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都会

 離宮から逃亡して4日目にアウクスブルクに到着。大きな街。


 馬を3グルデンで売り払って宿を取った。食事をしてから部屋に戻りベッドへ。疲れているはずなのに眠れない。


 皇帝の宮廷にはランベルトが連絡したはず。追っ手は何故現れなかったんだろう?それとも明日この宿に押しかけて来るんだろうか?弓は街に入る前に捨ててしまった。手許にあるのは狩猟の獲物を捌くための小さなナイフだけ。襲われたら抵抗できない。


 とにかく目立たない古着を入手しよう。それに着替えてから報酬を換金しよう。


 でもその後はどうすれば良いんだろう。


 もしモンスに帰ったらどうなるんだろう?私がエリック様の子だなんて信じられない。いやアメリさんが嘘をついてるとは思えない。


 たとえエリック様の子だとしても今更モンスには帰れない。あんなに多くの人に送られて、どんな顔して帰ればいいんだろう?


 アメリさんは大丈夫だろうか?ランベルトはアメリさんを守ってくれるだろうか?


 ランベルトは……ランベルトは私を裏切った。私の事を思ってたなら私に真実を告げ、皇帝には隠そうとしたはず。実際は逆。


 もう考えたくない。


 忘れたい。


 結局丸一日寝て過ごして、その翌日なんとか起きると下に降りて食事を取った。周りにいる客はみな商人らしい。男のような服を着ているのが目立つのか、珍しいものを見るような、値踏みするような目で見られた。


『何か用でしょうか』


 隣でジロジロ眺めていた男に声を掛けた。


『用は無いです、はい』


 何か急に卑屈な態度になったよ。変なの。


『何故そんなに私の事を見られるのか、お聞きしても?』


『失礼はお詫びします。どうか許して下さい』


『どういう事かしら?』


『貴族の方に失礼を働くつもりは毛頭なかったのです。お許し下さい』


 貴族の方?そうか、私の喋れる帝国語はお貴族様言葉だけだった。少し汚れたとはいえ、公爵家で用意した狩猟服に貴族言葉じゃあ、お貴族様と思われるのも無理ないね。


『ちょっとお聞きしたい事があるのですが』


『なんでございましょう』


『この街で装飾品の類を売るとしたら如何したらいいかしら』


『装飾品でございますか?』


『ネックレスとか』


『質屋ではいかがでしょう。完全にお売りになってしまうと後程お困りになるのではないですか?』


 どうもこの商人は私が、貴族の家出娘か何かだと思ってるみたい。


『質屋はどの辺にあるのでしょうか?』


『私は地元のものじゃないので』


 宿の人に聞いて近く質屋に行ってみた。


『いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか』


 男性店員が声を掛ける。


『これで幾らか都合して貰えませんか?』


 ポケットから大きな紅玉ルビー)のついた飾りを取り出した。


『これですか?』


 そう言って男性店員は飾りを手に取ると、奥の方を向くと大きな声で店主を呼んだ。


『旦那、ちょっと来て下さい』


『なんだね』


『このお嬢様がこれで幾らか都合してくれっておっしゃるんです』


『見せてみなさい』


『お客様、お名前をお聞きしてよろしいですか?』


『アネットと申します』


『御家名をお聞きしても?』


『ロンです』


『アネット・ロン様ですか?』


 店主は男性店員の耳元で何かささやくと、男性店員は慌てて出て行った。


『お客様、大変申し訳ないのですが、私どもの様な小さな店ではこれほどの品を扱う事は出来ないのです。大店(おおだなをご紹介いたします』


 暫くすると先ほどの男性店員がきちっとした身なりの男性を連れてきた。


『市参事会員のエルマー・フェーンがお嬢様にお会いしたいと申しております。お越しいただけませんか?』


 私は黙ってうなずくしかなかった。


 男の人の後をついて行くと、大きな屋敷についた。豪華な応接室で少し待つと、出てきたのは金持ちを絵にかいたような太った中年男性。


『エルマー・フェーンと申します。初めましてと言いたいところですが、存じておりますよ。存じておりますよ。アウクスブルクにお泊りの際の夕食会の末席におりましたもので。マリー・ド・アンジュ様…』


『…の替え玉のアネット・ロン様』


『何故と驚かれましたか?私共、フェーン商会は帝国財務大臣を始め重臣の方々と昵懇にさせていただいておるのですよ』


『アネット・ロン様には大変感謝しておるのですよ。はい。なにせアネット様のおかげで帝室から1万グルデン返済していただいたのですから。その話を聞いたときはそれはもう驚きましたです。はい』


『替え玉であるアネット様がそのような大盤振る舞いをされるとはと、私共感服いたしたのでございますよ』


『その上8万グルデンもの残金もアネット様のお振舞次第と言うではありませんか。私どもがご昵懇にとお願いいたすのも無理からぬ事とはお思いになりませんか?』


「これは失礼いたしました。つい帝国語で話してしまいました。アネット・ロン様は帝国語がお出来にならないのでしたな」


『今では帝国語も少しは出来るようになりましたのよ、エルマー・フェーン様。先ほど言われたことは全てアンジュ公爵家のために為した事。わたくしの個人的な事には1グルデンたりとも使っておりませんのよ』


『そうでしょうとも、そうでしょうとも。それで、今日はあのようなちっぽけな質屋にどのようなご用件がおありでしたのでしょうか?』


『これです』


 そう言うとポケットから装飾品を取り出すと私はテーブルの上に広げた。


『これは?』


『出発にあたりアンジュ公爵様に報酬としていただいたものです。このほど私のマリー様の替え玉としての役割を終了したため、これらを換金したいのです。マリー様と違い私の身にはこのような高価な装飾品は分不相応と言うものです』


『役割を終えられた……それでは持参金の残金8万グルデンはどうされるのでしょう?』


『それは皇帝家とアンジュ公爵家の間の問題で、もはや私がどうこう出来る事ではございません』


『左様でございますか。それは残念です。それでこれらで如何ほどをお望みですか?』


『私はこの様な物の値段に全く疎いのです。どれ位が適切かお教え願えますか?ただしその額によって私はエルマー・フェーン様の事を判断させていただきます』


『こちらのネックレスは500グルデン、そちらの紅玉は2500グルデンと見ます』


『両方合わせて2500グルデンで引き取られませんか?』


『それは良うございますが、2500グルデン現金で受け取られますか?』


『現金以外に何かあるのでしょうか?』


『手形と言うものがあります。これからご帰国になるのであれば、向こうで現金が受け取れるよう手形を発行します』


『ケルンで受け取れるでしょうか?』


『それは可能ですが、モンスには戻られないのですか?』


『戻れないのです』


『そうなのでございますか。それで現金はいかほど?』


『100グルデンお願いします』


『それでは手形を用意させますのでしばらくお待ち下さい。それともう一つ』


『何でしょうか?』


『これらはアンジュ公爵様からの報酬であるとの事ですが、後日のためにアネット・ロン様から購入したと証明するための覚書を作成したいのです』


『分かりました』


 暫くして、手形と現金、それに覚書の文面が用意された。


『私アネット・ロンはエルマー・フェーンに以下のものを2600グルデンで販売いたします。

金と紅玉のネックレス、大粒の紅玉の飾り

以上』


『2600グルデンとありますが?』


『現金100グルデン、手形2500グルデンです。元々3000グルデンの価値があります。これでも私どもには400グルデンの利益があります』


 私はサインした。


『これは。このサインでよろしいのですか』


『それで良いのです』


 100グルデンと500グルデンの手形が5枚を入れた包みを渡され、お屋敷を後にした。

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