第14章 ニールの願い4
あまりにも突然で、脈絡がなくて、僕はただ今にも消えそうなイアンの声に耳を傾けた。
「小さい頃、文字の読み書きを教えてくれたレインさんに、家族でもないのにどうしてそんなに優しくしてくれるのって訊いたんだ。レインさんは、ただイアンが好きなのよって言ってくれて、あの時は本当に嬉しかったけど、レインさんはきっと苦しかったんだ。僕はバカだ。結局みんなを苦しめてるのは僕の存在なんだよ」
「イアン……」
「僕がいなければ母さんは父さんに捨てられなかった。僕がいなければ姉さんは父さんを殺さなくて済んだ。僕の存在が皆の幸せを奪ってしまった」
そんなわけがないと僕が言う前に、イアンはかすれた声で言った。
「僕は、望まれて生まれてきたわけじゃなかったんだ……」
ウンディーネの言葉がどれほどイアンの心に突き刺さったのかが痛いほど伝わってくる。辛くても苦しくても一生懸命生きてきた。家族がいなくても独りぼっちでも前向きに生きてきた。強くて明るいイアンの心の中にはいつもどこかに自分の存在を認めてくれる家族がいたに違いない。イアンは優しいから、自分のせいで皆が不幸になったって思っているのかもしれない。そんなことない。そんなはずがないんだ。
僕は涙をこぼすイアンに鼻を擦り寄せた。
「仮に望まれて生まれてきたんじゃなかったとしても、今イアンは望まれてここにいるよ」
イアンが皆の幸せを奪った? そんなことは絶対にありえないって言いきれる。イアンが幸せを奪うわけがない。だってイアンは僕に幸せをくれたから。永遠に続く孤独から救ってくれたから。
イアンは涙で濡れた顔を僕に向けた。
「イアンがいなかったら、僕は今も独りぼっちだったんだ。寂しくて苦しくて心が荒んでいくだけだったよ。イアンが僕に誰かと一緒にいる温もりをくれたんだ」
いつも支えてくれたイアンを今度は僕が支えたい。
「僕はイアンが傍にいなきゃ生きていけないんだ。イアンは独りじゃない。僕がいるよ。僕はイアンが大好きだからこれから何があったって傍にいるよ。だって僕ら友達でしょ?」
これからどんなに悲しいことが待っていても、イアンがいればなんだって乗り越えられると思うんだ。気の利いたかっこいい言葉なんて思いつかなくて、ただ思ったことを言った。僕が持ってるたった1つの真実。イアン、君の存在は僕が望んでいるんだ。僕がイアンと一緒にいたいんだ。
「カミー……」
イアンは僕に抱きついた。イアンはそれから声を出して泣いた。イアンの悲しみ全部消すことはできないけど、せめて悲しみが和らぎますように。胸の痛みが少しでもとれますように。僕の首に抱きついて泣くイアンに、そんなことを思いながら頬をくっつけた。




