表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

外伝 間諜ナタリーさん その四 アネット様の汚部屋

『少しナタリーさんと二人で話させてくれませんか?ナタリーさんにアネット様に仕えるのに必要な事を教えておきたいのです』


『ここでは駄目か?』


『殿方には聞かれたくない事もありますから』


『良いだろう。カール、別室へ案内してやってくれ』


『ありがとうございます』


 カールさんに先導されて二階の一室に案内された。部屋の真ん中まで進むとアメリさんはくるっと振り返った。


『あなたは先ほどアネット様は凄いと言っていましたが、アネット様の本当の身分を知った今でもそうですか?庶民が皇帝陛下やヨハン様を出し抜いたのを喜んでいたのではないですか』


『確かにそういう所はあります』


『アネット様が本当は高貴な生まれだと知って失望しましたか?』


『良く分かりません。正直混乱しています。アネット様はどのような方なのでしょう?何故ご自分が高貴な生まれだと知ってランベルト様の所から逃げ出したのですか?何故ケルンに隠れ住まわれているのでしょう?』


『ランベルト様の所から逃げた一番大きな理由はおそらく人質にならないためです。第二の理由はランベルト様が信用できなくなったからです』


『ランベルト様と結婚しようとしていたのに信用出来ないと思われたのですか?』


『庶民の私生児として育ったと言うランベルト様にひかれたのは、物事が身分で決められる宮廷にあって自分に近いと思われたからでしょう。ところがランベルト様がアネット様自身のご身分をアネット様に知らせないようにされました。それでランベルト様の振舞は本心でなく、アネット様を利用しようとしてると思われたようです』


『アネット様は失踪以来ずっと庶民としてお暮しでしたし、身分の高低に拘泥しません。高い身分などむしろ疎ましく思われてるようです』


『ところが、ランベルト様は皇帝陛下の御子でありながら廷臣でしかないのが御不満で、アネット様と結婚する事でより強い立場に立ちたいと思われてたようです。アネット様の事もそのための手段と見ておられたようですね。アネット様の本当の身分を知られるまでは』


『今は違うのですか?』


『アネット様が御逃げになるまではランベルト様はアネット様を操れると軽く考えられてたと思います。逃げられた事でむしろ本気になったと思います』


『そうなんですか?』


『さっきの様子を見て分かりませんか?釣り落した魚が大きかったのを実感してるでしょう。むやみに追いかけても逃げられるだけと言ってるんですけど』


『やっぱりよりを戻したいんでしょうか?』


『簡単じゃないでしょうけどね』


『つまり、今回の任務は単に帝国のためと言うだけではなく……』


『ランベルト様の私心がかなり入ってると思います』


 ありゃりゃ。


『それでどうです?あなたはそれでもアネット様に仕えたいと思いますか?』


『ええ』


『アネット様は非常に聡明な方です。物事を良く覚えておられます。あなたがもしアネット様に仕えるのではなく監視したり、ランベルト様の意向に従ってアネット様を操ろうとすれば、アネット様は必ずそれを見抜かれます』


『あなたがもし心からアネット様の為を思ってお仕えすれば、アネット様はあなたを認められるでしょう』


『アネット様は決断が早く、決断すれば果断に行動されます。武芸に優れ、敵にひるみません。アネット様があなたを認められれば、アネット様はあなたを守られるでしょう』


『アネット様は目下の者にも偉ぶらず、自分より高い身分の者に対しても卑屈になる事はありません。アネット様にとってあなたが庶民であると言う事は何事でもないでしょう』


 アメリさんが単なる侍女じゃない事は見ていて分かる。そのアメリさんがこれほど言うとは、きっとアネット様は噂をはるかに超える凄い人なんだろう。私もそんな人に認められたい、そう思った。


『もし公爵家と帝国が和解すれば、私は公爵家に戻らなければなりません。私の代わりにアネット様に仕えてくれますか?』


『はい』


『ではアネット様の事、くれぐれもお願いします』


 二人きりでの話が終わって、私はヤンセン様に従ってアネット様に不動産を売りつけたと言う両替商の所に向かう。


 入口に立っていた警備はヤンセン様を見ると、恭しく中へ案内してくれた。


『これは、ヤンセン様。今日はどのような要件でしょう』


『この前話したアネット・ロンさんの事だが、部屋が荒れて他の住人から苦情が来てるそうじゃないか?この娘を女中として面倒をみさせてはどうかと思ってな』


『この娘さんを女中にですか?』


『管理人の親戚と言う事に出来ないか?』


『それは可能でしょうが』


『噂は聞いてると思うが、あのお嬢さんはああ見えて結構重要な人物なのだ。これからアンジュ公爵家と交渉するにあたっては彼女を我々が保護している事が切り札になる』


『それは帝室としてお嬢さんを保護するという事ですか?捕まえるのではなく』


『ここだけの話だが、あのお嬢さんはランベルト様の思われ人なのだ』


『そうなのでございますか?なんとまあ、あのランベルト様が?』


『そうだ。なんとか気づかれずに彼女の面倒をみようとしておられるのだ』


『ランベルト様は帝室の中でも一番の切れ者と存じておりましたが、あの娘、いえお嬢さんに?分かりました。ランベルト様の為に一肌脱ぎましょう』


『管理人にお嬢さんに女中を雇う事を勧めさせてくれないか?この子は管理人の親戚と言う事にして。何と言ったかな、その管理人は』


『ヤン・ヴァイスマンでございますよ』


『ではこの子はナタリー・ヴァイスマンだ。良いなナタリー』


『分かりました』


『では上手く話を持ち出せたらクローネ亭に連絡をくれ。彼女はしばらくあそこに泊まる予定だ』


『ヤンに出来るだけ早く話を持ち掛ける様に言っておきます』


 その日は組織の支部であるその食堂兼宿屋に泊まる事になった。その後数日掛かると思っていたのに、翌日管理人が来てアネット様が女中を雇う事になったと告げた。なんだかアネット様の方から管理人に相談に来たと言う話。


 更に次の日にアネット様のお宅にお伺いした。


『ナタリー・ヴァイスマンと申します。こちらで管理人をやらせていただいているヤン・ヴァイスマンの姪です。アネット・ロン様』


 挨拶が済んで中に入ったのだけれど……なにこれ、酷い。家事が分からないって言うけど、程度ってものがあるでしょう。


 入口に近い所がごみだらけで足の踏み場もない。


『それではよろしくお願いしますね。部屋はこちらを使ってくださいませ』


 何故一番広い良い部屋を女中部屋にしようとするのよ。


『いけません、アネット様。この家の作りだと使用人はこちらの部屋と決まっております』


『でも、狭いですし』


『だからです。使用人に一番広い部屋を割り当てるなんてあり得ません』


 つい口調が厳しくなる。庶民として育ったって聞いたけど、下手な貴族より常識が無い。


 これがアネット様?あのアメリさんが慕う主人?私の感動返してよ。


『仕方ありませんね。ではこちらでお願いします。後、お給金は月1グルデン、食費その他で1グルデン計2グルデン渡しますから、それで私と貴方二人分の食事を作って下さい』


 金銭感覚もない。


『月2グルデンですか?下さるものに文句言うのも何ですが、この辺の人達は多分4人家族で2グルデンで生活していますよ。多すぎる気がしますが』


『余った分はナタリーさんの服代にお使い下さい』


『服代は毎月掛かりませんよ、アネット様』


『お金はあって困るものでもないかと存じます』


『アネット様がご寛大なのは良く分かりましたが、ご自分の事もお考え下さい』


 寛大って言うより放漫。この調子でお金バラまいてるんじゃないでしょうね。


わたくしが決めた事です。では今月分を渡します』


『分かりました。それではお掃除から始めますね』 


 兎に角掃除。


 アネット様は所在なさげに私が掃除をしてるのを横で見てるだけ。そりゃ、私は家事をやらせるための女中だし、下手に手伝われるとかえって手間が掛かりそう。


 外にごみを捨てに行って帰ってくるとアネット様は手に箒を持って剣に見立てて振っていた。


 それ取られちゃったら掃除できないじゃない。


『アネット様、お止め下さい。掃除のじゃまです』


 アネット様が寝室に行ったので、少し効率が上がった。


 結局その日は一日掃除して、なんとか夕食を作って終了。


噂やアメリさんの話を聞いてるとアネット様って素晴らしい人に思えたけど、実際会ってみるとアネット様って常識知らずの貴族のじゃじゃ馬娘にしか見えない。


 あんなに汚れた部屋に住んでるなんて、情けなくってつい強く当たってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ