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星と波とエレアの子守唄  作者: 視葭よみ
可塑性のエフティヒア
150/164

観劇と涙と相談

 探照灯の中央。

 困難を乗り越えて再び巡り逢った主人公らは、見つめ合いながら優しい歌詞を紡ぐ。



 かの花はすでに眠っていた

 甘い夢に 安らかに堕とされて

 柔な茎が垂れる頭を支えている


 哀れな花はこの地に綻んだ

 永遠の祈りよ 穏やかな光に包まれて

 ささやかな風に揺られている


 ああ 愛しきあなたよ

 どうか安らかに在らんことを

 どうか安らかに在らんことを



 第2の幕が降ろされてからまもなく。照明が灯されて幕前に出演者たちが舞台上に並んで観客から割れんばかりの拍手を受ける中、コニーは隣の席の少女に「大丈夫?」分かりきったことを尋ねた。幕の途中で渡したハンカチを握りしめる彼女は、


「はい……夢のような願いが、叶って良かったです」


「そうだねぇ」


 観衆の退館の運びとなるとともに現れたヒストリア家の侍女たちは休憩時間と同様、手際よく主人の世話を焼いていく。


「すみません、気が散りましたよね」


「気に病まなくて良いよ。君の素敵なところをまたひとつ知ることができたから」


 どこか不服が滲む表情を浮かべるメロディに微笑み返して「それに、今回は俳優陣や演出に劇場側の本気を見たように思う」と告げた。双眸が疑問を呈する色に変わったことを確認してから「助演として周りを固める俳優陣は有名どころだけれど、主演女優は大抜擢された新人らしい。劇場の広告に書かれていた内容によるとね」と続けた。


「なぜそれが本気であることの証明になるのでしょう?」


「公募で勝ち抜いた無名の少女を抜擢したんだ。公演内容によっては劇場の名声にも響くことになるから、人気や金銭を抜きにした配役というのは勇気ある選択だよ。他の役柄は順当に有名俳優たちが掴み取ったけれど、主演のひとりである〝星の乙女〟役は……」コニーが記憶をたどっているところ「キシリナ・ソルフェージス様です」フィリーが助け舟を出した。


「そう。ソルフェージス嬢。彼女は、今年―もう今月だね―芸術院を卒業するのかな」


「でしたら、18歳ということですか?」


「そうなるね」


「まあ……」メロディは瞠目して何度か瞬きをする。取調室にて容疑者を騙し切るほどの名演を魅せた少女とは思えない反応だった。

 すると、フィリーが切りだしにくそうに「お疲れのところ申し訳ありません、お嬢様」と告げた。


「劇場支配人より、時間を取れないかと依頼がありました。相談事があるそうです」


 断ることは可能だと続ける前に、当の主人は「相談事の内容は、なあに?」小さく首を傾げた。フィリーは本心を表情には出さず端的に要点を告げる。


「当事者である俳優の希望のため、無闇に人を介さず可能であれば直接の相談を希望していま希望しています」


「そう。ならば支配人を呼んで欲しいわ。まずは彼と話したいの」


「はい、お嬢様。かしこまりました。少々お待ちください」


 侍女のひとりが退室したことに合わせて、コニーも立ち上がった。メロディが見上げると「私は席を外しておくよ」と肩をすくめた。


「開幕前にも支配人はここへ来たけれど、そのときには相談事なんておくびにも出さずに簡単な挨拶だけを済ませて行ったんだ。内密をお望みなのだろう」


 コニーの主張を理解したメロディは、フィリーに「支配人はコニーに席を外すように指定していたかしら?」と尋ねた。彼女が「いえ、そのようなことはありませんでした」静かに返答すると、メロディは改めて意見を求めるようにコニーを見上げなおした。


「わかりました。席を外せと言われたら、下がることにします」


 コニーが座りなおしたところで、ちょうど支配人が現れた。

 重そうな黒い正礼装に身を包んで颯爽と辞儀を取った初老の男性に楽にするよう告げるなり、


「新聞の記事にされたら困る内容なのでしょう?」


 メロディは端的に、起伏無い声色で続けた。


「……さすが白百合様、お見通しでいらっしゃるのですね。あなた方が信用に足ると理解した上でお願いしたく存じます」


「今ここで、あなたが把握している限りのことを話してくださる?」


「その前に、どうかこの老骨めの無礼をひとつお許し願えませんでしょうか?」


 メロディは何も言わず、ただ微笑みを浮かべて支配人の言葉を促した。


「ご相談内容は非常に繊細なものにございます故、流布を避けたい所存……ご理解いただけますでしょうか?」


「疑念は無理もありません。しかしながら、わたくしがその疑いを晴らす方法は、あなたの信頼に応えることのみ。ですから、話を聞く前段階で何を言おうと無意味でしょう。ただし、最善を尽くすことでしたらお約束できます。

 これを踏まえて、相談を取り消すか否か、あなたが決めてください」


 静謐――しばらく誰も身動ぎしないまま時間だけが緩やかに過ぎた。

 やがて支配人は深々と首を垂れた。


「失礼いたしました、ヒストリア伯爵閣下。おっしゃるとおりでございます。非礼を心より謝罪申し上げます。どうかお力添えいただきたく存じます故」


「構いませんわ。ところで、当事者をご紹介願えるのかしら」


「はい、閣下。もちろんでございます。控室におりますので、ご案内いたします」


 支配人がちらりと侍女たちを見遣ったため、メロディは彼女たちを退室させた。主人の安全を考慮して渋った彼女たちだったが、コニーが「ちゃんと守ります」と宣言したのが決め手だった。

 室内に3人が残されてから、支配人は、お品書きとそれを静置するための台を数手ほど操作した。続いて壁に掛けられた絵を扉のように引いて隠されていた棒をてこの要領で動かした。途端に、絨毯の一部がわずかに陥没した。暖炉近くから火かき棒を手に取って器用に絨毯をめくると、階下への階段が姿を現した。

 メロディとコニーは支配人の案内に従って入り組んだ通路を進み、やがて劇場の控え室へ辿り着いた。

 室内には演劇で使用するだろう道具が壁際に寄せられ、残った空間に椅子や机などが並んでいた。3人が到着したとき、明日以降の公演へむけた調整のためか、それぞれ小道具や台本を手にした数名ほどの男女が室内にいた。支配人が「キシリナ、来なさい」と呼びかけると、緩く波打つ茶褐色の髪を後頭部で雑多にまとめた少女が大きな声で返事すると勢いよく立ち上がり駆け寄ってきた。


「こちらは、ヒストリア伯爵閣下、カリス公爵令息でいらっしゃる。ご挨拶を」


「ふぇあへゃっ?! 支配人(しはいにゃん)、本当に」


「キシリナ」


「め、まぬ、む……も、もうしわけございません。お見苦しいところをお見せしました! お初にお目にかかりますっ、キシリナ・ソルフェージスと申します」


 焦燥やら羞恥やら、耳まで赤くした少女が挨拶を述べる。舞台稽古仕込みゆえか、聞き取りやすい発声だった。


「ふふっ、どうか落ち着かれてください」


 支配人の背に隠れようとしたキシリナだったが、躱されてしまい、むしろ背を押され前に出される。支配人の透明感のある茶の瞳に鋭く諫められるとようやく諦めてメロディたちに向き直った。飴縁の単眼鏡の奥で不安そうにつぶらな瞳が揺れる。右目の視力を強く矯正しているようで、左右の瞳の大きさが異なっているように見える。


「そういえば……声はあなたのもので間違いないと思うのですが、演劇では明るい髪色ではありませんでしたか?」


「そ、それは、あの、舞台上では、あちらの鬘を用いておりました」


 キシリナが指差す方向を見遣ると、亜麻色の鬘が専用台に静置されていた。


「そうでしたのね。舞台上のあなたとはまるで別人のように感じてしまって……! 素晴らしい演技でしたわ、本当に。苦しくなったり嬉しくなったりしたの。お話する機会が得られて嬉しいわ、ソルフェージス嬢」


「わ、私も光栄に存じます。その……他には何を……いえ、夜も深いですからお帰りの支度が必要でしょうか?」


「あら……」


 メロディが支配人を一瞥すると、彼は一度辞儀を取ってから背を向けた。状況を掴んだメロディはキシリナに微笑みかけながら告げた。


「わたくしに相談があるのですよね?」


 メロディの言葉を受けて、急に現実へ引き戻されてしまったようにキシリナは頬を引き攣らせると咄嗟に支配人へ視線を投げた。支配人は気づいているのかいないのか、箱を抱えて机に乗せると、中から手紙や物品を取り出して並べていく。

 共演者たちも寄り添うように集まって同じような表情を見せているあたり、彼らもキシリナの相談事についておおよそ把握しているらしい。

 キシリナはメロディから離れて支配人に詰め寄る。


「大事にはなさらないで欲しいと伝えたはずです」


「だから、していないじゃあないか」


「支配人……!」


「今日の稽古も、集中が欠けていただろう?」


「っ……」


「すまないが、我々だけではどうにもできないんだ。わかってくれ」


「……はい」


 結局、居残っていた俳優陣とも挨拶を交わしたメロディは大人数から相談を受ける形になった。手紙と贈りものを、それぞれ回数で区別するように間隔が開けられている。


「定期的にソルフェージス嬢へ奇妙な贈りものと手紙が届けられているのですね? わたくしから見て左から古いもので、先日届けられた4回目のものが、右側の……こちらは何らかの衣装でしょうか」


「はい、伯爵閣下。ただし、我々が上演する演劇で用いるものではございません。また、俳優らがお客様から贈りものや手紙を頂くことは少なくありませんが、キシリナに贈られる一部の手紙や物品には気色悪さと言いましょうか……拭いきれない不気味な雰囲気がございます」


 支配人の視線は2回目の贈りもの――手錠に向けられていた。

 すぐ隣の妙齢の女性は――劇中では〝星の乙女〟と敵対する令嬢を演じていた――キシリナの方にそっと手を乗せると、


「これが届けられる数日前、帰りに誰かに付き纏われている気がしたと言っていたので、それからはこの子が滞在している部屋へ私たちで送迎するようにはしています」


「襲撃を想定しているのであれば、車両送迎が安全では?」コニーが問いかけると、キシリナは唇を引き結んでうつむき膝の上で両手を握りしめる。


「イーレクトゥロア男爵の爆殺未遂が解決されていないからですか?」


 メロディが尋ねると、キシリナは俯いたまま顔を背けるようにした。

 余計なことを言ったと思ったらしく口をつぐんだコニーに対して「男爵が運転する車両下部に爆弾が仕掛けられていました。幸い不発だったものの、犯人はまだ特定されていません」メロディは声を潜めて端的に概要を共有した。


「難航しているのかい?」


「はい。わたくしが認識しているかぎり、容疑者が不特定多数から絞りこめない状況です」


 不意に、キシリナの不安そうな眼差しに気がついたコニーは、手にしていた手紙を顔の横に掲げながら


「――夜闇に閃光の花を咲かせるべくして我らは手段を――云々。このような手紙があれば嫌でも連想してしまう。無神経なことを言ったね、すまなかった」


「……い、いえ! いえいえいえいえ、そんな、そのようなっ、滅相もございません!!」


 待たせてしまう歯痒さを隠して「いつから届くようになりましたか?」メロディは情報収集を優先させた。


「この劇場で稽古が行われるようになってすぐですから、先月初めです」


「正確な日付はわかりますか?」


「日付は……」


「天気はいかがでしょう? あるいは、どのような状況で見つけたのか、誰が見つけたのか等、何か覚えていますか?」


 使用人だけでなく俳優たちの記憶も借りながら、5の月4日からおよそ10日ごとに劇場の通用門付近に手紙の上に大判の布に包まれた贈りものが置かれている形式で放置されていることがわかった。通用門は劇場就業者や外部業者のほか俳優が使用する出入り口であり、観客が使うことはないが近くまで来たり俳優の出待ちをしたりすることもあるという。また、放置される時機は固定されていないため発見者は特に決まっていないらしい。


「私は……」


 ずっと黙りこんでいたキシリナは眉をひそめたまま、顔を上げた。


「……誰が、何故こんなことをしてるのか、わからなくても良いんです。ただのやっかみかもしれませんし、いたずらかもしれません。この舞台の上演期間が終われば私は地元に戻りますから、きっと終わります。それまで我慢すれば良いだけです」


「何言っているんだ」支配人が諫めるように言うが、少女は臆さず


「皆さんと違って、わたしだけ新人にも及ばないほどのぽっと出に過ぎないのは事実じゃないですか。この結果をよく思ってくれない多くの方がいることは知ってます。だから」


 メロディは、意固地になっている彼女に「ソルフェージス嬢」と呼びかける。キシリナは支配人からメロディに向き直るなり


「お疲れのところお時間を取らせてしまい、申し訳ございません。ご心配には及びません。もう子どもではありませんから、こんなこと気にしませんし、ひとりで帰れます」


「実害が出てからでは手遅れです」


「いえ、しかし私ごときのためにこれ以上ご迷惑をかけるのは…………記者に取材されて有名になった気になって、自意識過剰なだけで。贈りものや手紙を用意した方は私が喜ぶと思ってやっているかもしれませんし、付きまとわれているかどうかなんて、私の気のせいかもしれません」


「迷惑には感じていない、それに事実かどうかなんて関係ないわ。あなたの周囲は心配しているし、何よりあなたは恐ろしさを感じているのでしょう?」


「それは……」


 視線を逸らそうとしたキシリナの手を掴んで握りしめると、引きつけられたように意識が向けられた。紫水晶は、裸眼の青と単眼鏡の奥の深い緑をまっすぐ見つめる。


「支えてもらうべきことを見誤ってはいけないわ。栄光と重圧を掴み取れたあなたなら……わかるのではないかしら」


 異なる色の双眸から涙が溢れ出す。メロディがそっと手を離すと、少女は手で涙を拭おうとする。共演者らがハンカチを差し出したり背中をさすったり、優しく寄り添う。

 その様子に安心したメロディは手を2回叩いた。それから、傍らのコニーに声をかけて


「何でも構いません。どのように感じますか?」


「品物としては……手錠はわからないけれど、国内外最大手・アエラース商会から衣服、陸運業の古豪・碧き雪鷲商会から宝飾品、新興ながらも海運業で勢いよく成長しているエレクトロン組合から異国情緒の食器といったところかな。まあ、有名どころだね」


「有名どころということは取り扱いは多いですよね。購入者の特定が困難となると、対応策が限られます。管轄違いは承知の上で伺いますが、市井への警戒強化に充てられる人員についてご意見いただけますか?」


「新緑祭の間は衛生局も憲兵局も忙しいだろうね。狩猟祭や園遊会はもちろん、少なくとも今年は皇子が帰国するまでは難しいだろう」


「そうですよね」


 メロディが同意を示した、直後。

 控室の扉を叩いて現れた侍女たちへ視線を送ると、侍女らは慣れた手つきでキシリナの世話を焼きはじめた。

 仕草で支配人と俳優たちを呼び寄せると、メロディは彼らに


「ひとまず、わたくしのほうから最寄りの憲兵場に警邏の強化を依頼します。そうすれば自警団組織にも伝わるので、夜に人通りが無い道を進まなければならないことは避けられるはずです。これらの品々については、わたくしの伝手で調べますのでお借りします。他にお望みの対応はありますか?」


 と、告げた。

 支配人が代表して「いえ……特には思い至りません」と答える。


「承知しました。こちらはお願いなのですが……今日以降、ソルフェージス嬢にこのようなものが贈られてきたときは、わたくしにも周知して欲しいのです。情報が増えるほど有効な対策が立てられますので、他に気づいたことや思い出したことがあった際も、遠慮せず連絡してください。犯人特定まで時間を掛けることになる不便は申し訳なく思いますが、ご協力いただけませんか?」


「はい、閣下。承知いたしました」


 支配人に情報調査室宛ての連絡先を教えて、あらためてキシリナに声をかけてからメロディはコニーとともに暇を告げた。

 ふたりで並んで座る車中、不意にメロディは「遅くまで付き合わせてすみません。ありがとうございます」思いついたまま伝えた。


「気にしないで。堂々たる対応、見事だったね」


「お褒めいただけて嬉しいです。ありがとうございます、コニー」


「不安かい?」


「……この対応で問題ないとは思えません」


「現状の最善だろう?」


「ですが、犯人の姿が見えていない今、有効策が判然としません。……どうしても何かが起きてからでなければ動けないものです」


「法務の仕事としては致し方ないのではないかな。情報調査室は、悪人を正しく裁くための基礎を培う機関ではないの?」


「悪い人たちを懲らしめるため……というよりも、救いが必要な人に手を差し伸べるための方法を探す仕事だと認識しています。だから、気づけねばなりません。断崖に立たされた人の心を見逃さないように……幸い、ソルフェージス嬢の様子には見覚えがありました」


「そうだったの。誰のこと?」


 メロディはコニーの問いに微笑み返した。コニーは無理に聞き出そうとせず、ただ残念そうに肩をすくめた。

 やがて車両は、劇場から近かったカリス邸宅へ到着する。コニーは「少し待っていて」告げるなり駆け足で去って行った。

 まもなく戻ってきくると、両手に抱えるほどの花束を差し出して


「お誕生日おめでとう」


 メロディは色彩豊かな花束を前に、呆然として言葉を失った。

 いまさら後に引けないコニーがどうしようかと夜空に答えを探しはじめたころ、


(ああ……花束をくださったの)


 ようやくコニーの行動を理解した。まずは礼を言おうとコニーを見上げると、彼の焦燥が滲む顰め面があった。揶揄われる機会が多いメロディは、コニーが焦る姿がおもしろく見えた。悪いとは思ったが堪えられず笑い出してしまう。

 メロディの笑い声に気づいたコニーが視線を下ろし、ふたりの視線が交わった。


「ありがとうございます」


 いままでで最も愛らしく咲く笑顔を前にしたコニーは安心して微笑み返した。

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