任があります。こうなった以上、どうやって国を守るのかお考えになる必要があるのではないでしょうか? 今回の西の国との問題も、『魔力が消える事件』がなければ現れなかったことです」
「それは……そうかもしれませんが、王都の復興に関してもシオウの力があってこそ、ここまで進んでいるのでは」
レイヴァル様は少しためらった様子だけれど、さらに言葉を続けた。……ウォーレン様は様子見といったところだろうか? 特に発言はしない。
レイヴァル様が味方してくれるなら……心強い。わたしも加勢しよう。
「シオウが一生懸命に城での仕事をこなしている様子を見てきました。みなさんだって、そうでしょう? これまでシオウが働いてきたことを途絶えさせてまで、王都を離れさせるのはどうなんですか?」
会議室はしばらくの間騒然とした。どちらの立場でもたくさんの意見が出てきたけれど、何となく、シオウを左遷させたい派閥の人達が押されてきたように感じる。もちろん、今までのシオウの努力が認められて当然な場面なんだけど。心の中でガッツポーズをしたその時……
1人の男性が前に進み出た。
「そもそも、シオウ様はこの国の人間ではないでしょう」
その発言に、場が静まり返る。
「……だから、何だと?」
「たまたま今回、魔王退治で活躍されたとはいえ、本当にセント=フェアリアに忠誠を誓っているのかも怪しいものです」
1人が口を開くと、次々に加勢する仲間たち。
「私も、国を揺るがすほどの強力な武器を隠してきたと聞きました!」
「これまでだって、裏でどんな仕事をしてきたか、わからない男です。いったん王都から離してみるのも手ではないでしょうかね」
自分達が不利だからといって、焦っての発言にしても酷い……レイヴァル様が更に何か言おうと口を開いたのは見えたけれど、わたしの限界は既に超えていた。