エピローグ 2
王都の夜、労働者と冒険者が賑わうとある酒場でのこと。名もなき錬金術師の私は自分の時間を楽しんでいた。
片手にワイングラス、片手のフォークで刺すのはテンタクルスの生姜焼き。一人の時間が何より好きだ。
それ故に錬金術師でありながら滅多に弟子はとらず、各地を放浪しては気まぐれに仕事をするだけ。
知る人ぞ知るらしい私は酒場内の会話に耳を傾けて楽しんでいた。
「そういえば知ってるか? ブラックリエイトが潰れたって話よ」
「え! そりゃホントか? あそこ、割と大手だよな?」
「なんでも人が次々と辞めていった上にギルド長とベテランの錬金術師が詐欺で捕まったらしいぞ」
「ひえぇー……。何があったんだよ」
ブラックリエイトの名前は聞いたことがある。その昔は一世を風靡したギルドだったけど、代替わりしてからは一変したんだったかな?
二代目のワンマン経営のせいで評判が落ちて、近頃では粗悪品ばかりを生産していたとほんのりと聞いている。
どんなギルドも二代目からダメになるなんて言うけど、ブラックリエイトもその例に漏れなかったわけだ。
その点、私はギルド運営なんかまっぴらご免だから気楽にやらせてもらっている。錬金術師が背負うものは一つでいい。
「このご時世、どこのギルドも安定しないのかねぇ。俺もそろそろ職を見つけないとなぁ」
「自分でギルドを立ち上げるか? 俺の知り合いに出資してくれる奴がいるぜ」
「バカ言え。俺みたいな平民がそんなもん立ち上げても、貴族様が運営するギルドに睨まれてまともに商売なんか出来やしねぇっての」
「ま、そうだわな。俺達みたいなのは雇われで一生を終えるしかない」
男達が自嘲して互いに酒を注ぎ合う。世知辛い世の中だねぇ。
ギルドといえば、私のバカ弟子はどこで何をしているかな?
錬金術師の免許を取るなんて張り切って私から独り立ちしていったけど、何せ生意気だからやっていけているかどうか。
どこかの誰かに嫉妬されてギルドを叩き出されてなけりゃいいけどな。
あいつは正直、私でも計り知れないところがある。たまたま立ち寄った孤児院で当時、あいつは誰とも遊ばずにいた。
一人寂しくガラクタだけで日用品の魔道具を作っていたのを今でも思い出す。
錬金術のれの字も知らない子どもが、だ。普段は弟子なんか絶対にとらない私だけど、あの時ばかりはあいつを引き取ることにしたんだ。
こいつを野放しにしたら、世の中がどうにかなっちまうなんて思ってしまった。世の中がどうなろうと錬金術師は腕一つでやっていけると思っている私が、だ。
正直、いっそ潰して錬金術師の道を諦めさせようと思ったこともあった。
だけどあいつは私が課した修行についてきやがった。そんなバカ弟子は今頃、どこをほっつき歩いているんだか。
そんなことを考えつつ、私は席を立とうとした。
「おっとぉ! いってぇな!」
「ん? あぁ、すまない」
立ち上がったと同時に男が肩をぶつけてきた。王都にもこんな輩がいるとは驚きだ。
「この女ァ! 謝って済むと思ってんのか!」
「悪いことをしたら謝る。人として当然のことをしたまでさ」
人相が悪いこの男は鎧を着込んでいる。腕っぷしも強そうだ。私じゃなかったら泣いてるね。
「ぶつかられた肩がいてぇんだよ。悪いと思ってるなら治療費くらい出せるよなぁ?」
「それはできない。なぜなら、あなたのほうが先にぶつかってきたからだ」
「ほぉ、肝が据わった姉ちゃんだな? 出せねぇなら今夜、付き合ってもらってもいいんだぜ?」
「それはできない。なぜなら、あなたは私のタイプではないからだ」
侮辱されたと感じたらしい男が拳を鳴らしている。そうか、暴力に訴えるつもりか。
衛兵を待ってもいいのだが、今の私はいい気分を台無しにされてすこぶる機嫌が悪くなった。
「舐めてんのか! コラァ! あぁ!?」
「こんな愚行を平然と行う輩を舐めないわけがないだろう。それと好みではないのは本当だ」
「このクソアマがぁ!」
男が殴りかかってきたと同時に私も拳を繰り出す。
「ぐべぇっ!?」
私の拳がヒットした男は酒場のドアをぶち破って、遥か遠くに飛んでいく。
静まり返った酒場内ではすっかり注目の的だ。
「錬金術師たるもの、拳で解決すべし。貧弱な職だからと舐めてるとこうなる」
男にこの言葉が届くはずもない。おそらく向こうで完全に気絶しているだろう。
放っておけば衛兵が拾ってくれるし、バカ同士のケンカで負けたのだろうと思ってくれるはずだ。
それよりすっかり酔いが冷めてしまった。
「これはすまない。酒場のマスター、まずはドアの修理代と私の食事代だ。それと騒がせてしまったお詫びとして、ここにいる全員に奢ろう」
「あ、あぁ。いいのかい?」
「バカのせいで飲み直すことにした。皆もどうか私の奢りに免じて、気分を上げてほしい」
「そ、そうか……おい! 皆! 今日はこの人の奢りだそうだ!」
マスターの言葉を皮切りに酒場内が湧いた。うんうん、人間やっぱり元気が一番だ。お酒はマナーを守って飲もうな。
ご愛読ありがとうございました!
これにて完結です!
綺麗にまとまったと思うのですが、いかがでしょうか?
最後の最後に何かしらの余韻を残しつつ……みたいな終わり方にしました。
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