第1話 目覚め(2019/09/01仮改稿)
2019/09/01
第1話を多少改稿しました。
後日、第一章、第二章は削除する予定ですが、
現状アップしてある本文では、これ以上の導入部分を思いつけません。
ご了承下さい。
つかの間の安らぎ。
泥と化した肉体。
糞と化した魂。
そんな肉体を、魂を、睡眠という最高の歌劇が、安らぎと休息を与えてくれる。
”俺”か?
”俺”の名か……なんだっけな?
そもそも名前ってのは、どこぞの誰かがそう呼ぶから
「ああそうか。俺の名前は、これなんだな」
と勝手に納得し、呼ばれたら返事を返しているだけだ。
そんな安らぎと休息の時も、やがて終演の時がくる。
一人の人間の”声”によって。
カン高い、心臓の毛を逆立てる、どんな不快な音よりも魂を覚醒させる”声”によって。
黒板や曇りガラスに爪を立てたことあるかい?
あれを魂が引き裂かれる音なんてのたまうヤツがいるが、”こいつ”の声に比べたら子守歌に聞こえるぜ。
コンクリートの床をピンヒールで突き刺すように音をたてながら、こっちに近づいてくる声の主。
もう気がついているだろう。その声の主は女だ。しかもとびっきりの美女だ。
見た目”だけ”はな……。
ピンヒールの音の主は部屋の前、対戦車砲でもぶち破れない特殊合金製ドアの前に立つ。
そして、壁に埋め込まれたパネルをのぞき込み網膜認証、パネルに手を当てて静脈認証、そして暗証番号のボタンを押してロックを解除すると、信じられるか? 特殊合金製のドアを蹴っ飛ばして開けたんだぜ!
って、もはや鳩の鳴き声よりもおなじみの光景だけどな。
こいつの目に映る、変わりばえのない、変えようもない部屋の調度品。
部屋の左の壁際には、野戦病院さながらの白いパイプベッド。
右奥の角には、むき出しになった便器と洗面台。
これが俺の住む楽園のすべてさ。
ピンヒールで踏みつけながら、楽園に侵入してくる声の主。
『N国特殊情報部』と言う組織の中で、誰に”魅せる”のかは知らないが、薄ピンクの口紅を纏った唇を、行軍ラッパのように大口開けてだな、パイプベッドで寝ている、
『α国情報部所属、下っ端エージェント』に向かって
”今日の俺の名前”
を叫んだんだよ。毎日の日課のようにな。
あぁ? 今日の俺の名前だって?
最初に言わなかったっけ?
俺様はエージェント、いわゆるスパイだからな、名前なんてあってないようなもんだ。
だからN国の特殊情報部も便宜上、適当に名前をつけて俺を呼んでいるんだ。
ま、刑務所における囚人の識別番号みたいなもんだ。
……いや、そっちの方が百万倍ましだ。
そして、ヤツのピンク色の喉と舌から放たれた名前が、寝ぼけた鼓膜に届けられたんだ……。
「『ウニチャーム、スイート極薄々スリムタイプ。セクシー下着の貴女にピッタリ! 税抜き¥298』! 起きなさい! 尋問の時間よ!」
『人をスーパーのチラシの特売生理用品名で呼ぶんじゃねぇ!』
「買い忘れないように今日のあんたの名前にしたのよ。いい! 自分の名前なんだから今日一日は絶対忘れちゃダメよ!」
そう、今日の俺の名前は
『ウニチャーム、スイート極薄々スリムタイプ。セクシー下着の貴女にピッタリ! 税抜き¥298』だ……。
遠慮するなよ。思う存分、そう呼んでくれて構わないぜ……。