第13章 ウンディーネの湖4
ウンディーネはイアンを湖面に押しつけて首に手をかける。
「お前ができたせいで私はあの人に捨てられ、麒法に違反したと分かった途端私はここに閉じ込められた! もう2度とここから出られぬ!」
あまりに突然すぎて絶句したままのイアンにウンディーネは続けて憎しみのこもった言葉をぶつけた。
「お前など産まれてから一度も可愛いなどと思ったことはない! 醜い忌々しいお前を何度殺してやろうかと思ったか! お前を殺せば少しぐらい気が晴れると思うたが、私が目を離した隙にあの女が横取りしていきおった! それさえなければ殺してやったのに!」
それはもう言葉というより鋭いナイフだった。言葉の節々から憎悪が痛いほど伝わってくる。イアンが苦しげに首にかけられた手から逃れようとするが、ウンディーネは体重を乗せて強くイアンの首を絞めあげており、もがくことしかできずにいた。
すぐに僕はウンディーネに声をかけた。
「イアンを離して! イアンは悪意を持ってあなたに会いに来たんじゃないんだ! たった一人の母親に会いに来ただけなんだよ!」
「殺してやる。殺してやる。お前だけは絶対に許さぬ!」
僕の言葉に聞く耳を持たず、イアンの首を絞めるウンディーネはもはや精霊などではなく憎悪に支配された悪魔そのものだった。僕はその場で体の向きを変えると、思い切りを後肢で蹴り飛ばした。馬乗りになっていたウンディーネはイアンの上から飛ばされた。イアンは喉を押さえて咳込みながら何とか立ちあがり、僕はイアンの傍に寄り添った。このウンディーネから一刻も早く逃げなければ。
ウンディーネはうめきながらゆっくりと立ち上がってイアンを睨みつけた。その相貌にイアンが怯えた瞬間、ウンディーネは憎しみがこもった声でイアンに言った。
「お前などいなければよかったのに!」
その瞬間、イアンは表情も、行動も、全てが停止していた。何を言ったのか理解できない、とでも言うように、ただ呆然とウンディーネを見ていた。
それはたった一言だったが確実にイアンの心の奥深くに突き刺さった。その言葉はどれほど深くイアンを傷つけただろうか。イアンは声こそ発さなかったが口を動かしてこう言っていた。今にも泣きそうな顔で一言、お母さん、と。
「殺してやる! 殺してやる!」
そう言ってウンディーネは立ちすくむイアンに向かって走ってくる。僕は恐怖の何倍も怒りに震えていたが、イアンの事を考えると今はウンディーネから逃げる方が大切だった。
イアンには心の整理をする時間が必要だ。
「乗ってイアン! この湖から逃げるんだ!」
無我夢中でイアンを鼻で押し、イアンが背中に乗ってからは、どんな風に逃げたのか正直よく覚えていない。僕はただ湖を一心不乱に駆け抜けた。湖から次々に出てくる、イアンが以前出したのと同じ水の柱を避け、襲い掛かるウンディーネから必死に逃げた。何も言わず、状況を理解できていないイアンを乗せ、すぐにでも引き返して蹴り飛ばしてやりたい気持ちを抑えながらただ走った。




