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第3章 ファンダラの遺跡2

僕らは右へ続く壁画を少しずつ移動しながら眺めた。次に見えてきたのは井戸に群がっていく人間達の姿。そして、井戸に集まってくると、あろうことかそこで殺し合いを始めたのだ。手足に鎖を繋がれた人達も順に集まり始め、彼らもまた鎖が取れるなり武器を取って殺し合い始める。


「な、なんで? さっきまで平和だったのに」


「それに、この鎖をつけてる人達って、まさか……」


イアンが険しい表情で壁画を見ているが、何を意味しているのか分からずベリトルが話すのを待った。


「人が技術を進歩させるほどに水は汚染されていき、水を奪い合う戦が頻発した。戦いに勝つためには戦う人がたくさん必要だ。兵士を集める為に人攫いが横行し、人の売買が盛んに行われ、買われた人々は戦うためだけの、いわば捨て駒として戦場に駆り出された」


その声はあまりにも悲しそうだった。人間が人間を売り買いするなんて、なんておかしな話だろう。


「同じ種族なのに……。そんなの理解できないよ」


「カラミーユ、理解し難いだろうが、人とはそういう生物なのだ。人は時に素晴らしく、時に残酷なのだ」


人間が人間を攫って戦わせるなんて、なんてひどい事をするんだろう。攫われた人間達はどんな気持だったんだろう。突然見知らぬ所に連れて行かれて、鎖で繋がれて、無理矢理戦わされて……。恐ろしかったに違いない。怖くて、何度も助けを求めたに違いない。


「生きる為に水を奪いあい、やがて人々は水を清める力を持つ幻属を巡って争い始めた。それによって水不足に直面した国が幾つもできたのだ」


隣の絵には剣を手にした人間が何人もいて、戦を始めている。人間と人間が武器を持ってぶつかり合い、殺し殺されているのがはっきりと描かれているのだ。


「小国は大国との武力差を埋める為、また、水を奪う為に幻属と手を組み、模範剣術装置と言われる特殊な剣を創りだした。剣にはプログラムが組み込まれていて、手に持つだけで直接その人間の体を操るため、剣を持った事がない人間でも達人のように強くなれた。この時代に作られた模範剣術装置、その1つが私なのだ。歴史を正しく世に伝える為に必要な知識も組み込まれている。兵士全員に持たせることで、小国は大国を打ち負かして水を奪い取ることに成功したが、大国はやがてさらに優れた剣を生みだした。それにより結局水を奪い返されるという戦が各地で起こり始めたのだ」


ベリトルは幻属ではなかったんだ。そう思いながら僕は壁画を眺めた。人間が小さなドラゴンの子供を無理矢理連れてきて、そのまま寝台に乗せている。


「これによって追い詰められた小国は、人類最大の過ちを犯してしまった」


「過ち?」


「そうだ。生きた人間と幻属の体を使って、生物兵器を作ったのだ」


あまりに悲痛な声に、ベリトルに目線を移そうとしたものの、壁画の動きから目が離せなくなった。と、いうのも、人間が建物の中で人間に似た別の何かに次々殺されているのだ。


「その生物兵器は完成したが、制御しきれず暴走し、安定を求めて勝手に変化していった」


その建物に、次はドラゴンが襲いかかっていた。事態はどんどん悪化してきていた。幻属と人間が本格的に殺し合いを始め、手を取り合おうとした者達は同族に殺されているのだ。


「この騒動によって幻属に実験がバレ、幻属は仲間の仇討として単独で襲撃した。そう、単独での襲撃だった。しかし小国は各国に、幻属が一方的に友好関係を破棄し、人類に対し攻めてきた、と通達してしまった。それによって戦が始まってしまったのだ。特に友好的だった国や幻属は裏で何とか戦争を止めようとしたようだが、スパイとみなされて皆処刑された」


後の壁画には、互いに傷つけあい、戦う姿が描かれていた。悲しい事に、その戦いはさらに激しさを増していく。まるで坂を石が転がっていくみたいに。どんどん加速して、止めたくても止められなくなってしまったみたいに。


「この戦いは、どうしてこんなに長く続いたの?」


「この頃の人間は技術面では圧倒的。ましてや他国との戦争のため、人を操る剣が大量にあったから、一人一人の力が異常に高まっていたのだ。技術を使う人間は交代しながら夜も戦い続けたが、幻属は力を使うのにかなりの体力を消耗するため結果的に人間を抑えきれなかった。その為に両者互角の様な戦いだった。これによって、戦が激化した各地で幻属の持つ毒、人間の技術発展による汚染が重なり、有毒地域が発生してしまった」


「足を踏み入れた者は、体を蝕まれてやがて死ぬっていう毒の事だね」


「そうだ。あの大戦では強い力を持つ幻属ほど最前線で戦った。ドラゴンやケルベロスがそうだ。種の誇りを持って、残り一頭になるまで戦い抜いたのだ。そのせいで多数の種が滅びてしまった。これが、大戦の全貌だ」


ベリトルが知っているのはあくまでも人間が作り、語る歴史。幻属からしてみれば、仲間を殺された憎しみがあったことだろう。僕らが生まれる前に起こったこの大戦のせいで、僕らは麒法に縛られることになってしまった。


「毎日毎日、血を浴び、どんなに殺しても終わる事は無い。戦争で怖いのは、自身の良心に喰い尽されないように自分の心を守ることで、人らしさを失っていくことにある」


抽象的な言葉に理解が追いつかない僕に代わってイアンが尋ねた。


「それってどういうこと?」


「命を奪って勝ちを得るのに、命を奪う度に自分を責めていたら人間は潰れてしまう。それがダメだと分かっていても生きる為には仕方がないと正当化し、考えないよう作業化することで、徐々に命を奪うことへの抵抗感を失い、本来の感じ方や考えがマヒしてしまうのだ。戦争が終われば徐々に心は元に戻り、多くが良心の呵責に苛まれる。同時に、常に命の危機に晒されたことによる恐怖に怯えることになる。こうして心が死んでいくのだ」


「誰も戦いたくて戦ったわけじゃない。生きる為に仕方なく戦ったのに、結局こんな風になってしまったんだね……」


技術の発展は皮肉にも人間を追い詰め、生きたいという気持ちが大戦を引き起こした。


「罪と言うものは、大衆に認知決定されて罪となる」


ベリトルが唐突にそう言った。


「それって、どういうこと?」


「例えば、目の前に1本の花があるとしよう。その花が咲いても罪にはならないが、この花が咲くことを世界中が罪だと決定すれば咲くこと自体が罪になる。罪とはそういうものなのだ。大戦前は強制することは良い事とされたが、麒麟が人間と幻属の干渉を罪だと決めた。周りの生き物もそれを罪だと認めたのなら、2人が一緒にいることは罪なのだ。2人はただ一緒にいるだけで、と思うだろう。命を奪ってもいない、誰も傷つけていないと。でも、もしも、イアンやカミーが傷つきそうになったら、咄嗟に守ろうとして追って来た誰かを傷つけてしまわないか? 守るために傷つけてしまっても、それは守ろうとしたから罪ではないか? それでは大戦が始まった時となんら変わらないんだよ。生きる為に幻属を手にかけた人達と同じ。罪はデタラメに決められているんじゃない。秩序を守るために存在し、秩序の崩壊に直結するからこそペナルティが存在する。秩序を守るため、秩序崩壊を起こさないようにするための防衛線なのだ」

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