準備
皇帝陛下との謁見の後、部屋に戻ってランベルトさんが式の説明をしてくれた。
「結婚式は明後日にこの宮殿の礼拝堂で行います。婚姻のミサはローマより派遣された司教様が主催されます。陪席者は……」
私は上の空であまり聞いてなかった。このままマリー様の替え玉としてヨハン様と結婚するなんて考えられない。なんとかこの状況から逃げ出せないかと必死で考えた。
この宮殿から逃げ出せるだろうか?宮殿は街中にあるから外に出さえすれば良い。窓の外は通りだ。でも公爵様の館と同じで扉の外には警備がいるし、窓から道路に直接降りるのも難しい。
それに、もし私がここから逃亡したら、国中大騒ぎになるに違いない。なにせ皇帝陛下の長男の花嫁が失踪するんだよ。お触れが出て街中の人間が私を探すだろう。服装も目立つし、第一動きにくい。
そもそも私も騙されたのに、何故逃げ出さないといけないんだろう。なんだか少し腹が立ってきた。
帝国側の人間も公爵家側の人間もみんなヨハン様と私が結婚する事を望んでいる。事情を知ってるアメリさんでさえ。私が結婚したくないと言っても誰も賛成しないだろう。誰か味方になってくれる人はいないだろうか。必死で考えた。
あの持参金をうまく使えないだろうか?公爵様が全て私のものだと言ってくれたけど、実際に管理してるのは帝国側。私の手元にあるのは宝石のついた装飾品と4グルデン分の銀貨だけ。庶民にとっては大金でもお貴族様にとっては端金。
そうだ。
「式はローマよりいらした司教様が取り仕切っていただけるのですね」
「そうです」
「式の前に司教様にお会い出来ないでしょうか?告解をお願いしたのです。ここに来るまでに犯した罪に対する赦しを祈りたいのです」
「ここに来るまでにですか?ああ、そうですね。司教様とお会い出来るようにします」
ランベルトさんは襲撃の時の事だと思ったようだ。確かに私が銃を撃ったせいで騎兵が落馬したし、ひょっとすると亡くなってるかもしれない。その事を告解するのは自然な事だ。
「お願いしますね」
私は自分でも白々しい事を言ってると思いながら微笑んだ。ランベルトさんは私の内心に全然気付かないのか微笑み返してきた。私も随分芝居が上手くなったみたい。
告解と言う事で司教様とは別室で二人きりで会う事が出来た。私の告解の内容に司教様の酷く驚かれた顔が印象に残ってる。
夕食会ではヨハン様の隣に座って食事した。皇帝陛下ご臨席の下、よく分からない宮廷の偉いさんが一杯。
ヨハン様と会話?お互いの言葉が理解出来ないのに何を話せば良いのよ。それより何より、こんなに沢山の偉いさんと一緒に会食したのは初めてで、粗相をしないように気を付けるのが精いっぱいだった。
本当に会ったばかりで、話も出来ない人と結婚しろってどういう事なんだろう。マリー様は帝国語が話せたんだろうか?マリー様が話せて私が話せないんだったら、それはそれで困るけど。
結局夕食会では単に食事をしただけで、ヨハン様とは隣の席にいただけ。でも出席者の偉いさん方には仲睦まじい間柄だと思われたりするんだろうか?隣で食事をしただけで?
もしここにずっと居るんだったら、帝国語も喋れるようにならなきゃ。でもヨハン様と結婚して、ずっとここに居るって。ああ、何というか人生これで終わりって感じ。私まだ15だよ。
部屋に帰るとぐったり。ああもう明後日なんか来なきゃ良いのに。
翌日は一日中式の準備。衣装を着てみたり、式次第を確認したり。でもね、ヨハン様とは相変わらず言葉も通じないし。当たり前だけどね。一日で王国語覚えてきたらそれはそれでびっくりだよ。
今日はランベルトさんも近くにいなくて困った。司教様が王国語もしゃべれるのが唯一の救い。ああ、いっそローマにでも行ってしまいたい。言うでしょ、ローマを見て死ねって。
「お嬢様、お疲れ様」
アメリさん、それしか言う事無いの?
「ああ、私の人生も明日で終わりなの?」
「何をおっしゃいます」
「だって、ヨハン様とは言葉も通じないんだよ」
「そのうち帝国語も喋れるようになりますって」
「アメリは何故帝国語が喋れるの?」
「公爵様のお屋敷にも帝国語が喋る方が沢山いらっしゃるではありませんか?」
「それは知りませんでした」
「私はマリー様がヨハン様に嫁がれると決まった時から毎日その方々に教えて貰ったのですよ」
「私は習ってないから」
「……私がお教えしましょうか?」
「そうね。、そのうちお願いしますね」
マリー様に扮して話すのも随分板に付いてきた気がする。でもこのままマリー様に扮して一生過ごすって?冗談ポイ。明日は見てなさいな。




