猫
隠れながら暗がりの森の浄化を続けて二ヶ月
季節はすっかり冬になっていた
元居た世界より冷えて防寒対策をしっかりするようにする
家を出たところで白いものが空から舞い始めた
「……寒いわけだ」
「ミヤ?」
呟いたタイミングでアステリが家から歩こうとしているのに気づいた
おはよう、と挨拶して隣に並んで歩く
歩いている途中で雪が本格的に降り始めた
「初雪だね」
「あぁ、そうだな」
この世界の雪は初めてだな、と思いながら見ているとアステリと目が合う
いつも通り、と思って話を振る
「アステリは雪遊びしたことある?」
「あるけど……ミヤもあんのか?」
「あるよ、子どもの時かな
雪だるま作ったり氷作ったり…おばあちゃん家で走り回ってた」
懐かしいなぁ、と思い出しながら言うとアステリは首を傾げる
どうやら雪だるまが分からないらしい
「そういえば、だるまって私の居た国の言葉か…
雪を球状に丸めて積み重ねたもの、って言えば分かるかな
大きいのから順に積んでいって顔とか付けて可愛くしていくの」
「あぁ…雪人形のことか
こっちにもあるぞ、子どもたちがよく作ってる
たぶん帰りは道端にたくさん作られてると思う」
「そうなんだ、楽しみにしてる」
アステリと話しながら歩いていく
その途中で夜勤務のカリムさん達を見かけ、私たちに気づくと手を振ってくれた
話したいことがあるからとアステリとはそこで別れ、私は医務室に向かった
フィトーさんとルルーディと挨拶を交わしながら上着を引っ掛けると薬草棚に向かい、いつもより少なめのポーション作りに取りかかる
フィトーさんが調合で閉じこもってしまったと同時にお昼の時間になった
「あぁなったら長いから、お昼貰って置いておこう」
ルルーディの言葉に頷き二人で食堂に向かう
今日は暖かいものが食べたいから二人でスープとパンを頼んでおいた
二人でゆっくり食べた後、フィトーさんの分を持って医務室に戻ろうと廊下を歩く
ルルーディが呼び止められ先に戻るように言われ別れると、ふと黒い塊があるのが見えた
よく見ると猫が蹲っていた
こんな雪の日に迷い込んだのか
近づいてみると小刻みに震えていた
近づいた私に警戒したようで背中の毛が逆立って威嚇の鳴き声をあげる
伸ばした手が引っかかれて痛い
血が滲んできているが、とりあえず部屋で暖めようと抱き上げた
「大丈夫、何もしない」
暴れる猫の背をゆっくり撫でる
しばらくすると私が何もしないと理解したのか大人しくなってくれた
急いで医務室に連れていき毛布で包み暖炉の前に居てもらう
手の治療をしたり猫のための水を用意したり
慌ただしく動いていたけど暖炉の前で毛布に包まったままの猫は穏やかに暖まっていた
その様子を見て、ひとまず安心する
フィトーさんと戻ってきたルルーディに事情を説明し今日は医務室に置いてもらえることになった
そっと頭を撫でると猫はゴロゴロと喉を鳴らす
充分暖まったかな、と思うと瘴気に侵されていたのもありお湯で洗ってあげた
大人しくしていてくれて良かった
「わ、美人…」
乾かし浄化もすると毛はフサフサで綺麗な黒色だし瞳は紫色で神秘的な雰囲気もあった
貴族に飼われていたんだろうか
「捜索するとしたら、どこに相談すれば…」
冒険者ギルドかな、なんて考えていると猫が私の足に擦り寄った
何かを訴えるように鳴き見上げている
もしかして普通の猫じゃないのかもしれない
…シロガネなら分かるかな
フェンリルの彼なら何か知っているかもしれない
そう思いティルクアーズさんに頼み、翌日にラハニスと共に来てもらった
久しぶりに会ったシロガネはさらに大きくなっていたけど尻尾を振る姿は変わらない
【どう⁉︎ もうご主人を守れるくらいには大きくなったよ!】
「本当、すごいね」
褒めると自慢げに尻尾を振りながら擦り寄ってきた
大きいから後ろに倒れそうになりながら頭を撫でる
早々に会話を猫について移すと
「ほう、珍しい、ケット・シーではないか」
シロガネが答えるよりも先にラハニスが猫のほうに視線を向けながら言った
ケット・シーという単語に首を傾げる
「我の配下の一族じゃ
フェンリルとは違い、人間と共に過ごしておる」
【もう、ラハニス様! なんで答えちゃうんですか!
せっかくご主人の役に立てると思ったのに!】
「おぉ、すまんのぅ、つい」
「ふふ、ありがとう」
拗ねたように怒っているシロガネの頭を再び撫でると、ラハニスは肩をすくめて猫のほうに向き直る
私とシロガネも視線を移すと猫もといケット・シーは耳を下げて俯いた
【……騙すつもりはなかったんです、申し訳ありません】
女性だと思われる声に目を丸くした
【精霊たちから聖女様のことを聞いて……お会いしたいと思っていました
危険を冒してでも、どうしても会いたかったんです】
「…どうして、ですか?」
【……私を、受け入れてくれる気がしたので…】
受け入れる
その言葉に違和感を感じた
なぜそんな言い方をしたのかと思うとラハニスが彼女の顔をまじまじと見る
「黒猫じゃからかのぅ」
【はい、お恥ずかしい話ですが…この色のせいで忌み嫌われてしまっていて…
治療していただいた傷も石を投げられたからなんです
そんな私を受け入れてくれる方をずっと探してて…】
そう言いながら彼女は私を潤んだ瞳で見つめる
【聖女様、どうか私をここに置いていただけませんか……!】
言われた言葉に目を丸くしつつも猫好きということもあり彼女を放っておく選択肢は私の中には無くなっていた
それまでずっと傍観者に徹していたフィトーさんとルルーディに説明をする
「なるほどね、俺としては問題ないよ
調合室に入らないでくれれば」
「私も大丈夫」
二人は快くケット・シーを置いておく許可をくれた
お礼を言って彼女に向き直る
皇后陛下から許可を貰えたら居て良い、と
嬉しそうにした後、貰えなかった場合を考えたのか耳が垂れた
「安心せい、貰えなかったら我が受け入れてくれそうな家に連れていってやろう」
【あ、ありがとうございます…!
……でも私は聖女様と一緒に居たいです…】
怪我の治療くらいしかしてないのに、そんな懐かれる要素あったかな…?
首を傾げつつ、ともあれまずは陛下に謁見の申し込みからしないといけない
そう思って配達と同時にセリーニさんに申し込み方を教えてもらうことにした
「それなら今から行くから一緒に行こうか」
「え…そんな急に良いんですか?」
「定期的な謁見だから急を要するってことなら問題ないよ」
ありがとうございます、と頭を下げてセリーニさんについていく
その道中に最近の出来事を話し合った
私の世界でも雪が降っていたことや雪遊びをしていたことなど
あっという間に陛下が待つ部屋に着いた
「あらミヤさん、お久しぶりね」
「お久しぶりです、皇后陛下
突然申し訳ありません」
「構いませんよ、会いたいと思っていましたし」
セリーニさんが慣れたようにソファに座り、私も促されて座った
彼との話は長くなるから、と私の用事を皇后は先に聞く
医務室に居るケット・シーについて話した
私の言葉を聞き終えると、ふわりと微笑んだ
「その方さえ良いのであればミヤさんの好きにして構いません
あなたに懐いているのでしょ?
ケット・シー族が私たちの近くに居たことも驚きだけど今まで大きな騒ぎは起こっていませんからね」
「ありがとうございます」
良かった、と安堵の息を吐いた
邪魔をしないうちに早々に退室して医務室に戻る
許可を貰えたことを伝えると喜んでいた
彼女個人の名前は持ってないらしく、つけてほしいと言われる
「じゃあ…目の色から、すみれってどうかな?」
メスだと確認した後そう言うと気に入ったようでにゃあ、と彼女は鳴いた
するとシロガネがいいな、と羨ましそうな顔をする
「ごめんね、シロガネが居られる大きさの部屋は無いしラハニスのところ以上に自由な場所はないから」
【分かってるけど…たまには遊んでね、ご主人】
「うん、約束する」




