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駈歩

 今日はランベルトと一緒に猟に行ってきた。私なんと弓で鹿を一頭仕留めたんだよ。一緒に来てた人達が鹿を離宮まで運んでくれた。熟成させてから離宮の調理師が料理してくれるって。楽しみ。


 猟から帰ってきて夕食前に少し休憩。狩猟服のまま部屋のソファーに腰を下すといつものようにアメリさんが後ろに来て世話をやいてくれる。


「お嬢様、大切なペンダントのチェーンが捩れていますよ。付け直されては?」


「手が届きにくいからアメリさん外してもらえる?」


「立派なペンダントだね」


 手に持ったペンダントを見てランベルトが感心する。


「これは公爵様から貰ったものじゃなくて、私の本当のお母さんの形見なの。義父(おやじ)さんがそう言ってた」


「少し見せてくれるかい?」


「壊さないでね」


「気を付けるよ」


 そう言ったくせにランベルトはお母さんのペンダントの上側についてる突起を押そうとする。


「駄目よ。それ押したら外れて壊れちゃう」


「これはロケットだろ。ここを押して開けると中に入ってるものが見えるんだよ」


「だって義父さんはそこを押すとペンダントが割れちゃうって言ってたよ」


「反対側を見てごらん。小さいけど蝶番になってるだろ。ここでつながってるからバラバラになったりしないんだ。大丈夫。開けてみれば君のお母さんの事が分かるかもしれない」


「絶対壊さないでね」


「信じてくれ」


 そう言うとランベルトはお母さんのペンダントの上の突起を押して開けた。中に女の人の絵が描いてある。これが私の本当のお母さんなの?


「なんだ、これは」


 ランベルトは開いたペンダントの上側、蓋の裏側を指さした。見ると金色の蓋にユリの紋章が彫ってある。紋章学のフェル先生の声が蘇った。


「紋章もこのようにカペー家のユリの花をあしらっております」


 カペー家のユリの花。王家に連なる家の紋章に見られる。


 ランベルトが目を見開いた。


「これは公爵様から貰ったものじゃないって言ったね。君の本当のお母さんの形見だと」


「ええ」


「では何故ユリの紋章が」


 ランベルトは顔を上げて私の後ろに立っているアメリさんの方を見た。


『アメリ、君は知っていたのか?』


 ランベルトは帝国語でアメリさんに問いかける。


『私はロケットの中身については存じませんでした』


 ランベルトは少しの間ペンダントに目を落とすと、再びアメリさんに顔を向ける。


『君はアネットが替え玉だと明らかになってからも一貫して態度を変えてない。おそらくマリー様に対して取っていたのと同じ態度でアネットと接し続けた。君は何を知ってる?彼女は何者だ?』


『アネット様です』


『正直に言いたまえ』


 時間が止まったような静寂の中、答える声が響く。


『アネット・ド・アンジュ様です。先代公爵エリック様とセリーヌ様のお子様の。セリーヌ様が襲撃されて亡くなられた時、行方不明になったとお聞きしておりました』


 ランベルトは一瞬口を開けそうになったが、口を閉じると私の顔を凝視した。


 私は出来るだけ表情を変えないように我慢して、ランベルトが私に何かを言うのを待つ。


 ランベルトは再びアメリさんに目を向けると低い声で告げた。


『彼女には黙っているように』


 私がもう帝国語を理解出来る事を彼はまだ知らない。


 彼は手に持ったロケットを慎重に閉じて私の手の中に入れ、柔らかく私の手を包んだ。暖かいはずの手が冷たく感じる。


 無言で立ち上がると彼はドアから出て行った。


 ランベルトが十分部屋から離れるのを待ってから立ち上がると、振り返ってアメリさんを見る。


「アメリはいつから知っていたの?」


 暫しの沈黙。


「初めてお会いした時から疑ってはおりました。マリー様と瓜二つでしたから。赤の他人がこれほど似るとは信じられません。それにアネット様のお名前。公爵様もご対面後、間違いないとおっしゃってました」


 初めから……。


「私には黙ってたわけね」


 私はこれまでずっとアメリさんの事を配役が違うだけの同僚(なかま)のように思ってきた。


 でも違った。


 この人は


「公爵様はマリー様に代わってアネット様がヨハン様とご結婚される事を望まれました。公爵様はそれがアネット様の幸せに繋がると信じておられました」


 公爵家の忠臣。


「ローマへの依頼の意味が無くなってしまったから、私はもうここには居られない。それは分かるわね」


 自分の声じゃないような冷たい響き。


「ええ」


 ほほを伝う一筋の涙。


「アメリはランベルト様に庇護してもらいなさい。彼はあなたを悪いようにはしない」


 アメリさんはアンジュ公爵家の唯一の後継者じゃなくてただの使用人に過ぎないから。


 心の中でそう付け加えると私は宝石箱を掴んで中身を狩猟服のポケットに入れた。これは仕事の報酬。替え玉の仕事は終了した。


 私はもう替え玉じゃない。


 ソファーの上に置きっぱなしになっていた弓と矢筒を肩にかけ、扉に向かう。


「もう行くわ」

 

 見つからないように素早く反対側の部屋に入ると暗い部屋に月明かりがさしこんでいる。ゆっくり窓をあけ、音をたてないように外に降りる。


 暗がりを厩へ急ぐ。抜け出した事に気づかれる前に逃げなければ。


 厩の前に松明が焚かれ、男が馬に鞍をつけている。おそらく宮殿へ急使を走らせるつもり。


 母屋の方から声がかかり、男がそちらに行った隙に厩に入る。


 鞍がつけられた馬をなだめながら厩から出すと、気づかれないようにこっそり乗った。


 常歩で門に向かうと見張りが二人いた。


『門を開けなさい』


 私は弓を持ち、矢をつがえて帝国語で叫ぶ。


 振り返った二人のうち背の高い方、マルセルが手の持った短槍を構えようとしたところを射る。矢はマルセルの太ももに命中し、彼は転倒した。


『お嬢さん』


 もう一人の門番、ラルフがあっけにとられていた瞬間に二の矢をつがえる。


『はやく門を開けなさい。今度は腹を狙います』


 ラルフは怯えた顔をしてゆっくり門を開けた。


『おどきなさい』


 その言葉と共に馬が走り出す。月に照らされた道を速足で進む。


 徐々に速度を上げていく。離宮がどんどん遠ざかる。そのまま月明りを頼りにひたすら走らせ続けた。

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