第15章 ごめんなさい6
「え?」
マキノは笑っていた。マキノを刺した。そのことになぜか頭が真っ白になる。
「お前はやっぱり優しいやつなんだよ」
どうしてそんなに声が小さいんだ?
いつもうっとうしいぐらいに声が大きかったくせに。
どうして俺の手は震えてるんだ?
今まで何人も平気で殺してきたはずなのに。
「はは……そんな、顔するなよ」
そんな顔? いつの間にか雨は止んで、足元には水溜りができていた。水面に映った自分の顔は見たことがない程自信が無く、怯えたような顔をしていた。何かが怖いのだ。何に怯えているんだ?
マキノは笑顔のまま、ほとんど力の入っていない手で優しく僕の頭を撫でた。
「ほら、俺は仲間だろ。刺されたって気にしない。俺はお前の仲間だ」
雨の音が消えたからなのか、マキノの声は力が無くて小さいはずなのにはっきりと聞こえた。震える手で剣を引き抜くと、支えを失ったマキノはその場に崩れるように倒れた。
「ニール、手遅れなんかじゃない。大丈夫。まだ、やり直せる」
口からは血が溢れるように流れ出す。マキノに与えたのは致命傷だと頭では分かっていた。放っておけばこの男は死ぬ。勝ったのに体が震えている。どうして、震えているんだ?
「ニール……」
そう言って笑って伸ばしてきた手についていた血が突然恐ろしくなって逃げ出した。血なんて見慣れていたはずだ。それなのになんでこんなに恐ろしいんだ?
つまずいて転ぶまで、自分の体力が限界であることに気がつかなかった。体中が震えて言うことを聞かない。僕は当然の事をしたんだ。マキノは邪魔だった。邪魔だったんだ。泥まみれになることなんて今はどうでも良かった。ただ自分に言い聞かせる。
「僕は正しい事をしたんだ。僕は正しい。あいつは邪魔だ。あいつは僕の邪魔をするんだ」
そう言葉にしても胸がひどく傷む。今にも倒れそうな体を何とか立たせ、服をめくって皮膚を見てみたが僕は無傷だった。
「なんでこんなに胸が痛い?」
また降りだした雨が少しずつ激しさを増し、僕に叩きつけてくる。
「愛されたいだけ? この僕がそれだけのために? そんなはずない。そんなはず……」
僕は何かに焦っていて、恐れていて、怯えていた。ふと、マキノの手の感触が蘇ってくる。僕の頭を優しく撫でてくれたマキノ。僕は、一体何をしてるんだ。
「そうだ……。僕は、俺は、ただ愛されたかったんだ……」
言葉にすると、涙が溢れて胸が締めつけられるように痛んだ。斬られた痛みじゃない。もっと深い痛み。小さい頃感じたことがある悲しい痛み。俺はこの手でマキノを刺したのだ。
「初めて俺を見捨てないでいてくれたのに、なんてことをしてしまったんだ……」
握っていた剣が手から滑り落ちた。恐怖が押し寄せてくる。このままじゃマキノは死ぬ。
やり直したい時は素直な気持ちで言うんだよ。ごめんなさいって
マキノの言葉が蘇ってくる。今からでもまだ間に合うだろうか。嫌われても恨まれても一言謝りたい。俺はバカだ。俺は……。
「今からでも引き返せばマキノを、マキノさんを助けられるかもしれない」




