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婚約者様、さようなら。わたくしは『装飾品』ではありません。  作者: 赤林檎


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19.その宝石の輝きの中に

「アマリアさんは、自分の力で人生を切り拓いていける人だ」


 ある夜、エデルは自宅の書斎で、帳簿のページを閉じながら呟いた。


 アマリアは、強く、賢く、やさしく、無理をしすぎることもない。


 一人でも自分の未来を選び取れる人間だ。


 けれど、そんなアマリアにも、いつか人生の伴侶となる者が現れる日が来るだろう。


(私がアマリアさんの人生の伴侶になれたら……)


 エデルは、アマリアに選ばれたいと願っていた。


 だからこそ、アマリアにとって誰よりも信頼できる存在になりたかった。


 過去でも未来でもなく、アマリアの今を理解して、支えられる人間でありたいと――。



 心の奥では、密かにアマリアとの将来を思い描いていた。


 いつかアマリアに手渡すつもりの指輪。


 形、素材、輝き。


 そのどれもが、アマリアの好みに寄り添うものにしたいと思う。


 プロポーズの言葉、場所、時間さえも、アマリアの喜ぶ顔を想像しながら、一つずつ丁寧に心に描いていった。


 それでも――。


 もし、アマリアが自分を選ばないなら。


 アマリアがエデルとは違う道を望むなら。


 その時は、エデルは潔く身を引こうと決めていた。


 未練を見せず、重荷にならず、アマリアを困らせたり、怖がらせたりしないように。


 アマリアがただ、まっすぐに己の道を歩いていけるように。


 エデルはたとえ自分が傍にいられなくとも、アマリアの幸せを願っていられる自分であろうと、密かに心に誓っていた。





 控えめなノックの音の後、書斎の扉がそっと開き、エデルの母が顔を覗かせた。


 夜も更けたというのに、まだ明かりが灯る息子の書斎を気にしてのことだった。


「まだ起きているの? ……ねえ、エデル、あなた、最近妙に静かじゃない?」


 エデルの母は、若くして夫を亡くし、まだ幼い息子を抱えて生き抜いてきた女性だった。


 逞しさと優しさを併せ持ち、商才もある。そんな母の背中を見て、エデルもまた一人の商人としての道を歩んできた。


 今では母は商人を引退している。目がだいぶ見えにくくなったからだ。ここ数年は、母は手の感覚を頼りに陶芸に没頭する気ままな日々を送っていた。


 そんな母の顔には、今も昔と変わらぬ聡明さが宿っていた。


「……母さん、少し相談してもいいか?」


 エデルが珍しく迷うような口調で言うと、母は目を細めた。


「まあ、エデルが相談だなんて。雪でも降るのかしら」


 そう言って、母は勝手に書斎のソファに腰を下ろした。


 エデルは母にアマリアという女性のことを語った。


 貴族の生まれでありながら、自らの力で生きる道を選んだこと。


 商売に誇りを持ち、人に甘えることはしない人であること。


 人の心を思いやることができる、やさしい人間であること。


「……私は、アマリアさんにいつか求婚したいと思っている」


「良さそうなお嬢さんじゃないの。そのお嬢さんは、どうなったら幸せを感じられるのか、ちゃんと考えなさいね」


 母は驚きもせず、ただ頷いた。


 その言葉には、母自身が人生の中で培ってきた重みがあった。


「ありがとう、母さん」


 その夜、エデルの心にあった迷いは、少しだけ形を変えた。





 エデルは、いつかアマリアに渡すための婚約指輪を求めて、王都の宝石店をまわった。


 アマリアの好みそうな、決して派手ではなく、けれど、美しく輝くもの。


 エデルはいろいろなことを考えて迷った末、自分の瞳の色と同じ色の石を指輪に使うと決めた。


 誇り高く生きるアマリアに相応しくありたい、アマリアと手を取りあい共に歩みたいと願う、一人の男がアマリアに向ける瞳の色だった。


 その宝石の輝きの中に表現されているのは、エデルのアマリアへの愛と信頼、そして、二人で歩む未来への希望だった。

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