ブラックリエイト 人手不足
「フレイムアーマーに不備があったとクレームが入った!」
連日のように私はギルドの制作工房内で大声を出していた。納期が間に合わないだけではない。
ここ最近、納品した商品に不備があったとクレームがくるのだ。
理由は様々だが今回の場合はフレイムアーマーの耐久性が著しく低かったというものだった。
炎耐性があるフレイムアーマーを着ていながら、ファイアリザードの炎で大怪我を負うなどあり得ない。
「製作したのはどいつだ!」
「わ、私です……」
「貴様! それでも王立学院卒業生か!」
「すみません! もしかすると素材の選定でミスをしたのかもしれません!」
こいつは何を寝ぼけたことをほざいている。素材の選定も錬金術師の仕事の一つだ。
しかしこれは大体、下っ端がやることになっている。ギルドに入ったばかりの新人はまず先輩のサポートをすることによって、錬金に必要な素材を覚えるのだ。
「フレイムアーマーの素材選定は誰にやらせた?」
「自分でやりました……」
「そんなもの下っ端にやらせればいいだろう!」
「それが先月、入ってきた新人が辞めてしまいまして……。もう下準備を担当する者が一人もいません」
私は愕然とした。確かに文句だけは一丁前の新人が辞めていったのは覚えている。
それでも一人もいないとはどういうことだ?
「もう一人、いただろう?」
「それが先週あたりから出勤してこなくなりました……」
「どいつもこいつも! 今回はファイアリザードの炎を防ぎきれなかったということだ! 炎耐性にはなんの素材を使った!」
「ひ、火吹き蛙の油を少々……」
それを聞いて私はこのバカを殴り飛ばした。こいつ、王立学院を卒業しておきながら何をしている?
あまりに腹が立って、倒れているバカに数発ほど蹴りを入れた。
「ごふっ! や、やめっ……」
「フレイムアーマーなら火竜の鱗だろう! 寝ぼけているんじゃないぞ!」
「で、でも、火吹き蛙の油でも、以前は問題、ありませんでした……。アルチェが用意、したものでした……」
「アルチェだと?」
そういえば下準備はあのガキも担当していたか。無能のくせに下準備だけは異様に早かったな。
確かにその時は問題なかった。火吹き蛙の油に問題なければ、何が原因だ?
私は倒れているこいつの胸倉を掴んで強引に立たせた。
「問題ないのであれば何が原因だ?」
「た、たぶん、魔法の水を、忘れていたんだと思います……」
「魔法の水だと? あんなものがなぜ必要になる?」
「火吹き蛙の油と魔法の水を【配合】して馴染ませてから一度【分解】……。それから【配合】すれば、炎耐性が火竜の鱗並みになると……。アルチェが言っていたんです」
私は眩暈がした。あのバカがそんなことを?
デタラメに決まっている。そんな面倒なことをする必要があるなど聞いたことがない。
「今回は焦ってその手順を忘れてしまっていたのかもしれません……」
「では貴様は今までアルチェの言う通りに錬金をしていたのか?」
「あ、あの子は天才です。私が知らないことをたくさん知っていました。同僚も下準備だけでなく、色々な面で世話になっていました」
「そ、そ、そんなはずは……そんなはずはない!」
あのガキの手際の悪さは私がよく知っている。少し雑用を押し付けただけで文句を言い、時間内に終わらなければ言い訳をする。
唯一、あの安眠のオルゴールは大した完成度だった。だからこそ私の中で何かが燃えて、気がつけばあの安眠のオルゴールを【分解】していたのだ。
認めたくない。認めたくなかった。
大体、素性がわからない女のガキを雇ったことにも反対だったのだ。錬金術師は高貴な血筋の者にこそ相応しい。
「ゲーリー君。ここにいたのか」
「ギ、ギルド長。いかがなされましたか?」
「いかがなされましたかじゃないよ、君ィ。バルトール様の古時計の件はどうなっているのだね?」
「そ、それは順調です!」
ギルド長に問われて私は冷や汗をかいた。たかが古時計の修理などと最初は思っていたのだが、まったく進んでいない。
困ったことにあの古時計、なぜか錬金術の【分解】が通用しないのだ。
仕方なく手で解体をしようと思っても、ネジ一つ回らない。どれほど力を入れても、ビクともしなかった。
「納品日が迫っているのだよ。まさか難航しているのかね?」
「い、いえ。そんなことはありません」
「たかが修理に時間をかけてはバルトール様に合わせる顔がない。早くしてくれたまえ」
「はい!」
ギルド長が去った後、私は急いでギルド内にある自分の工房に戻った。
改めて古時計を観察しても、おかしなところはない。ただ一つ、気がかりなのは特定の時間になると勝手に音が鳴るのだ。
もちろん針などまったく動いてない。これには私も頭を抱えた。
「こいつめ、私を手こずらせやがって……」
依頼書に書かれている内容を改めて読んだ。この古時計はバルトール様の祖父が大切にしていたものらしい。
型や作られた年代を考えても、魔道具のように何らかの仕掛けがあるとは考えにくかった。
何より不可解なのは【分解】が効かない点だ。こんなものは初めてだった。
「【分解】!」
やはり古時計に変化はない。こうなれば仕方ない。強引ではあるが、局所的に破壊しよう。
古時計の裏側をハンマーで叩いた。ところがあまりの堅さに、手が痺れるほどだ。
木製とは思えないほどの硬度で、次第に腹が立ってくる。
「このガラクタめ! この錬金術師ゲーリーに逆らうのかッ!」
熱くなって古時計を思いっきり床に叩きつけた。それからまたドライバーをネジ穴に差し込む。
力を入れて回そうとしたら、するりとネジが外れて私の顔面をめがけて飛んできた。
「ぐあぁぁぁぁ! 目が! 目がぁぁ!」
――ガタガタガタガタ……
床にネジが転がった後、古時計が震えだした。
私は思わず後ずさりしてしまう。こいつは何なのだ。どういうわけか寒気までしてきた。
「ま、まさか、呪いつきとでも?」
古時計の振動が次第に収まっていく。それより目の手当てをしなくては。
幸い視力に異常はないようだ。包帯で目を保護した後、私はしばらく古時計を観察した。
呪いつきであれば、こんなものは錬金術師ギルドの管轄外だ。バルトール様はなんてものをよこした。
いくら公爵とはいえ、やっていいことと悪いことがある。
いや、もし知らないのであれば早急にこの事実を伝えるべきだ。
そう思ってギルド長に相談したのだが――
「ダメだ。バルトール様の依頼を破棄するなど、できるわけがなかろう」
「しかしギルド長! 錬金術師ギルドでは手に負えません!」
「何を言っている? 以前、何度か呪いつきの修理依頼があっただろう? あれは君が担当したのではないのかね?」
「え……」
そうだ。確かに何度か、そういった依頼を引き受けた記憶がある。
しかし修理依頼などろくに確認もせずに下っ端に回したのだ。そう、あのアルチェに回した。
あのガキ、呪いつきをどうしたのだ?
「……わかりました」
「うむ、早く済ませてくれたまえ」
呪いつきなど、錬金術師がどうにかできるわけがない。しかし、あのアルチェは修理していたのか?
いったいどうやって?
「ところで君ィ、その目はどうしたのかね?」
「少し腫れてしまいましてね……」
私は背筋が凍った。自分が置かれている状況、そしてあのアルチェのこと。
すべてをひっくるめて、ようやく事態の重さを認識し始めた。
ブックマーク、応援ありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら
ブックマーク登録と広告下にある☆☆☆☆☆による応援をお願いします!




