実に厄介な話
そうして、アリシア達の<旅>は続くことになるものの、何度も言うようにアリシア自身の<目的>はこのアトラクションをクリアすることではなく、本編とは直接関係のない<イベント>に生じた問題の全容を解明、解決のための糸口を探ることにある。
そして次の街への道中の間に、一つ、大きな<イベント>が控えていた。
<ジュゼ=ファート>が提唱する理念に感化された者達が築いたコミュニティでのそれである。
元々は、街道沿いにありつつも、そこを通る者達相手に商売をすることさえ思い付かないような、よく言えば純朴、悪く言えば知恵の回らない愚鈍な者達の集落だったのだが、ジュゼ=ファートは、そんな彼らを焚き付け、自身の唱える<脱・貴族主義>を、通りがかった者達に<布教>するための手足として作り変えてしまったのだった。
無論、そんなことをして素直に耳を傾けるような者はそんなに多くない。
けれど、ジュゼ=ファートはそれを期待していたわけじゃなかった。こうして主要な街道に現在の体制を真っ向から否定するような者達がいては、国家としては望ましくないわけで、当然、目を付けられる。
ただ、目的のためなら手段を選ばないジュゼ=ファートにとっては実に丁度いいカモフラージュだった。しかも、もし、国がその村を蹂躙などしようものなら、世間に支配者達の冷酷非道さをアピールする絶好の機会になると、そう、<プロパガンダ>に利用できると考えていたのである。
つまり、ジュゼ=ファートという人物は、まさにそういう者なのだ。
貴族や王族による支配を否定しつつ、その実、貴族や王族を倒した後は自分達に都合のいい社会を築こうとしているだけで、その本質は、踏みにじられることになる小さな者達のことは、
『必要な犠牲』
であると考えて切り捨てることができる者だった。
本質的には貴族や王族と何一つ違わない、
『一部の優れた者が世界を動かして、そして、愚昧な大衆はそれが円滑に成立するための捨て駒として役に立てばそれが人としての正しい在り方だ』
と信じて疑わない者だった。
そしてそんな自分に疑問を抱くこともない。
そういう者が大変な才覚を発揮して人並み外れた力を得てしまったのである。
実に厄介な話だった。
ゆえに、主人公が探している<ファリ=ファール>は、そんな兄を止めるために動いているものの、その彼女自身が、人並み外れた才覚の持ち主であり、割と他人の気持ちや感情といったものに無頓着な、兄よりはまだ<人の情>を理解しようという姿勢はあるものの、根っこの部分ではやはり近い存在であり、主人公は結局、それに振り回されているという形なのだった。




