18.これが本当の恋というもの
ある夜、アマリアとエデルは、仕入れ先との会食を終え、石畳の道を並んで歩いていた。
街灯が石畳を照らし、二人の影を地面に投影している。
大通りから一本奥まった裏通りには、人の姿は少なく、遠くで馬車の車輪の軋む音がかすかに聞こえる。
二人の靴音が、静かな夜に溶けるように控えめに響いていた。
ふいに、エデルが歩みを止めた。
「……アマリアさん」
名前を呼ばれ、アマリアも足を止めて、エデルに向き直った。
「はい?」
アマリアの視線の先で、エデルはアマリアを見つめていた。
エデルの茶色の瞳は、なにか決意を秘めたような、これまでにない深い色を湛えていた。
エデルはアマリアとの距離を一歩詰めた。
「アマリアさん、私は、あなたを尊敬している。そして、できれば、あなたの志を、これからも傍で支えていきたいと思っている」
エデルの声は穏やかで、少し遠慮がちだった。
アマリアは、思わず息を呑む。
(エデル様は、わたくしの努力や理想をわかってくださっている方……)
エデルから贈られた言葉に、アマリアの心の奥が熱を帯びた。
「……それは、商人としての話ですよね?」
問いながら、アマリアは自分の声がわずかに震えたのを感じた。
この問いは、気づかないふりをしてきた自分の気持ちに、触れてしまう気がしたから……。
エデルは一瞬だけ目を伏せてから、再びアマリアを見つめた。
「商人としてでもあり……。一人の男としての願いでもある」
アマリアの心がエデルの言葉に揺れる。
甘く、切なく、そして、少しだけ悲しく――。
夜風が、そっと二人の頬を撫でていった。
エデルの告白はまっすぐで、どこまでも誠実だった。
アマリアは胸の奥に渦巻く思いを言葉にするために、ゆっくりと口を開いた。
「今のわたくしは、まだ自分の夢を形にしきれていません……。けれど……、もし……、もしも、いつか誰かが、わたくしの人生に寄り添ってくれるとしたら……。その方は、わたくしの志を理解してくれる方であってほしいと思っています」
アマリアは、エデルの目を見つめ返した。
アマリアの眼差しは、これまで誰にも見せたことのない、心の奥から湧き上がる熱を帯びたものだった。
少女だった頃とは違う。過去を捨て、夢を持ち、時に傷つきながら、それでも誰かを信じたいと願う、大人の女性の眼差し――。
「……今は、それで十分だよ」
エデルの返事は、たったそれだけだった。
なにかを誓うわけでも、踏み込んだ言葉を重ねるでもない。
それ以上を望まず、ただエデルは、これからもアマリアを支え続けようとしてくれていた。
――そんなエデルの気持ちが、なによりもアマリアの心に響いた。
アマリアはサンドロとの婚約を解消し、商人として生きるようになってから、ずっと脇目もふらずに商いの道を走り続けてきた。
恋は、そんなアマリアの心に、いつの間にか生まれていた。
ふと気づけば、エデルはいつもアマリアの隣にいてくれた。
エデルとの間にある日々の信頼の積み重ねが、アマリアの心を溶かしていったのだ。
燃え上がるような情熱ではない。
積み重ねた信頼と、互いを尊重する気持ちの先に芽生えた、温かく柔らかな感情。
アマリアは、これが本当の恋というものなのだと、ようやく知り始めていた。