第18章 それぞれの覚悟2
「おやおや、あんな所に逃がした獲物がいるではないか」
「面倒を増やしおって! 今度こそ吾輩が殺してやる!」
「せっかく逃げたのにまた怒の羅剛神に見つかってしまうとは運がないね」
「存分に妾の愛を受け止めるがよい」
違和感を覚えたのは、羅剛神の最後の声だった。僕らが知らないもう1つの声が増えているような気がしたのだ。嫌な予感がして羅剛神の腕の本数を数えてみると、予想通り、腕は8本になっていた。
「羅剛神の腕が2本増えてるよ」
僕の言葉に、イアンも羅剛神を見た。
「カミー、腕だけじゃないよ。顔も増えてる」
羅剛神がさらに自己進化したのだ。イアンが急に体勢を崩した。羅剛神の腕が2本、イアンの腕に繋がる蔓を引っ張り始めているのだ。イアンは直ぐに体勢を立て直して踏ん張るが、まるで歯が立たない。足は突っ張っているのに地面を滑り、どんどん引き寄せられていく。僕はイアンの服を噛んで引っ張り抵抗したがこの歯ではまともに引っ張ることもできない。僕はすぐにイアンの前まで走り、体全体でイアンの体を止めようとする。蔓はイアンの腕を締めあげて食い込み、イアンが痛みに悲鳴を上げた。
「この蔓!」
蔓を噛みきろうとするが異常に固くて噛みきれない。
「静植物じゃない。これ、動植物だよ」
動植物は静植物よりも何倍も固くて丈夫だ。噛みきれるものではない。
「イアン、結び目を解いて!」
僕に言われるがまま、何とか解こうとするものの、引っ張られてより固くなった結び目はなかなか解けない。イアンを引っ張る羅剛神の顔は僕が初めて見るものだった。垂れ目で、不気味に笑っているその顔は目が合うと怯んでしまいそうになる。この羅剛神に近づいたらダメだ。本能的に危機を察知し、気持ちが更に焦ってくる。新しく増えたその羅剛神の顔が他のものと違ったのは、その顔にだけ角が生えていなかったということだ。不完全なのかもしれないが、その不完全さがより怖かった。
「お前を殺せばお前の愛は永遠に妾のもの。愛を妾におくれ。そして妾と1つになろう」
話が通じる相手ではない。他の顔と腕が軍人達と戦っているが、まるで他人事のようにイアンだけを見ている。
「愛の羅剛神よ、こちらは面白いぞ。お前も戦ってはどうだ?」
と、喜の羅剛神が誘うが、無視して蔓を引っ張り続ける。
「さぁおいで。妾がお前を愛してやる」
少しずつ羅剛神との距離が縮まっていく。僕は出せる限界まで声を張り上げた。
「麒麟! 僕らはただ一緒にいたいだけなんだ。お願い彼らを止めて!」
返事はない。
「全員一旦下がれ!」
レインの声と共に軍人達が一気に下がるが羅剛神はその場に留まっている。
「愛の羅剛神よ、獲物が逃げてしまうではないか」
「愛をおくれ。妾に愛をおくれ」
うわ言のように繰り返しながら蔓を引き続け、僕は無我夢中でイアンを首で押した。急にイアンを引く蔓が緩んだかと思うと、感じた事が無い危機感が体中を駆け抜けた。僕らは羅剛神の目の前まで来てしまったのだ。
「やっとここまで来たな。これで妾と一つになれる。さぁお前の愛をおくれ」
突然体に衝撃と息苦しさが加わったかと思うと、僕は羅剛神の元から離れた所で倒れていた。羅剛神に投げ飛ばされたのだと気がついた時には、愛の羅剛神の剣がイアンに照準を合わせて振り上げられる。
「イアン!」
僕はたまらず叫んだが、羅剛神の剣は振り下ろされた。




