第20章 問いの答え4
ニールも僕らと同じように辛い境遇の中で生きてきた。僕らと違ったのは、傍に助けてくれる仲間がいなかったということだ。もしイアンがいなかったら、僕もニールのように世界を憎んでいたかもしれない。愛されたい。ニールを動かしていたのはそんな単純な気持ちだった。誰もが求めていて、誰がニールになってもおかしくはないのだ。
ニールの悲痛な声を聞いて、クランはニールをそっと離した。
「マキノは、お前を恨んでなんかなかった」
その言葉に、ニールは目を見開いて伏せていた顔を上げた。
「あいつは死に際俺達に言った。ニールは俺と似ているからよく分かる。ニールは愛されたかっただけなんだと。恨んでやらないでくれ、責めないでやってくれって。それから、自分の弟みたいなもんなんだって、そう俺達に言ったんだ。俺はお前を許したわけじゃない。それでも、マキノが俺達に恨むなって言ったんだ。殺された本人にそう言われたら俺が恨むのはおかしいだろ?」
クランは今にも泣き出しそうな顔を向けるニールに優しく微笑んだ。
「ニール、死ぬなんていつでも誰にでもできる。でも罪を償うっていうことは相当な覚悟と努力がなければできない。マキノに感謝しているならそれをお前の人生で示せ。マキノのことをそこまで思っていたなら、せっかく気づかせてくれた努力も、死も、お前自身の人生も無駄にするな。マキノはお前にも言ったんじゃないか? 人生はやり直せるんだと。あいつは売られて奴隷として扱われてたが、無理矢理家を逃げ出して軍に入隊した。その時に人生はやり直せると学んだんだろう。それで境遇も似ていて、今苦しんでるニールに自分を重ねて、放っておけなかったんだと思う。バカすぎるくらいバカだけど、俺達もそんなバカに随分救われた。お前の家族は俺の家族だってわざわざ誕生日まで祝いに来たんだぜ? マキノの考え方だと、あいつがお前を弟と認めたならそれは俺の弟ってことだ。自分が殺されてるって言うのにのん気なもんだよ。遺された人間の事も考えずに、ほんとに、あいつはバカだろう? そんなバカに、俺もなろうと思う」
クランは立ち上がり、ニールに手を差し伸べた。
「生きろニール。お前はもう独りじゃない。今日から俺がお前の家族だ」
クランの目にはうっすら涙が溜まっていた。この考えに至るまでに、随分葛藤しただろう。ニールを恨みたい気持ちと、マキノを尊重してやりたい気持ち。結果的にクランに残ったのは憎しみではなくマキノの想いと深い愛情だった。
この時僕は、ベリトルが言っていた問いを思い出した。
憎しみに打ち勝つ事が出来る唯一のものは何か
その問いの答えは、
愛だ。
憎しみも悲しみも受け止めてしまうぐらいの深い愛。その愛をもって相手を許すこと。深い愛をもって相手を許せ。ベリトル、そういうことなんだね。
ニールは目に涙を溜め、クランに恐る恐る手を伸ばした。その手を強引に掴み、引き寄せたのはレインだった。
「それならニールは私の弟でもある」
笑顔でニールに言う。もちろんその目はイアンにも向けられていた。
「俺、まだ、やり直せるのかな?」
涙を袖で拭いながら言うニールに、レインとクランは顔を見合わせてからニールに頷いた。
「なぁニール、この世界お前が思うよりも捨てたもんじゃないだろ?」
レインがそう言うなり、ニールは涙をこぼし、何度もしゃくりあげながら言葉を紡いだ。
「ごめ、んなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい!」
2人に抱きしめられて、ニールはまるで小さい子供のように声を上げて泣いた。生きて罪を償う。それは並大抵の事ではできないだろうが、きっと今のニールなら成し遂げられるだろう。ニールはもう独りではないのだから。




