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抗魔術

自分を訝しげに見るラウル・ディルティクスについても、アリシアは悲しげな表情を向けていた。


その生い立ちを知っているからだ。まだ赤ん坊だった頃に両親を殺されて攫われ、犯罪組織の身勝手な価値観の下で育った彼には、当然、一般的な社会常識など備わっていない。徹底的にゴクソツにとってのみ都合のいい考えしか知らないのだから、当然と言えば当然だろう。


現在の火星の司法であれば<情状酌量>さえ認められるレベルである。


もっとも、ラウル自身が行ってきた数々の悪行を考慮すれば、<懲役五百年>が<懲役四百年>に減刑される程度ではあるだろうが。


様々な判例についてもアクセスできるアリシアには、その程度の推測もできてしまう。


けれど、ストーリーを進めないといけないので、ゴーディンと同じく構ってはいられない。


だからアリシアは単刀直入に切り出した。


「ジュゼ=ファートについて情報を求めています。情報の提供を要請します」


淡々とそう切り出した。


瞬間、ラウルの目がスッと細められ、赤みが増した。


「なるほど。お前がジュゼ=ファートについてかぎまわってるとかいう<男爵様>か。こんな奴の始末もできないで俺の手を煩わせるとか、最近の奴らは使えないな」


明らかにゴーディンらのことを言っているのだろうが、そのゴーディンらに視線も向けようとはしなかった。恐らく、家畜以下にしか思っていないからだろう。


そして、今から起こることについて気にしても仕方ないと思っているのが伝わってくる。


するとアリシアが、


「シュッ!」


と小さく鋭く息を吐いた。


「む……?」


ラウルの眉間にしわがよる。いっそう、訝しげな表情だ。


当然か。なにしろ、本来なら今頃、この周囲には無数の巨大な針が地面から生えて、ラウル以外の者は全員、串刺しになっているはずだったのだ。


「お前……抗魔術を使ったのか? 無詠唱で……?」


ゴーディンも、距離を置いて遠巻きに事態を見守っているだけの者達にも、まったく状況が理解できなかったが、さすがにラウルだけはアリシアが何をしたのか察していた。ラウルが使おうとしていた<戦魔術>を打ち消し、発動させなかったのだ。


ただし、ラウルは<無詠唱>と言ったが、実はアリシアが吐いた小さな呼気そのものが<詠唱>だった。<圧縮詠唱>と呼ばれる種類のものだ。


魔力の制御には強い意識の集中が必要であり、<呪文の詠唱>は、自分が使おうとしている魔術を明確に意識し集中するための一種の<自己暗示>とも言えるものだった。


しかしそれだけに<詠唱に要する時間>というものが魔術を使う際には最大のウイークポイントとなるのである。


だが、中には呪文の詠唱を必要としない者もおり、ラウルもその一人なのだった。



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