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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
可塑性のエフティヒア
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狩猟競技会の死体

 新緑祭の期間で3度開催される国王の名を冠した狩猟競技会は公式狩猟記録として計上される。

 本気で上位を狙う層もあるが、貴族において文官には不参加者は少なくないうえメロディ・ヒストリア伯爵のように参加者として名を連ねることのほうを重視している層もある。


 小型鳥獣の狩猟領域にて軽武装で臨むメロディは左手に留まらせているシロハヤブサを放つ。樹木の間を鋭く飛んでいく姿を見送りながら(ゆがけ)を外そうとした、そのとき


「……?」


 紫水晶は、慌ただしく先を急ぐ一行の姿を捉えた。どこかの家門の使用人らしいが、主人と別行動とはいえ、靴や服が草花や土が付着していようと気にしていないらしい。他方、比較的危険の少ない領域にいるが、足元は悪路だ。不要な焦りは怪我を引き寄せかねない。


「ゲート。予備の弾薬箱をくださる?」


「はい。閣下、こちらでございます」


「ありがとう」


 メロディは空気砲および実弾のほか特殊弾をハーネスに付属する袋に収めると下馬して柔らかな地面に両足をついた。弾薬箱を返された従僕はようやく自らの失態を察した。

 気にせず弾倉を確認して拳銃をハーネスに収めると、


「ディオ。すぐ戻るから、待っていて。あなたはふたりを困らせないようにね」


 猟犬へ語りかけながら優しく頭を撫でた。防眼具を目元に当てて後頭部で固定し終えると、もうひとりの従僕に掌にも満たない大きさの球体を差し出しながら


「フランク。高く投げ上げて」


「閣下、お言葉ですが……執事が戻ってきてからにしましょう」


 膠着状態を打開しようとしたメロディが球体を自ら投げ上げる仕草を見せると、従僕は膝をついて両手を重ねた。メロディは微笑み、彼の掌に球体を乗せた。


「ありがとう。

 ディオをよろしくね。フィリップが戻ってきたら止まり木で休ませてあげて。そうしたら、本部に戻ってミハエルの指示を仰ぐように。心配しないで、あなたたちふたりのことは庇うから。よろしいかしら?」


 口元にスカーフを巻き用意を整えていく主人に、鹿討帽が差し出される。


「無礼は承知の上ですが、帽子をこちらへ変えてくださいますよう」


 鳥打帽よりも鹿討帽のほうが防護範囲が広い。大きさが合わず少々調整に時間を要している間に、メロディは身体を腕や手足首を軽く動かして緊張をほぐす。左手に鞢、右手に滑り止めのついた手袋、それぞれ着用に違和感を覚えないか確認したころ、帽子の装着が完了した。


「他、不明点はあるかしら」


「必ずお戻りくださいますよう」


「もちろんよ。様子見だけですもの」


「……。それでは、参ります」


「ええ。速さは任せるわ」


 右手でハーネスの操作盤に触れると――ハーネスと球体が直線の鋼索で繋がった。直後、球体を基準として投げた速さと同じ速さで鋼索が短くなる――軽く助走をつけて跳んだメロディの身体が浮遊する。左手で鋼索を握り、強く引く。高跳びの要領で樹木の枝を乗り超えた。操作盤で別の操作をして鋼索の接続を切ると時を止めていた球体が重力に従う――0.1メートルすら落下しないうちに左手で球体を掴み取り、なるべく鋭角で前方へ投げて再び操作盤に触れてハーネスを鋼索を繋げる。

 繰り返しながら周囲を警戒し散策する。

 そのとき、奥まった場所にてふたりの人影を見た。それほどの広さはない……メロディは球体を高く投げ上げた。


「スパティエ閣下、アスピーダ卿!」


 鳥獣と間違われないよう、目視で確認できたかぎりの情報から推測し人影の名を叫ぶ。なるべくふたりの上方へ辿り着くと、朱夏に生い茂る枝葉に突入する。


「チッ――着地点修正」


「はいっ!」


 荷重に堪えられそうな枝へ手を伸ばし掴み、身体を回転させながら地面を確認した。安全な着地点を確認し、手を離すと回転の勢いで正面の木の幹へ飛ぶ――幹に両足をつき膝で加速を吸収すると、そっと着地した。

 防眼具を帽子に被せて口元のスカーフを引き下げると「メロディ・ヒストリア、ただいま推参しました!」直前に舌打ちされたことを気にせず名乗った。


「誰が呼んだかな」


 従弟が構えた猟銃を押し下げて銃口を地面に向けさせながらイアニス・スパティエ伯爵はため息をついた。一方、従兄ほど状況を理解し切れていないシリウス・アスピーダ次期伯爵は困惑のまま瞳を瞬かせる。


「どうやって来たのです……?」


「上からです」


「止せ、シリウス。無駄だ。それよりも、何故ここへ来た?」


「領域Ψ(プサイ)-3にて複数の使用人たちが本部へ向かっているところを目撃しました。怪我人らしい者はおらず、獲物を運んでいる様子もありませんでした。しかし、相当焦っている様子でしたので何か予期せぬ何かがあったのではないかと推測しました。彼らの靴や衣服に付着していた草花や土の様子から領域Γ(ガンマ)周辺だと考えました」


「そうか、承知の上で軽武装なのか」


「ご安心ください。武力に数えていただけるとは思っておりません」


「殊勝で何より」


 ふたりのやり取りに区切りがついたところで「予期せぬ何か、か……」アスピーダ卿が視線を地面へ向けながら独り言ちる。

 3人が囲む地に横たわるのは、仰臥しているだろう遺体だ。顔面が執拗に潰されているが、成人男性の体格なのは間違いない。


「身元はわかりますか?」


「アリーシャ座――デメテール家の使用人だろう」


 スパティエ伯は顎で遺体が身に着けている首元のスカーフを示す。デメテール家の紋章である家宝〝宝珠〟を連想させる紋様が刺繍され、血液が浸み込んでいる。

 メロディがスパティエ伯爵を見上げると、


「秘密裏にデメテールに確認するよう命じた」


「他には?」


「よもや遺体が着替えさせられた可能性を示唆しているのか? 正気とは思えないな。現実はリョンロートの物語では無い」


「〝城下の吸血鬼〟をはじめとしたハラジーアス関連事件も、正気ではありませんでした」


「わかったよ。デメテールの使用人における該当者の有無にかかわらず他も確認する」


「ありがとうございます。

 確認したいのですが、何故この場におふたりだけがいらっしゃるのでしょうか?」


「発見時は使用人もいた。だが、本部への連絡に走らせた。君が目撃したのは彼らだろう。お陰で軽武装だ。それでも、せめて周辺捜索くらいしておきたいのだが」


「イアニスが死ななくても俺は死ぬ」


「このとおり、アスピーダ次期伯爵殿が弱音を吐く者だから。非効率にも待つことしかできないのだ」


 どちらかといえばメロディはアスピーダ卿の主張に納得した。森の奥方では、複数人で獲物に遭遇したとしても油断すれば命を落としかねない。単独ならば尚更危険だ。


「君の見立てを聞いておこう」


「殺人です」


「……。根拠は?」


「3つあります。

 ひとつは、被害者は顔面を激しく損傷していますが鈍器によるものであって獣の爪や牙によるものではありません。気性を粗げた馬が踏んだ可能性はありますが、その場合は踏まれるのは顔面に限定されません。鈍器はそこら辺にある石か銃床などで十分ですし時間を短縮する目的があれば馬に踏ませた可能性も捨てきれませんが、いずれにしろ人間が何らかの目的で被害者の顔面を損傷させました。

 ひとつは、被害者は両手を含め頭部以外の外傷がほとんど見られません。偵察などの理由で高所にいたところ落下して致命傷を受けたのであれば頭部以外にも重傷を負いますが、確認できません。

 ひとつは、携帯する弾薬箱は散弾銃の中でも小散弾です。散弾銃で狩る獲物はこの領域ではありません。当代デメテール伯爵はご令孫のおふたりアダマンティオス・フォテノース次期伯爵、マグノリアス・デメテール伯爵令息と行動をともにされていますが、その付近からこちらの領域へ足を踏み入れたのではないかと考えるのが自然でしょう。閣下は弔いの銃砲を耳にされましたか?」


「していない」


「わたくしも同様です。ならば、被害者は単独で領域Γへ赴き死亡したか、あるいは、誘いだされて殺害されたか……理由は判然としませんが、弾薬箱を任されているのであれば狩猟に関する知識があるでしょう。にもかかわらず領域Γにてこのような姿で発見されたならば、第三者の姿が奥にあるように考えられます」


「この者を死亡至らしめた者が存在するとして……何故すぐにその場を離れなかったのだろう」


「断言は致しかねますが……被害者の死を確信してからでなければ逃走を図れなかったのでしょう。初犯による刺殺や撲殺の事件において、犯人は必要以上に被害者を何度も刺したり殴打したりする事件は少なくありません。殺人による異常な興奮状態に身を置いていることも影響していますが、被害者の死を理解できず過剰な暴行になる傾向があると考えられます」


 スパティエ伯爵は顎に手を遣り、メロディが挙げた根拠を反芻するように沈黙する。

 まもなく、


「陣頭指揮をとるか?」


「わたくしが前線へ行かないように采配したいのではありませんか?」


「本音はな。ただ、陛下の名を冠した狩猟競技会で殺人が起きた――ならば迅速に犯人を特定するのが最優先、私の知るかぎり適任はひとりだけ――君だ、メロディ・ヒストリア」


「よろしいのですか?」


「単独行動でなければ些事は黙認する。必要なものは?」


「……期限に拠ります」


「なるべく早く」


「本日中ですか?」


「ならばどうなる」


「適えます。ただ、手段は選びません」


「それは困る。多少は手段を選んでもらわねば混乱が大きくなる。来月の円卓までだ。可能なかぎり必要なものは揃える。まずは?」


「ローガニス卿の協力を」


「カリス殿の倅でなくて良いのか?」


「貴公子殿は優秀でしょうけれど、捜査には不慣れでいらっしゃいますので」


「……。悪いな、所在を把握していない」


「はい。まずは見つけてから協力を取り付けます。ちなみに、情報共有は」


「私に直接報告しなさい。2度、時機は君に任せる」


「はい、閣下。承知しました」


 メロディが承知の旨を伝えているところ、そばで犬が何度か吠えた。振り向くと、猟犬が駆け寄ってくるところだった。彼はスパティエ伯爵、アスピーダ卿を通り過ぎて主人の元へ。メロディは尻尾を振る彼の耳元を撫でながら


「待っているように言ったでしょう、ディオ」


 言葉の意味を理解しているのかいないのか、ディオニュシオスはその場でおすわりをしてまっすぐ主人を見上げる。

 直後。

 シリウス・アスピーダは猟銃を構えた。銃口を上げた先――メロディは身を強張らせた。

 スパティエ伯から伸ばされた手に気がつき、咄嗟に飛び込む。伯爵はメロディの腕を掴み、彼女のハーネスを掴み引き寄せるとそのまま背に庇う。その視線はシリウスが発砲した方向――熊は雄叫びを上げた。

 胸骨に阻まれて仕留めきれなかった巨体は、一直線に向かってくる。


「応援を呼べ」


 伯爵の蒼穹の瞳は、まっすぐ少女を見つめた。

 返答を受け取る前に携帯していた小刀を勢いづけて投げた。アスピーダ卿は薬莢を捨てて構え直して小刀に向けて発砲、速度を底上げした。しかし、軌道は頭部からわずかに逸れて刺さった。


「下手くそ」


「投擲が雑だった」


「近接する」


「莫迦」


「黙れ」


 言葉どおり銃剣片手に無茶な特攻を試みる従兄の背に「ニース!」叫ぶように呼び掛ける。


「俺に当てれば殺す!」


 1度で仕留めきれなかった責任は自身にあると理解していたため制止こそしなかったが、舌打ちしながら薬莢を捨てる。さきほど装填して5発、2発外したため残り3発。

 その傍ら、立ち去る気配のない少女を叱咤する。


「早く! 来た道を戻りなさい! 誰も君を戦力とは数えていない! 踏み台が必要であれば私が」


「時間経過とともに証拠は失われます」


 若伯爵は首元のスカーフを口元に巻きながら遺体へ手を伸ばした。

 意図が理解できず照準器から視線を外しそうになるが、


「シル! こちらに集中しろ!」


 獲物と対峙する従兄の叱責が聞こえた。

 照準器を覗き、目測を誤った理由を巨体に見出した。激しい脈拍と指先の緊張を自覚する。思考の彼方で犬の遠吠えが響く。幼少期から従兄の無茶に付き合っては危険を繰り返し叱られてきたが、熊に3名で対峙すれば 流石に死を覚悟した。仮に死んでも、アスピーダ家の爵位および家督の後継者が我が子になるだけ、スパティエ家についても健在である先代がザハリアス・スパティエを後継者として指名すれば家門は守られる。他方、当代ヒストリアの死によって齎されるのは――メテオロス公爵は論外、カリス公爵家とイードルレーテー公爵家は男子のみ、ソフォクレス公爵家には後継者シモンおよび公爵家唯一の女子フィロメナがいる。王妃教育こそ未履修だが、最有力候補である。他にも年齢的に王子らに適した令嬢は少なくないが、国の安寧のためにはフィロメナを王妃に祀り上げ、当代ヒストリアが子を成して後継者を指名するのが順当――名門断絶か乂安か、天秤に掛けることになる。死んでも文句を重ねられては、安らげたものでは無い。応援を理由にこの場から遠ざけようにも、若伯爵は拒否した。時間稼ぎは無意味だ。若伯爵を生かすためには熊を退散させるか仕留めるしかないが、半矢状態では前者は望めない。ふたりで若伯爵を守りながら熊を仕留めるしかない……ようやく従兄の雑な投擲や無茶な特攻の理由に思考が至った。この時点で2射外した。あと1射で仕留められるか――眉根を顰めた。

 そのときだった。


「アスピーダ殿!」


 背後、近衛隊配属時期に交流を深めた盟友――ミハエル・リトラの声が聞こえた。


「碧き雪鷹取り扱いノクス・カノア工房、鎖閂式 、エルトリア弾3発装填済み」


 規格統一された軍用銃のひとつ、制作工房も取り扱いも信頼に足る、回転が安定した特徴の銃弾――ならば当てる。手元に端的な言葉どおりの銃が押しつけられれば幻聴ではないと信じられた。


「脳天狙いだ」


「承知しました」


 彼の退役を惜しんだ当時を思い出しながらシリウス・アスピーダは照準器を覗きこむ。

 アスピーダ卿が手放した猟銃を掴みとり地面に静置すると、瞬く間にイアニス・スパティエの補佐に入ってミハエルは携帯していた槍を差し出す。


「長物は」


「無意味だ、折れる」


 そう答えながらもイアニスは銃剣から槍持ち替えた。


「命中率は?」


「シルの腕は良い。俺が邪魔をしている」


「我が主人をお守りくださり感謝申し上げます」


「はっ、いい加減あの小娘をどうにかしてくれ」


 緊迫は解けないが、口元に笑みが浮かぶ。ミハエルは「合わせます」とだけ告げる。

 ふたりがかりで射線を確保した直後――弾丸は熊の脳天を撃ち抜いた。

 地に臥せる巨体へ意識を向けたまま、


「お怪我は……お邪魔をしましたか?」


「莫迦を言うな」スパティエ伯は槍をミハエルに押しつけ、折れた銃剣を拾い上げながら「良いところに来てくれた」


「それは幸いでございます」


 まもなく追いついた後続の使用人らに指示を出して獲物の回収を命じ終えると、ミハエルは主人のもとへ。鹿討帽を被っている理由を確認する前に、


「ミハエル、来てくれてありがとう。ゲートとフランクに非は無いから、理解して」


「……。はい、閣下。承りました」


「ありがとう。わたくしはスパティエ殿とアスピーダ殿と競技会本部へ向かうわ」


「ご一緒します」


「いいえ、あなたにはビオン・ローガニスを発見次第、競技会本部まで連れてきてほしいの。彼の協力が必要だから」


「承知しました。ただし、警護は付けさせていただきます」


「わかったわ」


「それでは、最後の確認なのですが、他の方々にはどのような言い訳をいたしましょうか?」


「安心して。考えておく」


 メロディは執事に微笑みかけた。


 死闘からの解放および応援の到着に気が緩んだアスピーダ卿は愛銃を抱えて木の幹に寄りかかりながら、ヒストリア家の主従のやりとりを眺め、


「最近の令嬢は16になればあれくらいの胆力を持つものなのか……?」


「あれと同じにしてやるな」


 半笑いで独り言ちるが、従兄に小突かれた。

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