海上都市ラルーナ②
手元の本をいじり続けてても仕方がねぇな。
部屋を見まわすと、解放的な窓がある。
「へぇ、凄いじゃねぇか! 海が一望できるぜ」
一面の水が、海というのだとミストラルに教わった。
こんないい部屋を、一ヶ月も借りていいのかねぇ。
あと、ミストラルと同じ部屋にされたのはなぜだ? 普通、家族じゃねぇ男女を同じ部屋にするか?
それはそれとしてだ。
せっかく繁華街に居るんだから、外出してみっか!
部屋から出ると、近くに談話室があった。
ソファや、テーブルがあり、天井には魔石で造られた装飾灯がつるされている。
壁の方には、テラスに出られる扉まであり、自身の常識が破壊されていくのが分かるぜ。
何ヶ所かに別れたテーブルの一つの場所で、十代くらいの若者たちが討論している。
「……だから、魔石にこの言葉を刻むと、こう、炎が強くなると思わない?」
「いや、こっちの言葉の方が威力がでるだろ。魔力の消費量も比較的少なくてすむ。君のは六工程だけど、僕のは、魔力誘導、炎属性付与、烈炎。ほら三工程でできる」
力説する少女に対し、余裕をもって否定する少年。
専門用語が多くて分からねぇ……。
「それじゃ、ちょっと強過ぎない? 周りを巻き込んでしまうわ!」
「いっそ、炎属性魔石を使った方がいいんでね?」
イスの背にもたれ掛かりながら、なげやりな口調の少年。
「属性付きの魔石は高級品でしょ! 私は属性なしの魔石で程よい威力を出せる物を作りたいのよ。一般の人でも手が届くように……」
「ファナちゃん、落ち着いて。ここは公共の場所だから……」
力説する少女が甲高い声をあげ、それを慌てたように小声でなだめる少女。
魔石技師見習いたちか? 観光地に来てまで研究とは恐れ入る。
小声で討論を続ける少年少女を横目に、談話室を通り過ぎた。階段を降りると、横に食堂。反対側に窓口。
俺は窓口に鍵を預け、外にでた。
小物やお菓子を売っている店が多いな。食事は宿で取れるからか?
立ち並ぶ店は観光土産のためか。
呼び込みの店員や、はしゃぐ子ども。海人族の道端での歌と演奏。
歌に聴き入ってる客も多い。
晴れやかな気分になりながら、魔石専門店を目指す。
繁華街の隅に店を見つけた。
「いらっしゃいませ」
店内は薄暗い。
他の客はいないみたいだな。
「身体強化術式が刻まれた魔石は置いてるか?」
「珍しいですね。えぇ、置いていますよ」
身体強化系の魔石を求める客は少ねぇのか。
「見せてくれ。この石はもう使えねぇ」
首飾りを外して店主に渡す。
「同じ物でよろしいですか?」
「ああ」
大きさや値段を見比べ、気に入った物を幾つか購入する。
「失礼ですが、お客様は獣人族の方でしょうか?」
俺の目を見つめながら店主が尋ねた。
「そうだが。なにかあるのか?」
差別主義者には見えねぇが。
「いえ、責めてる訳ではなく。獣人族の方でしたら、おすすめできる魔石がありますよ」
店主は硝子箱からそれを取り出した。
良い物を手に入れたぜ。
先ほど買った魔石の効力を反芻しながら、宿屋に戻る。
すでに日も落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。
「まだ戻ってねぇのか」
あいつは一日中温泉に入ってんのか?
俺も風呂に行ってくるかなぁ。
部屋に戻ってもミストラルは居なかったので、最上階にある露天風呂へ向かうことにした。
露天風呂では、満天の星空と、明かりの灯った繁華街。一面の海を眺めることができた。
陸と海の境は透明な泡で覆われているが、十分な景色だぜ。
満月の日にはまだ遠いようだがな。
温泉に入り終わった俺は、一階の食堂で食事を堪能している。
部屋にはメモを残してきた。
「美味しそうな物を食べておるのぉ」
……ブフォッ! 背後から突然の声。
「ビビった。……お前どこの民族衣装だそれは」
酒がこぼれちまった。
後ろを振り返ると、見たことのない服を着てミストラルは料理を覗き込んでいる。
「これか? これはの、森人族の民族衣装、浴衣というものじゃ! 綺麗であろ?」
自慢気に腕を広げた。
「綺麗だけどよ、その面をつけてたら台無しだよなぁ」
服は綺麗だが、面と合ってねぇぞ。
「そうかや? 面を外せば良いのか?」
「それはやめとけ。大惨事になる」
面を外そうとする腕を掴み、イスに座らせた。
「つまらんのぉ」
「いいから。大人しく座ってろ」
口元まで面で覆われてるが、どうやって食事するんだ?
ジッと眺めてみる。食べ物が面を通り抜けただとぉ?! やっぱその面、魔法的ななにかが、かけられてるだろ!
得体の知れない恐怖が這い寄ってきた。
俺はなにも見てねぇ。
どっと疲れが押し寄せる。
食事を取り終わり部屋に戻った。
「明日は繁華街を見て回らぬか?」
「いいぞ」
なにか見たいもんでもあんのか。
「どの店に行きたいんだ?」
って、もう寝てる! 自由人だなぁ、おい。
窓際のソファに座り外を眺める。
……なにか横切ったな。翼が生えた鳥……?いや、あの大きさは人だなぁ!
人型で空を自由に飛べるのは、天神族しか居ねぇ。
しっかし、浮島から滅多に出てこない種族が、なんでこの都市に……?
おかしな事もあるもんだ。