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帰郷

 こんな貧しい村だったんだ。


 家を出てから一年経って帰って来た故郷の印象はそれだけだった。


 顔見知りのはずの村人達は妙によそよそしく、声ひとつ掛けられない。馬に乗っているのが悪いのか、服装が不味いのか。


 一年前に私がぶん殴った村長の息子のベンは私の顔を見ると逃げ出した。何で?みんなどうしたの?


 村はずれ近くの家の前で馬を降りてその辺の木につないていると大きな声がした。


「アン姉ちゃん。アデール姉ちゃん、お母さん、アン姉ちゃんが帰って来たよ」


 義弟(おとうと)のエリクだ。誕生日は1月だからエリクは12歳になったはず。


「姉さん、お帰りなさい」


 エリクの声に義妹(いもうと)のアデールが家から飛び出し来た。誕生日はもう直ぐ、まだ14歳。


 最後に出て来た義母(おば)さんが弟妹に声を掛けた。


「あんた達は家に戻りなさい、早く!」


 そう言うと跪く義母さん。


「母さん、何するの、姉さんよ」


「早く家に戻りなさい」


 二人が家に戻ると義母さんは地面に這いつくばって言った。


「いつかこの日が来ると思っておりました。セザールのした事、これまでのご無礼、全て許せとは申しません。せめて子供だけは」


 義母さん知ってたんだ。 


 私は義母さんの所に駆け寄ると左膝を立てて跪き、左手で義母さんの背中をさすりながら言う。


「何を言うのです。私がこれまで生きてこられたのは義母さんのおかげじゃないですか。感謝こそすれ恨む事なんて」


 義母さんを立たせると一緒に家に入る。


「アデール、エリク、私は義母さんと話があります。少し出ててくれませんか?」


「アン姉ちゃん、喋り方変だよ。お貴族様みたい」


 エリク、ごめんね。姉ちゃん、そのお貴族様になっちゃったの。


「エリク、行くよ」


 アデールはもうすっかりお姉さんね。


 見慣れたはずの家の中が妙に狭い。ガタガタの椅子に腰を下すと話を始めた。


「義母さん、知ってたんですか、私の事」


「セザールから大まかな話はね。あんたはお貴族様の子だって。頼まれて母親は殺したけどアデールの事を思うとあんたは殺せなかったって」


「それだけですか?」


「セザールからあんたが家から出て行く時に渡せって言われてた物があるんだけど、怖くて渡せなかった。帰ってから読んでくれ。私は知りたかない」


「村の人の態度がなんか変なんですが」


「詳しい事は知らないけど市に行った連中がなんかあんたの噂を聞いてきたらしい。私には言ってくれないだよ。あんた何かしたのかい?」


「ええ、まあ少し仕事を。そうだ、その仕事の報酬の一部なんですけど」


 そう言うと私はポケットから巾着を引っ張り出すと、中から金貨を20枚取り出した。


「あんた、それ」


「だからその噂の仕事の報酬の一部なんですって。義父(おやじ)さんが亡くなって大変でしょうから、アデールとエリクの為に使ってやって下さい。あと紙とペン有ります?」


「セザールとあんたが使ってたのが残ってるよ。私らは読み書きが出来ないからね」


 私は紙に以下の事を書いた。


「ルイーサ・ロン、アデール・ロン、エリク・ロンは私の家族同然であり、最大限の配慮を要請する。


アネット・ド・アンジュ」


「何か役人に無理言われたりしたらこれを見せてみて下さい。ひょっとしたら役に立つかもしれません」


 話が終わったのでドアを開けて叫んだ。


「話が終わったわよ」


 馬を見ていたエリクが振り向くと走って来て私に飛びついた。私はエリクを抱き上げたけど、結構重くて。


 アデールはもうエリクのような子供じゃないと主張するようにしずしずと歩いて来た。


 馬の鞍の後ろに積んであった土産物を持って中に入る。


「アデールにはこれ。きれいな布でしょ。それに丈夫なの。裁縫上手のアデールなら好きな物が作れるでしょ」


「エリクにはこれ。でも危ないから気を付けてね。男の子だったらこれ位は使いこなせないと」


「エリクにはナイフはまだ無理だよ。私が預かっとく」


 義母さん、私はエリクの年にはショートソードや弓を使ってたんだけど。


 アデールやエリクは都会の話を聞きたがった。今ケルンに住んでるって言ったらびっくりしてたけど、モンスの事はあんまり知らないと言うとがっかりされたよ。


 差しさわりのない話をしてるうちに時が経った。近所で宿のある街まで行かないといけないのでそんなに長居は出来ない。


「姉さん、今日は泊って行くでしょう?」


 私は首を振った。


「もう行かなきゃならないの」


「また帰って来れるわよね」


「多分」


 そう言うと私は表に出て、木に結んでた手綱を解いて馬に乗った。


「行くわ」


「元気でね」


 手を振る弟妹を後に私は来た道を逆向きに常歩で馬を進めた。村の教会の前にある泉の前で馬を降りると、泉の水で野菜を洗ってたおばさんに桶を借りて馬に水を飲ませた。


 街道に向かう方から人々がこっちに来るのが見える。先頭に綺麗な服を着て馬に乗った太った男性がいて、左右に短槍を肩に掛け、甲冑を付けた男達がいた。ベンが先頭の男の案内をしているのが見える。あの馬鹿、何やってるの。


 多分あの馬に乗ってるのは近くの街にいるこの辺の代官。今日はあそこに泊まるつもりだったのに余計な事を。


「私はこの辺りの代官オーギュスト・ル・ナンである。大泥棒とはその方の事か?」


 大泥棒扱いされたのは初めてだけど、どっからそんな話が?


「私が大泥棒だって言うのですか?」


「この村の村長がそう言うのだ。なんでも帝国で随分鳴らしたらしいじゃないか」


 ああ、なんか例の噂を変に解釈しちゃったみたいね。


「私は大泥棒じゃありませんよ。帝国で鳴らしたわけでもありません。そりゃ今の住処は帝国都市のケルンですけど」


「兎に角その帽子を脱いで顔を見せろ」


 私は帽子を脱いで、その代官の方を向く。


 そいつは目を細めて私の顔を見たかと思ったら口を大きく開け、顔色が悪くなったかと思ったら急に馬から飛び降りた。体勢を崩してこけそうになり、隣の兵士らしいのに支えられなんとか真っすぐ立ったかと思うと、今度は跪いた。


「これは大変失礼いたしました。アネット様」


 この人もアネット・ド・アンジュの事知ってるんだ。


「私は、アネット・ロンですよ」


「そんな事」


「ここにいるのはこの村出身のアネット・ロンです。それ以外の名を出したら許しませんよ。分かりますね」


 私が右手の人差し指を口の前に立てると、代官の喉がゴクリと音を立てた。


「この村出身のアネット・ロンが実家に立ち寄っただけです。それ以上の事は何もありません。ですから誰も咎めてはいけませんよ。何事も無かったのです」


「しかし」


「それともあなたが咎められたいと言うのですか?良いですね。何も無かったのです」

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