変装
「何故そのような自らを危険に晒すような事をされたのですか?」
「だから、もう私の事を皇帝陛下もご存じだと思ったのよ。それで、もしアンジュ公爵家から出た宝石を販売したのがアネット・ロンだったら、故買の疑いが掛かるかなって。売った者がアンジュの姓を名乗れば誰も文句は言わないでしょうし」
「それはいつの事ですか?エルマー・フェーンは帝国財務大臣と繋がっておりますから、その事が皇帝陛下に伝わるのは時間の問題です」
「昨日」
「もし皇帝陛下がアネット様を連れ戻そうとお考えになれば、最短で今から一週間で追っ手が参ります。対策を検討して直ぐ戻ってまいりますので、この宿から出ないようにして下さい」
そう言うとカールさんは出て行った。
ちょっと整理してみよう。
公爵様、いえ、ミシェル様は私が偽物である事を暴露したって言ってたよね。でも私が無価値になったと言って安心させる罠かも。もし暴露が本当だとして、それはミシェル様が私を切り捨てたって事かな?それとも私を守るため?皇帝が無価値になった私を始末する可能性を考えたら切り捨てたって事だよね。やっぱりモンスには帰れない。
皇帝は偽物だと暴露されて私を放置したって言ってたけど、私の正体がバレて状況が変わってる。皇帝は多分私を逃がさない。
ランベルトは……反省したとか都合の良い事言ってたけど、全然信じられない。どっちにしろ皇帝が私を逃がさない以上同じこと。所詮ランベルトは皇帝に逆らえない。
つまり、このままカールさんが戻ってくるのを待つのは捕まえてくれって言ってるようなもの。今直ぐ逃げないと。
カールさんがここを見つけたって事は誰かが見張ってるんだよね。よし。
私は買ってきた衣装に着替えると、ナイフで髪の毛を切って短くした。これで少年のようにみえるはず。
貴重品の入った袋だけを持って階下に降りて行くと、夕食にはまだ早いので食堂には誰もいない。帳場にいた宿の人を捕まえると説明した。
『さっき家の者に見つかってしまって連れ戻されそうなんです。人目に付かない出口は無いですか?もし見つからずに出られるなら1グルデン支払います』
そう言いって金貨を握らせた。宿の人はびっくりしてたんだけど、金貨を見ると下卑た顔になる。
『裏口ならありますぜ、お嬢さん』
裏口から出ると表通りと違って狭くて暗く、地面にはごみが散乱していた。そのまま細い路地をデタラメに走る。前に何か見たことある建物が見えたと思ったら、ぐるぐる回った挙句に元の宿の前の通りに戻ってきたみたい。暗い路地から通りを見てると、どっかで見た人だなっと思ったらカールさんと……ランベルト。
心臓がどきどきしたけど、暗い路地に隠れてやり過ごした。通りに出て彼らの背中を見て、平静を装って反対側に歩き出す。髪を短く切って庶民の格好に着替えた私の後ろ姿は彼らには見分けられないはず。そのまま昼買い物をした方に急ぐ。
武具屋が並んでるあたりに来るとその辺を歩いていた人に近くに安い宿がないか聞いた。武具屋街のそばの宿にはきっと傭兵とか隊商の警護とかをやってる人が泊ってるんじゃないかと思ったから。
安宿の場所を聞いて向かうと、大声で騒いでる声が聞こえた。宿の中に入ると食堂の方には屈強な荒くれものって感じの男達が酒を飲んで騒いでいる。部屋を取って階段の方に行くと、酔っぱらった髭面の大男がこっちに向かってくる。ふらふらして倒れそう。
『おっと』
よろけた男は私の方に倒れてきたのでとっさに避けると、姿勢を崩した男の顔が目の前にあった。
『なんだあ、女かあ。お嬢~ちゃん、こんな所に入ってきたら~、あっぶないよ~。へへ』
この酔っ払い。
男は左右にふらふらして階段まで行く事が出来ない。
『ちょっと退いていただけませんか』
『お上品なお嬢~ちゃん。こんな所にいちゃ~あ駄目だよ』
『私は上の階の自分の部屋に行きたいだけです』
どうしようか?あんまり荒事にしたくないな。これからこう言う人達に混ざらないといけないんだし。
帳場の方に戻って宿の人に説明した。
『階段の前の廊下に男の人が座り込んで、上に行けないんですけど』
『あーあ、おい手伝ってくれ』
宿の人は奥に声を掛けて二人掛かりで男の人の両肩を支えて食堂の方に連れて行くと、食堂の方で声がした。
『お仲間で面倒見てあげて下さいな』
ああは成りたくないなと思いながら階段を上る。皆まだ食堂で騒いでるみたいで、人の気配はしない。
自分の部屋に入ると、ベッドに倒れこんでそのまま寝た。
翌朝下の階の食堂に行くと、いた、昨日の髭男。周りにお仲間が5人ほどいる。
『荷主の指定に後3人足りませんぜ』
髭男の左隣りの男が髭男に何か言ってる。ひょっとして警護の人数が足りないって話かな。だったら良いな。この際逆戻りじゃなければどっち向きでも良いや。とにかくさっさとこの街から出なきゃ。
『フリッツの所はどうだ?』
『もう別口に行ってしまったみたいですぜ』
『兎に角明後日までにもう3人なんとかしなきゃ逆に違約金ですぜ。もう一つの組はもう揃ってるみたいですし。前金は昨日飲んじゃったでしょう、フンメルさん』
『うるさい。お前らだって飲んだじゃねーか』
『フンメルさんだけですぜ、二日酔いなのは』
『俺だって昔は二日酔いなんかしなかったぞ』
いけそう。
私は立ち上がると彼らの方に向かって行った。
『失礼ですけど、お話は荷馬車の警護の人数が足りないと言う事ですか』
『なんだ?女か。お嬢ちゃんこんな所にいちゃいけなね。早くお家へお帰り』
『帰る家なんか無いんです。それでどうなんです?私も入れてくれませんかね?』
『何言ってるんだ。女に務まる仕事じゃねえ』
『こう見えても傭兵だった養父に訓練されてますの。銃に弓、近接戦闘ならショートソードにナイフ、体術、ナイフ投げも出来ますのよ』
『ナイフ投げなんか役にたたねえ』
テーブルの上にあったナイフを投げて、髭男の持ってたパンを後ろの柱に突き刺した。
『フンメルさん、要は人数さえそろってりゃ違約金を払う必要ないんだ。こいつでも良いんじゃないか』
右隣りの男が髭男に言った。
『背に腹は代えられねえな。仕方がねえ』
『それでお仕事の内容を聞かせてくださいませんか』
『お前、せめてその喋り方は何とかならんのか?むず痒くなる』
『私実は王国人なんです。帝国語を習った相手が悪かったんです』
『お貴族さまか、何か?』
『その侍女だったんですよ。彼女も勤め先で習ったもので』
『行先はフランクフルト、出発は明後日だ。それまでに準備出来るか?明日もここに泊まるのか?』
『実は銃や剣なんかが明日店に届くはずなんです。それで明日ここに泊まってどうするんです』
『朝ここで食事を取ったら集合して荷主の所に向かうから明後日この時間にここにいれば良い』
『わかりました、では明後日』
こうして翌々日に隊商の警護の一員としてアウクスブルクから出発した。多分皇帝やランベルト達の目を逃れる事が出来たと思う。




