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ログ026 微精霊

「王国の精霊術は、誰でも使えるようにするために、目に見え、声を聞ける精霊の力だけを扱っている。」


イスカは、ゆっくりと人差し指を左右に揺らす。


「だが、存在の強い精霊を扱うには、それだけ重い力で指示したり、対価を払う必要がある。」


指先の後を、何かが揺らめきながらついていく。


「王国の術式は、間違いなく発動するように、十分な魔力を食わせて、明確な契約を交わして、そして命令を行う。

それはそれで、間違いでは、ない。」


「ただし。」


イスカが指を止め、今度は手を広げる。


「小さな精霊達の中には、何となくついて来る子もいるし、何となく力を働かせてくる子も、いる。」


掌の前に、ゆらゆらと、何かが広がっている。


「イオにも、何かが、見えてるだろ?

でも、それは本当の精霊が見えてるわけじゃない。

精霊の力が発した熱が、空気を動かしてるのを見てるだけだ。」


イオが、こくりと頷く。


「見えてるものを見るんじゃない。見えないものに、本質がある。」


イオが、そっと手を伸ばす。

掌を上に向けて、何かを受け止めるように、静かに待つ。


ゆらりと、掌に温かな空気の塊が触れる。


「もう、去ってしまったんですね。」


イスカは、微笑む。


「そう。今のは、精霊が去り際に、お前に届けた名残の熱だ。

それを感じられただけで、精霊の試しに合格したと言える。」


イスカは、立ち上がり、後ろ手に一歩ずつ静かに踏みしめるように、イオの周りを歩いていく。


「どうやればこの精霊術が身につくかを説明するのは、難しい。

ある人に好かれるのにどうすればいいかを、まったく赤の他人から聞くようなものだ。

乱暴な奴でも精霊に好かれる奴もいるし、善人でも精霊が近づかない者もいる。

理不尽に聞こえるかもしれないが、精霊に気に入られるかどうかは、努力が反映されるものではない。」


時おり、床に張られた木が、イスカの足元で小さなきしみ音を立てる。


「だが、精霊にわずかでも気に入られて、近くにうろつくようになったなら、そこからは努力や工夫で引き出せる力がある。イオの場合は、おそらく、戦いよりはモノを作るような力に向いているだろう。」


イオは、イスカの声を聞きながら、じっと掌を眺めていた。

先ほどの温かな感触は、もうとっくに消えている。

「僕の思っていた精霊術とは、ずいぶん違うもののようですね。」


「そうだな。魔力を込めて呪文を詠唱し、ドカンと放つ。それも精霊術の一つの姿ではあるが……」


イスカは、イオの正面で足を止めた。


「私が教えるのは、静かで、踊る精霊の軌跡を眺めるような、そんな術だ。

精霊の力は、勝手に先に働きかけてきたり、後からいつの間にかついてきて、見えないところから、助けてくれる。助けにならないことも、あるがな。」


イスカの目を、イオが見ている。


「細かい指示は出来ないから、成り行き任せ、みてのお楽しみ、というところはあるが、その代わりに費やす魔力は少ない。

ゆっくり修練を積めば、お前にも、扱えるはずだ。」


「僕のために、いろいろと考えてくださって、ありがとうございます。」

改めて、イオが礼を言い、イスカにふわりと抱きついた。

その動きは、早いものではなかったけれど、イスカの意表を突くには十分だった。


「感謝や嬉しい気持ちを表すのに、ハグをする。皆さんの想いが、分かった気がします。」

イスカは、身体を硬直させて突っ立っていた。


「……は、離れるのだ、イオ。」


「あ、はい。

もうしばらくで、午後の仕事ですね。何か軽食を作りましょうか?」


「……私は、食べなくても大丈夫だ。自分の分だけ、腹に入れておけ。」


ボフン、と音を立てて、イスカはベッドに横になり、薄い毛布の中に潜り込んでいくのだった。




指定の参集時刻になった。

ギルドの裏手の倉庫兼作業場には、五、六人の探索者が集合している。

年齢や性別は様々だったが、装いからして術師や細工師など、なるほど几帳面な者や職人肌の者が選ばれているようだった。


ギルド職員が三人ほど、先行して作業を行っている。


「今日は、思ったより魔素が回収されてくるペースが早い。まずは我々の作業を見て、午前中の説明の内容を思い出してくれ。手順を確認したら、職員を含めて二、三人で一組になって、それぞれ三つの貯蔵容器に移していくぞ。」


午前中にはいなかった、壮年の男がよく通る声で指示を出している。

この場の主任といった風情だ。


イスカは、この男のそばにイオを連れて近づいていく。

残りの職員は二人とも、午前中にイオに接触していた女達だった。


「俺と組むか? 

お前達はまだ登録したてのようだな。よし、色々まとめて教えてやろう。」


イスカは、コクコクと首を振ってうなずいていた。

男はグレインと名乗る。

面倒見の良さそうな男だった。


「これが、魔素の貯蔵容器だ。」

グレインが身振りで示した時、イスカの眉がわずかながら引きつるように動いた。

作業場に並んでいるいくつかの装置を簡単に紹介した後、グレインは新たに運び込まれた魔道具を取りに歩いて行く。


「どうしたんです?」

イオは、顔に出さずにごく小さな声で問う。

イスカも、小さな声で答える。

「この魔素……、魔物からじゃないものも混ざってるな。」


「空中から集めた魔素のことですか?」


「いや、勇者の魔素だ。」




ようやくストーリーが動き出します……。


遅い!

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