表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/30

18.これが本当の恋というもの

 ある夜、アマリアとエデルは、仕入れ先との会食を終え、石畳の道を並んで歩いていた。


 街灯が石畳を照らし、二人の影を地面に投影している。


 大通りから一本奥まった裏通りには、人の姿は少なく、遠くで馬車の車輪の軋む音がかすかに聞こえる。


 二人の靴音が、静かな夜に溶けるように控えめに響いていた。


 ふいに、エデルが歩みを止めた。


「……アマリアさん」


 名前を呼ばれ、アマリアも足を止めて、エデルに向き直った。


「はい?」


 アマリアの視線の先で、エデルはアマリアを見つめていた。


 エデルの茶色の瞳は、なにか決意を秘めたような、これまでにない深い色を湛えていた。


 エデルはアマリアとの距離を一歩詰めた。


「アマリアさん、私は、あなたを尊敬している。そして、できれば、あなたの志を、これからも傍で支えていきたいと思っている」


 エデルの声は穏やかで、少し遠慮がちだった。


 アマリアは、思わず息を呑む。


(エデル様は、わたくしの努力や理想をわかってくださっている方……)


 エデルから贈られた言葉に、アマリアの心の奥が熱を帯びた。


「……それは、商人としての話ですよね?」


 問いながら、アマリアは自分の声がわずかに震えたのを感じた。


 この問いは、気づかないふりをしてきた自分の気持ちに、触れてしまう気がしたから……。


 エデルは一瞬だけ目を伏せてから、再びアマリアを見つめた。


「商人としてでもあり……。一人の男としての願いでもある」


 アマリアの心がエデルの言葉に揺れる。


 甘く、切なく、そして、少しだけ悲しく――。


 夜風が、そっと二人の頬を撫でていった。


 エデルの告白はまっすぐで、どこまでも誠実だった。


 アマリアは胸の奥に渦巻く思いを言葉にするために、ゆっくりと口を開いた。


「今のわたくしは、まだ自分の夢を形にしきれていません……。けれど……、もし……、もしも、いつか誰かが、わたくしの人生に寄り添ってくれるとしたら……。その方は、わたくしの志を理解してくれる方であってほしいと思っています」


 アマリアは、エデルの目を見つめ返した。


 アマリアの眼差しは、これまで誰にも見せたことのない、心の奥から湧き上がる熱を帯びたものだった。


 少女だった頃とは違う。過去を捨て、夢を持ち、時に傷つきながら、それでも誰かを信じたいと願う、大人の女性の眼差し――。


「……今は、それで十分だよ」


 エデルの返事は、たったそれだけだった。


 なにかを誓うわけでも、踏み込んだ言葉を重ねるでもない。


 それ以上を望まず、ただエデルは、これからもアマリアを支え続けようとしてくれていた。



 ――そんなエデルの気持ちが、なによりもアマリアの心に響いた。



 アマリアはサンドロとの婚約を解消し、商人として生きるようになってから、ずっと脇目もふらずに商いの道を走り続けてきた。


 恋は、そんなアマリアの心に、いつの間にか生まれていた。


 ふと気づけば、エデルはいつもアマリアの隣にいてくれた。


 エデルとの間にある日々の信頼の積み重ねが、アマリアの心を溶かしていったのだ。


 燃え上がるような情熱ではない。


 積み重ねた信頼と、互いを尊重する気持ちの先に芽生えた、温かく柔らかな感情。


 アマリアは、これが本当の恋というものなのだと、ようやく知り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ