酒保業者
5月の誕生日に私は16歳になった。夏が目前の6月には、口入屋ともすっかり顔なじみ。
『今回の荷主は酒保業者だ。これまでと違ってブレーメンに向かう街道を行くから集合は明朝北門だ。往復10日位』
『酒保業者?』
『軍隊に色んな物を売る業者だよ。あんたの親父さん傭兵だったんじゃなかったのか?まあ、良い。酒保業者への納品って事は普通と違う危険性があるって事だ』
つまり、戦場の近くに荷物を届けるって事。
『行く先はどの辺ですか?』
『俺も詳しくは知らない。案内人が付くそうだ。他にはあんたの馴染みのフンメルの所と別にもう一組。フンメルがあんたに一緒に行ってほしいんだと。あの臆病者』
『分かりました。ではまた』
家に帰るとナタリーに言った。
『明日からまた行ってきます。今回は10日位で帰ります』
『本当にお気をつけ下さい』
『出来るだけ気を付けます』
『出来るだけではなく、必ずお帰り下さい。アネット様より重要な荷物なんかありません。何よりご自分の事を大事になさって下さい』
『分かりました。必ず帰ります』
気休めでも、それでナタリーの気が少しでも休まるなら言葉を惜しむ事はないよ。
翌日出発前に集合した時、私は荷馬車に積まれた荷物の量に圧倒された。食料はもとより、破損した武器や防具の替え、衣類など、それぞれは大した値段ではないが、軍隊を支える物資は大量。
嵩だけ多くて値段が安い荷物は金目当ての盗賊に狙われにくい。心配なのは敵軍が補給の遮断を狙ったり、敗残兵が食料を狙ったりする事。
『行先は何処なんです?戦況は?』
たまたま隣にいた案内人だと言う20代位の背の高い男性に聞いた。私と同じような胸当てと兜をつけて、短い槍を持ち、腰にショートソードをさしている。
『警護なんて簡単なんだな。女でも務まるとは』
兵士らしい案内人はちょっと軽蔑したような口ぶりで呟いた。
『彼女はなあ、銃の名手なんだよ。俺たちは何度も彼女に助けられてるんだ』
アイマーさんが私の事を擁護してくれた。フンメルさんはっと……荷馬車の反対側にいた。
『私が女だったらどうだって言うんですか?それより敵の襲撃の可能性は?高いのでしょうか?』
『奴ら城内に立てこもってるから、多分襲撃はないだろ。こんなに大げさに警護する必要も無い位だ』
『荷物を狙うのはあなた方が戦ってる敵だけじゃありません。お金目当ての盗賊とか、色々です』
案内役の兵士は私の顔をしげしげと見ると呟いた。
『マリー様?いや、そんなはずはない。他人の空似か』
この人ひょっとしてコンツ男爵の傭兵団の人?不味い。私はそっぽを向いて知らないふりをしたけど、手遅れかな?
その後は案内人とは出来るだけ距離を取って特に何事もなく3日が過ぎた。4日目の昼過ぎに段々目的地が見えてきた。あちこちに張られたテントと外にたむろする兵士達。前方には柵のようなものもある。
馬車は道から外れて少し後方にあるテントの方向に曲がった。あれが酒保らしい。
目ざとく馬車の到着を見つけた兵士達が酒保の方によって来る。酒保のテントから出てきた酒保商人らしい男が大きな声を張り上げた。
『荷物の仕分けが済んだら声を掛けますから、それまでお待ちください』
その声に兵士達はすごすごと引き返し始めたが、大柄で太った男性が後ろに数人引き連れてやってくる。
まずい。コンツ男爵だ。
私は俯いて顔が見えにくくする。どうか気づきませんように。
『食料が減ってきて、兵達の気が立ってきてどうしようかと思ってたんだ。助かったよ』
コンツ男爵は輸送を指揮してた酒保業者の人を労った。
その様子を見てた案内人の兵士がコンツ男爵の方に向かっていく。男爵と何やら小声で喋っていたかと思うと男爵は私の方に歩み寄ってきて、とうとう私に声を掛けた。
『あなたは女性なのに銃の名手とか。テントで少しお話を聞かせてくれませんかね、アネット・ロンさん』
あーあ。やっぱりバレてたか。そのまま男爵のテントに連行されてしまった。
『帝国とアンジュ公爵家を戦争一歩手前まで追い込んだ方が酒保業者の輸送隊の警護とは暢気なものですな』
『でも私もアンジュ公爵様に騙されてたんですよ。まさか政略結婚の替え玉だったなんて』
『玉の輿じゃありませんか』
『どっちにしても済んだことでしょう。帝国とアンジュ公爵家は和解したとお聞きしましたよ』
『確かにそうですな。今更言っても詮無い事とヨハン様も言われてました』
『ヨハン様が?どういう事です?』
『我々の傭兵団はヨハン殿下の騎士団の支援としてヨハン殿下に同行したのですよ。ヨハン殿下はアンジュ公爵との会見で和睦に合意してからの帰りに呟かれたんです。あの時分かっていればと』
ひえー。止めてよ。大体私だって分かってなかったんだから。
『単なる好奇心でお聞きしますが、ヨハン殿下の言われた事の意味が分かりますか?ヨハン殿下は何が分かってなかったのです?まだ何か裏があるのですか?』
『分かりません』
『本当ですか?』
『男爵様はそれを聞いてどうするおつもりです?』
『単なる好奇心と申しましたよ』
『なら良いじゃないですか。好奇心は猫を殺すと言います』
男爵はその体躯に似合わない微妙な表情を浮かべた。
『では、アネット・ロンさん。今晩は輸送隊の警護ではなく、わが隊の賓客として過ごされませんか?こう申してはなんですが、わが隊の兵士の中にはあなたを慕うものがおるのです。不埒な事に一連の出来事を痛快事だと思っている者もいるらしい』
なんか色々な所で秘密が漏れてない?一連の出来事って言ってるけど何処まで漏れてるんだろう。
ふと見るとテントに人影が写ってる。誰かが聞いているようだ。
私は左袖に仕込んだナイフをその人影の少し外側の4カ所に向けて次々投げた。
『誰だ』
男爵の声に周りから人が集まってくる。テントを出ると一人の兵士が先ほど男爵に付き従ってた面々に押さえつけられている。彼らは男爵の警護らしい。
『フランソワ、お前男爵様のテントを覗いて何してたんだ、言え』
男爵の警護の一人が問いただした。
『何もしてません。ただアネット様のお姿を一目見ようと』
アネット様って、それにこの人フランソワって。
『男爵様、彼は』
『ああ、フランソワは元々アンジュ公爵領の出身だ』




