第16章 同期三人
マキノが雨の中瀕死の状態で発見された。体を貫通していたのは2本の剣。ニールの仕業だということは明確だった。部下から叫ぶような声で報告を聞いたレインとクランはすぐにマキノのところまで駆けつけた。出血がひどく、剣は内臓を貫通している。
「マキノしっかりしろ!」
クランが傷の状態を見る。目は半分閉じており、体にはほとんど力が入っていなかった。雨のせいで体は冷え切っており、唇は紫に変色している。
「へへ、俺、モテモテじゃん……」
瀕死状態にあるにもかかわらず軽口をたたくマキノに、喋るなとクランが叱責した。
「すまん、ちょっと、ヘマした……」
それでもなお何か話そうとするのはマキノの性格だろう。
「レイン大佐、医療器具も薬も足りず、この傷では……」
衛生兵は眉間にしわを寄せて首を横に振った。仲間の手を借り、痛みに耐えながら何とか樹を背もたれにして座ったマキノは、怒りを露わにするレインにかすれ声で言った。
「ニールを、責めないでやってくれ」
レインはそれを聞いて怒鳴るように言った。
「こんなことまでされてニールを許せだと! そんなバカな話があるか!」
クランは衛生兵からガーゼを手渡してもらいなんとか止血しようと試みる。
「あいつは、俺と似てるから、分かるんだ……。あいつは、ただ誰かに愛されたかっただけなんだ……。だから、責めないでやってくれ……。俺の、弟みたいなもんなんだ」
痛みに顔をしかめ、呻きながらもマキノは言った。衛生兵と共に何とか処置を施そうとしていたクランは黙って手を止めると、レインを見てから首を小さく横に振った。状況は変わらないままだった。
「分かってる。もう、ダメだろ……? はは、いいんだ」
と、マキノが苦しげに息をしながら笑っている。
「レイン、クラン」
マキノは手招きして二人を近寄らせてから、そっと抱きしめた。
「俺の、胸は、空いてるって言っただろ……。はは、でも男はいらんわ……」
途切れ途切れにマキノはなんとか言葉を紡いだ。
「お前な、俺の汗塗りつけるぞ」
と、クランが涙目で笑うとマキノも笑った。
「へへ、お前のはネバネバしてそうだから、やめとく。レインの――」
「断る」
容赦ないレインの言葉にもマキノは笑う。
「レイン、クラン、それから、皆。このチームは、最高だ……欲を言うなら、もうちょっと、お前らと一緒に、生きていたかったなぁ……」
マキノは今まで共に闘ってきた仲間達一人一人に目線を合わせていく。どの顔も涙と雨で濡れていたが、マキノは1人雨を気持ちよく受け止めて笑顔だった。雨は次第に小ぶりになり、やがて雲の切れ間から日の光が差し込んでマキノを照らす。
「今日は、空が、綺麗だなぁ」
まばらに立つ樹の枝葉の間から見える空を見上げて、マキノは笑った。
「あの空の向こうに、行ってくるわ……」
レインとクランを抱きしめる急に腕から力が抜けて、レインははっと顔を上げた。まるで幸せな夢を見ているかのように目を閉じるマキノを見て肩を揺する。
「マキノ? 冗談はやめてくれ」
レインの肩にかかっていた腕がずれ落ちた。
「マキノ!」
クランも叫んだ。どれだけ揺すられようが、名前を呼ばれようが、2度とマキノが動くことは無かった。心臓は鼓動を止め、呼吸も止まり、ただそこで眠っているように見えるマキノからレインは手を離し、唇を噛みしめた。拳を握りしめて立ちあがり、部下全員に背中を向けると、毅然とした態度で声を上げた。
「全員聞け!」
部下全員がレインの背中に注目する。
「これ以上、誰一人、私の前で死ぬことは許さん。いいな!」
返事する部下全員が、レインの肩が震えている事に気がついていた。
「クラン、穴が掘れたら呼んでくれ」
顔も見せずにその場を離れたレインは、黙々と歩いて、誰にも見えなくなってから崩れた。両目からはたちまち涙が溢れ、頬を流れ落ちる。レインは自分の手が痛むのも気にせずに、目の前にあった樹を何度も殴りつけた。
「くそ! くそ!」
何度も殴っていると、内ポケットの中から1枚の紙が左右に揺られながら落ちた。そこには、レインとクランに後ろから笑顔で抱きつくマキノの姿が映っていた。新人時代に撮った1枚の写真。
泣きたかったら泣けばいい。俺の胸はいつでも空いてるぜ。
と、この頃からよく言っていた事をレインは思い出していた。
「俺の胸はいつでも空いてるって言ったくせに、死んでは何もならないじゃないか……」
写真を手に取り、強く抱きしめて、レインは大声で泣いた。




