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第10章 休息

 僕らが北へ進めば進むほど寒さは増し、周囲は針葉樹林だけになっていた。冷え込むと水が凍ることもあり、イアンは何重にも衣服を着込んだ。枝が湿っていると火がなかなか点かず、濡れた衣服は乾きにくいため洗濯できない日もしょっちゅうだった。イアンは寒さに適応しきれていないのかたまに体調を崩したが、数日すればすぐに良くなってはしゃいでいた。頭痛から、発熱して寝込むまで様々で、寒さは体に堪えるようだった。イアンが体調を崩せば僕はできることをした。食べ物を持って来たり、寝床を整えてあげたり、それはもうめざましい活躍だ。イアンは体調を崩しても歩けるときは一緒に歩いてくれたし、僕はできる限りイアンを背中に乗せてあげた。


 そんな穏やかな日々ばかりが続くことはなく、軍人達は何度も僕らに追いついてきていた。地理に強い人間がいるのか、僕らの先回りをしたり、うまく誘導してきたりして僕らを追いつめてきた。ベリトルがいない分僕らは逃げるばかりになったけどイアンの力は確かなもので、何度も軍人達を足止めしてくれた。力を使うほど少しずつ自在に操れるようになってきただけでなく、驚くほど強くて、あの屈強な軍人達が何もできずに飛ばされていくのを何度も見た。また、これ以上の追跡は危険と判断したのか、ペガサス達は寒冷地に入ってから追ってこなくなった。当面の警戒対象は軍人達だ。


 僕らはその日も軍人達に追われていた。ある日を境に軍人達は突然強くなったように感じた。特にレインはクランの振るう刀はさらに速度を増し、その度にイアンが力を使い、僕が走った。冷たい風を切って僕らは森の中を駆け抜ける。


「カミー、前!」


僕らが行こうと思っていた方向には、軍人が樹に登って待ち伏せている。


「左に曲がって!」


イアンの指示に従って、方向転換するが軍人がまた樹の陰から現れる。


「イアン、前にもいる! 右に曲がるよ!」


「待って!」


イアンがそういうと、かつてニールを貫こうとした水の柱が僕の背中の上から飛び出した。水の柱は軍人達の目の前まで伸びると、軍人達を押し流して強制的に道を開けさせた。


「イアン、ばっちりだよ!」


僕は歓声を上げた。何度も策を練って僕らを捕えようとする軍人達が手も足も出ないのだ。


「やっぱりイアンはすごいよ。幻属しか使えないはずなのに水を操れるなんて!」


そう僕が声をかけるが、今日はなぜか返事がなかった。


「イアン? 聞いてる?」


足音にかき消されてしまっているのかと、僕は耳を澄ましてみた。その時僕が聞いたのは、イアンの声ではなく、辛そうな呼吸の音だった。


「イ、イアン? 大丈夫?」


イアンは応えず息遣いだけが荒さを増し、やがて喘ぐように息をし始めた。


「イアン!」


尋常じゃない事態に怖くなって名前を呼んだがイアンは返事すらしなかった。今までにない状況に、イアンを休ませられる場所を懸命に探して駆けるが一向に見当たらない。軍人が追ってきている以上止まるわけにもいかずとにかく走っていたが、イアンがいつまで耐えられるのかが問題だ。この状態で長時間僕に乗り続けるのはさすがに耐えられないだろう。そんな僕らの目の間に、突如5メートル程の巨大な岩が現れた。僕は岩の窪みを発見して急いで身を隠す。軍人達をやり過ごせればいいんだけれど。


「こっちにおいで。早く」


突然老婆の声が岩の中から聞こえ、僕は岩の表面を見るが中に入れるような割れ目はない。


「この反対側に割れ目があるから入っておいで。大丈夫。あの軍人達はここへは来ないよ」


なぜ軍人達のことを知っているのかと老婆に不信感を抱いたものの、イアンの状態を考えると悩んでいられなかった。急いで巨大な岩の反対側へぐるりと回り込む。反対側には僕も入れるぐらいの縦長の割れ目が確かにあったが、中は暗くて入るべきかと躊躇ってしまう。すると、中から老婆が歩いてきた。老婆の髪は真っ白で、顔には深いしわが幾つも刻まれていた。腰が悪いのか、少し曲げた状態で両手を後ろに回して歩いてくる。


「中に入ったら割れ目を隠すから早く入りなさい。カラミーユとイアンだろう。ほら早く」


僕らのことを知っているらしい老婆は、僕の背中を軽く叩いて急かすと、入り口に置いてあったらしい岩の破片を重そうに押して蓋をした。外からの光が無くなると岩の中は暗かったが、続く割れ目の先からぼんやりと漏れるような青緑色の光が見えた。その光に導かれるように、足元を確かめながら歩いていく。

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