旅立ち
一か月ほど色んな事を詰め込まれて、必死で覚えたよ。恐ろしい事に一週間に一回公爵様の前で勉強の成果を披露しないといけない。これは冗談じゃなく命が掛かってる。使い物にならないと思われたら公爵令嬢とそっくりな娘なんか有害無益。処分されるだろう。
その後何故か公爵様と会食するのだけれど、これがまた気が抜けない。何故なら会食の間も公爵様の娘として振る舞う事を要求されるから。これはあれだ。皇帝の宮廷に行ったら当然社交的な事をしなければならない。だから本当にちゃんと対応出来るか試されてるわけ。
自室でアメリさんに『マリー様ならこう答えます』『マリー様はこうされます』『マリー様にはこんな癖がありました』などと言われながら毎日予行演習をやる。それでも最初の週は何カ所も間違えて冷や汗がでた。
公爵様は間違えたからと言って咎めるわけじゃないんだよね。それがまた怖い。内心何考えてるか分からない。
最後の夜には沢山の人が来て仮面舞踏会が行われた。私は公爵様の隣に座る。色んな人が挨拶に来たけど、私が偽物だと気づいた人はいなかった。まあそれほど話したわけじゃないし、炎の明かりだけじゃ目の色の違いなんて気づかない。少しだけ踊ったけど、これは結構楽しかった。それまでずっと緊張してたしね。
その次の日は出発日。
目が覚めるとアメリさんがベットの隣に立っていた。上半身を起こして伸びをするとベッドの天蓋が見える。なんて贅沢なベッド、なんて贅沢な部屋、なんて贅沢な生活だったんだろう。
名残惜しむようにゆっくり食事をして、ゆっくり準備した。もうここに戻ってくることは二度とない。
出発の時刻が近づいて公爵様の部屋に向う。公爵様の部屋で仮面を外せばもう私は公爵令嬢。そう自分に言い聞かせた。
公爵様と一緒に館を出る。前の広場には馬車が5台ほど並んでて、左右に警護がついてる。広場の周りにはモンスの街の人々が一杯。建物の窓には覗いてる人人人。そんな衆人環視の中、私は公爵様に娘として別れの挨拶をしたわけ。
「行ってまいります、お父様」
「体に気を付けてな」
ああ、なんて白々しい芝居。やっぱり私にはお貴族様は似合わない。
私は二台目の馬車に乗り込んだ。一緒に乗ったのはアメリと女性の召使いが2人。気を抜く事は許されない。ガタガタ馬車が動き始めて旅が始まった。
前を行く一台目の馬車には、大使一行が乗ってるらしい。三台目、四台目の馬車には荷物、五台目は何故かコックとか楽師とかが乗ってるそうな。お貴族様の旅行ってそんなに大層なものなの?
そして馬車の前後左右には馬に乗った警護が全部で10人ばかり。
私は最初に会った時の公爵様との会話を思い出した。
『出発した時点で全て其方の物だ』
私が身に着けてる金と宝石で出来たネックレスに、大きなルビーのついた帽子の飾り、見事な刺繍の服。公爵様は最低100グルデンと言ってたけど、とてもそんな値段じゃない事は私にも分かる。でも私にとって一番大切なお母さんのペンダントはこっそり仕舞ってある。
ふと席の下に長細い箱が置いてあることに気が付いた。アメリさん達と開けてみると銃にショートソード、銀貨が4グルデン分あった。ドレ様が私の武器と給金を入れてたみたい。火薬に弾もある。直ぐに蓋を閉めて元にもどしたけどちょっと安心した。召使い2人は怖がってたけど。
「マリー様はこう見えても猟がお好きなんです。だからドレ様が気を聞かせて銃を入れた箱をマリー様の馬車に積んだのです」
その説明はちょっと無理があると思ってたんだけど、後で聞いてみたら、なんとマリー様が猟がお好きなのは本当だった。
その話を聞いたのはナミュールの城に泊まった時。アメリさんと二人の部屋は公爵の館の部屋と比べると質素って言っても良いけど、それは比べる方が悪い。お姫様気分が少し抜けた所でアメリさんに聞いてみた。
「そう言えば猟の事だけど」
「猟に行かれた時はいつもここよりもっと狭い部屋でしたね」
アメリさんはもう二人だけの時も、マリー様としてしか扱わない。密かに誰かが聞いてるかも知れないから。
「そうね」
本当の私はほんの2か月前までこの部屋位の大きさの家に5人家族で住んでたんだけれども。
「明日は猟の時のように森の中を通りますよ」
ナミュールからはルクセンブルクへと向かうって話。ルクセンブルク公領の端で帝国側の警護が待ってるらしい。この間は深い森を通るので危険。
ナミュールから更に進んで森の中の城で更に一泊。もう少しでルクセンブルグ公領に入ると言う所で襲撃を受けた。
ここで出てくる森は有名なアルデンヌの森です。




