第21章 言葉の真意3
「僕、幸せだったよ……だから、死ぬことなんて――」
「かっこつけないでよ!」
たまらなくなって僕はイアンに言った。目が熱くて、視界がぼやける。胸が痛くて苦しい。
「死ぬのが怖くないわけが、そんなわけがないじゃないか!」
そう言うと、イアンの顔が急に歪んだ。その瞳にじわじわと涙が溜まり、数秒間をあけて、ようやく言った。
「本当は、怖い。怖いよ……。死にたくない。死ぬのが怖いよ。死んだら、どうなっちゃうのかな。また、独りぼっちなの? 怖くて、たまらないんだ」
死をたった一人で背負い続け、弱音一つ吐かずに僕を支えてくれたイアンの本音だった。
「死にたく、ない。カミー、ずっと一緒に、いたい」
そしてまた、激しく咳き込んで血を吐き出した。
「イアン!」
イアンは口を動かすがもう声がほとんど出ていない。僕は麒麟をもう一度見た。何とかしてと訴えた。それでも麒麟は首を横に振り、そんな僕をイアンが呼ぶ。
「カ、ミー……」
僕は涙をこらえながら耳を澄ました。一言も聞き逃すことがないように。
「もし、生まれ変わることが、できたら……また、友達になってくれる……?」
その顔はとても不安げだった。瞼は半分まで閉じて、横目で僕を見るのだ。そんなイアンに僕がかけてあげられる言葉なんて、1つしかない。
「当たり前じゃないか……。だって、僕らは唯一無二の友達なんだから」
声が震えてる。それでも紡いだその言葉を、イアンは聞いて笑った。
「良かった……」
その笑顔は心からの安堵だった。何度も僕は気がつくチャンスはあったのに、どうして僕は気づいてあげられなかったんだ。やっと気がついたのに、イアンの瞼がゆっくりと閉じていく。そして、イアンの体から力が抜け、手が体の上から滑り落ちた。
「イ、イアン……?」
名前を呼んでも、イアンはもうピクリともしなかった。ただそこに横たわっているのだ。
「冗談でしょ? 冗談だよね? だって、僕達これから、世界を旅するって……」
イアンは眠ったように脱力して指一本動かさない。急に現実味がわいて怖くなった。血の気が引いて、足の感覚がなくなった。
「やだ……。やだ。やだよ! そんなのやだよ! 言ったじゃないか! 一緒に世界を見て回って、きれいなもの見て、美味しいものたべて、それから――」
「僕は、カミーと一緒にいられるならどこでもいいや」
ふいにその言葉が鮮明に甦ってきて、僕は言葉を詰まらせた。
「やだ。やだよ……や、だ……」
僕は鼻をぶつけた。何度も何度もイアンにぶつけた。今まで触れてきたよりもずっと重くて、ぶつける度にイアンの体は力なく揺れていた。本当にもう会えないのだと、そう思うと、ぶつけるのも苦しくて僕は歯を食い縛った。そうして、言葉を絞り出すように言った。
「こんなことなら、自由になんか、ならなければ良かったんだ……。どうせこんな風に別れることになるなら、出会わなければよかったんだ……」
イアンに初めて声をかけたのは僕だった。聞こえるはずがないと思って掛けた声。
「こんなことなら、いっそあの時、僕が話しかけなければ……」
そう言いかけて、僕は言葉を切った。
そんなことはない。だって、一緒にいられた時間は僕にとって大切で、この世界の全てだったから。
初めて声をかけた。
初めて友達ができた。
初めて背中に誰かを乗せた。
初めて空が綺麗に見えた。
そして
生まれて初めて、飛べないペガサスで良かったと思えた。
「もう独りぼっちはやだよ……イアン、僕、どうしたらいいの?」
僕はその場に膝を折って、鼻でイアンを押すように擦りつけた。返事はない。体がただ揺れるだけ。それが辛くて、僕はもう鼻で押すのをやめた。
大好きなんだ。一緒にいられればそれでいいんだ。だって僕らはお互いが唯一無二だから。この世界で互いがいればそれだけで僕らは十分だったんだ。イアンが笑って、僕が笑って、それだけで良かったのに。イアンがいない世界なんて何も価値がなかった。涙が止まらなかった。胸が痛くて、苦しくて、泣くことしかできなかった。
レインは声を押し殺して涙を流しながら、そっとイアンの首筋に手をやる。数秒じっとして、そうしてゆっくりと手を離した。そして、首を横に振った。レインは無言でイアンの額に自分の額をつけてから、強く抱き締めた。静まり返る洞窟の中で、すすり泣く声だけがいつまでも聞こえていた。




