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太陽のなかで変わりゆく街並:7 どんな傘も必要としない僕らの晴れ渡る日常

地球の大地がなくなって

世界が全て青空になってしまう日のことを

僕は時々夢想する

その時って人間が死んでいるのか地球が死んでいるのか

もうよく分からない状況だけど

きっと僕はそこでも「生きている」んじゃないかな

また香奈理子と会える日がくるとすれば

それって僕らが地上にもう縛られていない時だと思う

空に帰るってやつ?

今はまだ「やつら」のことが恐いから

人間は従う以外に道がないのかもしれない

だけど僕らが空を飛んだり

大気圏を越えて宇宙に行ったりするのは

僕らが本来持っている正しい欲求や衝動の現れなんじゃない?

それは「進む」とか「行く」とか言うことができるけど

前向きな意味で「戻る」とか「帰る」とか言ってもいい

僕はそこで

自分のなかにある宇宙を感じる

同時に宇宙のなかにある自分も感じる

そうやって僕は眠りと目覚めを繰り返して

点が円になり

円が点になるひとつの幾何学を世界に見出す

青空だ

世界はこの青空から落ちてきた


 ◇


地震の直後の町は酷い有り様だったのに

今ではもうみんな平気な顔をして歩いている

人間ってやっぱりすごい

自然には勝てないとか言いながら

完全に負けもしない

でも「やつら」の国を崩壊させるために

また何度も何度も地震は起こるんだろうな

その度に人間はどんな言い訳をするだろう

自然には勝てないと思っているから

人間のせいにするんだろうな

それって転化のように思えるけれど

実のところは正しいのかもしれない

つまり

「やつら」に屈服した人間を責めるっていうところ

地震の後に香奈理子と見た桜

本当にきれいだったな

今さらだけど

僕は日本に生まれて良かったと思う

これって単純に感情だけの問題じゃなくて

僕がそう思えること

そう感じること

それから

また春になったら桜を見に行こうって決められること

その一連の流れが日本らしさを表現するし

これって今の僕にしかできないことだと思う

だからきっと香奈理子は桜と一緒だった

それだけでいい

僕はもう

自分のなかの日本を疑ったりはしない


 ◇


久霧里さんの部屋からの帰り道は

声浴ノさんと一緒に歩くことにした

睡美名さんは「また明日ねー」なんて軽い感じで

颯爽とどこかに消えていった

声浴ノさんのことを奔放だって思っていたけれど

たぶん一番捉えどころがないくらいに動き回るのは睡美名さんだ

「なんだか太陽が眩しいねえ」

なんて空を見上げながら言うと

「将来はもっとあの近くまで行けるのかな」

って夢に憧れる少女みたいな瞳で声浴ノさんは応えてくれた

「この大地が水に飲み込まれることがあったら

 その時には僕らは空の住人だ」

「水ならまだいいけど」

と言って声浴ノさんは悲しそうに遠くを見つめるような目をして

ちょとだけうつむく

僕の目も呼応して

瞼に少しだけ力が入った

「いろんな戦争しているでしょ

 目に見えるものも

 見えないものも」

僕は「そうだね」とだけ返して歩き続ける

この社会のなかで生きていくってことは

兵士になるっていうことだ

そのための教育を幼い頃から強制的に受けさせられて

僕らは今ここに立っている

「どこに行く?」

って訊いたら

「社会

 の

 隅っこのほう」

って声浴ノさんは答えてくれた

ちょうど良かった

僕も

そこに行こうと思っていたんだ


 ◇


たまにね

香奈理子の歌が聴こえる時がある

空耳かなって思ったり

耳鳴りかなって思うこともあるけれど

確かに香奈理子の歌だって確信する時もある

どこから聴こえるかっていうのが分からなくて

僕は例えば声浴ノさんに

「何か聴こえない?」

って訊いたりするけれど

そんな時は決まって

「そんな気もする」

って答えてくれる

睡美名さんに訊いてみたら

「え

 いろいろ聴こえてるよ」

って言われるからよく分からない

久霧里さんに訊いてみたら

「なんとなく分かる」

って言ってくれるけれど答えにはならない

僕はひとりで目を瞑って

香奈理子のことをイメージしてみる

すると勢いよく溢れだすくらいに感情が波打って上昇し

僕はたまらず体を反らしてしまう

そんなことをずっと続けていたら

一瞬だけ香奈理子が見えた気がした

いつかも思ったけれど

僕にはこの一瞬だけで十分だ

一瞬だけあれば全てに確信が持てるし

誓うことだってできる

つまり

僕は今でもまだ

香奈理子と対話することができるってことだ


 ◇


僕らは作っているようで崩壊させているってことだから

つまり

社会のなかのどこにいようと

僕らのすることで社会が壊れていく

それは少なくとも現代においてはいいことだと思うし

逆にそうすることでしか僕らは生きられない

でも声浴ノさんも言うように

社会の真ん中に行く必要はない

その隅っこのほうで細々生きていれば

自分に満足する可能性だって見つかりやすいんだろうな

がらがらがらと瓦解していった時に

巻き込まれるのだけは勘弁してもらいたい

これまで社会や世界を動かしていると思っていた人たちが

みんなそろって崩れ落ちていったとしたら

僕はようやくほっとできるだろうな

声浴ノさん

でも今日はとりあえず

僕らの部屋に行こう

あの青空で伸び伸びと生きる日のことを想うと

本当に心が弾むような気分だ

だけれど今の僕らは

そのための準備をしっかりとしなくちゃいけない

だって大地を飲み込んで壊していくのは

もう火でも水でもないんだ

僕らにとってそれらは恩恵になるのだから

もう恐れることはない

だけどね

「やつら」に育てられた悪意だけは

何としても克服しないといけないし

そこから僕らは

逃げ延びることができなければいけないんだ


 ◇


その時のもしもの時には

香奈理子も助けてくれるだろうか

僕は久霧里さんと睡美名さんと声浴ノさんの三人と助け合いながら

ゆっくりと空を目指そうと思うんだけど

時々君のほうを見ながら

「助けて」って祈るかもしれない

もう僕には分かっている

香奈理子は決して消えたわけでもいなくなったわけでもないって

やっぱり声はよく聴こえないし

バードコールだってあんまりないけれど

そういう想いのなかにはっきりとした予感を感じるんだ

今だって香奈理子は僕を見つめてくれていて

言葉通り

「待って」くれている

やあ

香奈理子

少しはまた君に近付いてきたでしょ

まだまだ僕らの距離は長いけれど

とりあえず今は桜を目印にして頑張ってみるよ

あー

風が気持ちいいなあ


 ◇


もうすっかりお昼になってしまった

太陽は僕らの真上くらいでさんさんといい笑顔だ

「やっぱり暑いねー」

って言ったら

「でも嫌いじゃないでしょ」

って言ってくれる声浴ノさんはすっかり僕のことが分かっている

「なんだかね

 声浴ノさんって太陽みたいだよね」

「みたいじゃなくて太陽なの」

あははって僕が笑うと彼女も同じようにあははと笑う

「ねえねえ

 まだ他にもあなたの大切な存在がいるんでしょ」

僕らの部屋が見えてきたあたりで

声浴ノさんが急にそんなことを言いだすものだから

僕は本当にびっくりして立ち止まってしまった

「それ

 分かるんだ」

「私を誰だと思ってるの」

「でもね

 今はまだ会えないんだ」

僕は笑ったつもりだったけれど

ちょっと目元が悲しそうに力んでしまったかもしれない

声浴ノさんは後ろから僕をゆっくり静かに抱いてくれて

今までの誰よりも優しそうな声で

「いつか絶対会わせてね」

って言ってくれた

僕はさすがに涙を堪えられなくなって

すぐそこにある自分たちの部屋が歪んで見えなくなるくらい泣いて

「うん

 絶対会いに行こうね」

って言いながら

僕は声浴ノさんの手を

ぎゅっと握った

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