詠唱
<魔術を打ち消す魔術>=<抗魔術>が使える者は魔術師の中でも希少で、ラウルのようなヤミ魔術師に対抗する者として重宝されていた。
とは言え、ヤミ魔術師の取り締まりに駆り出されることを嫌って、自身が抗魔術を使えることを申告しない者も実は少なくないという。
何しろ、相手の魔術が発動してからでないと使えないために、当然ながら危険な役目であり、しかもその割に別途手当てが出るわけでもない一種の<名誉職>なので、<名誉>に拘る者でないと、好き好んで参加しないのだ。
ちなみに、主人公も、ファリ=ファールと離れることを嫌って申告していないという<設定>になっている。
などという裏事情はさて置いて、自身の戦魔術を打ち消されたことで、ラウルにスイッチが入ってしまったようだ。
「ジュゼ=ファートとは決着が付く前に逃げられたからな。お前が相手をしてくれ…!」
感情が昂ぶると目の赤みが増すらしいラウルが目を赤く輝かせて、自身の魔力を高めているのが分かった。
周りにいた者達はさらに距離を取ろうと下がっていく。ゴーディンも慌てて体を起こして這う這うの体で離れていく。
このまま逃げてもおそらく<粛清>は免れないだろうが、少なくともこの場で巻き添えを食って命を落とすよりはマシなのだろう。
アリシアも、自身の魔力を練り上げる。
「!?」
瞬間、アリシアは一歩下がった。直後、彼女が立っていた位置の地面がザクリと裂ける。
空間断裂魔術だ。と言っても、本当に空間を裂いているというのではなく、あくまで魔術により<見えない刃>を生成しているだけなので、ある種の<気配>は察せられる。
さりとて、気配を察してから対処していたのではほとんどの場合、間に合わないが。
アリシアだからこそ、それを察してから動き出しても間に合うだけだ。
だが、今度は抗魔術が間に合わなかった。気付くのに遅れたためだ。
「見えざる踏破!」
アリシアが声を上げると、今度はラウルが身を躱した。その直後、彼のいた位置の地面が突然凹む。まるで、透明な巨人が踏みつけたかのように。
しかし、詠唱によりどんな魔術が使われようとしているかが相手に伝わってしまう。もちろん、それが分かってから対処するのは容易ではないものの、やはり対処できる者にはできてしまうのも現実だった。
「なんだ。詠唱しなきゃ使えない奴か。となると、さっきのはただの圧縮詠唱だな」
容易に見抜かれてしまう。
確かにアリシアの魔法というか魔術は強力だが、ラウルと違って、多くの場合で詠唱が必要なのだった。




