埃っぽい荒野に花が咲いたら:3 空から降ってきたと思える素敵な関係
芽が出るのは種があったから
種は人の手からやってきたのだろうか
風に飛ばされてやってきたのだとしたら
それでもやっぱり手のように思える
高い木の上から落ちてきたのだったら
それもやっぱり手の行い
植物は水とお日様で育つなんて言うけれど
ここに働いているのは地球そのものと太陽のふたつ
だったら水耕栽培ってどうなんだろう
必要なものは水に溶けているとはいえ
これって僕らに必要なものをしっかり蓄えられるのだろうか
彼岸花が水耕栽培されでもしたら
地球はきっと悲しむだろうな
だから僕も地球から離れないようにしたいと思う
宇宙に行くとかそんな話じゃなくて
僕らの意識に地球の重さがどれだけ把握されるかってこと
そのなかで思い出せることもあれば
思いつくことだってあるはず
僕らが地上で営む思考生活ってその連続だって言えるんじゃない?
芽が出て茎が伸びて葉が広がる
僕らだって同じ工程を辿りながら
時間っていう果ての見えない大気のなかを進んでるんじゃない?
葉が広がるように感情が波打ち
花が咲くように仕事をする
その合間合間に
香奈理子
君はいつもヒントと勇気と
それから
命を僕に与えてくれる
地球で生きていきたいのは本当
でもここでは人間なんてすぐに干からびてしまう
君がいなければ
僕はとっくにミイラにでもなっていただろうな
◇
「香奈理子ってどこから来たの?」
って訊いたら君はまっすぐ空を指差して
「私だけじゃないけど」
と言う
「空の生活はどうだった?
こっちだと重力が辛いとかないの?」
と冗談半分に訊いてみたら
「私はまだ待っているだけ
今でもあなたをずっと待っているのよ」
と言われて会話が終わった
その後はいつものように表情でやりとり
あー
声浴ノさんとのことかな
僕が悪い
というか僕がどうしようもないやつだからっていうのは分かってる
でもこれっていつか治るの?
それを待っているうちに香奈理子
君は
いったいどれくらい歳を取ってしまうだろう
でもその待っている間に僕らは手を繋いだり
キスをしたりセックスをしたりする
そう言えば
君にもらったアドバイスを上司に提案したら
びっくりするくらい興奮してたよ
それから
地球との付き合い方を踏み外さないのも君のおかげ
そんな君に今度歌でも作ろうと思ってるんだ
でも僕が歌うのは恥ずかしいから
その時は香奈理子
君に歌ってほしい
◇
君に似合う旋律
実は密かにずっと考えているんだけど
ぜんぜん思いつかない
世界っていろんな音があって
空を見上げるときっと音楽って無限にあるんだろなって思うけど
君はそんな無限のなかでさえ納まりきらない
言葉を使ってもだめ
むしろ限界はもっと早くやってくる
だけど君のことだけを思い続けながら
こんな言葉に意味なんてあるのかなっていう疑問を抱えながら
それでもずっとずっと紡ぎ続けていると
ちょっとだけ君に気持ちが伝わる気がする
その
ほんのちょっとだけでも
今の僕は満足することができる
だけれどね香奈理子
これは僕の夢なんだけど
いつか君の全てを言葉で語り尽くしてみたいんだ
それも合わせて
君は僕を待っていてくれるかな
◇
空
って言ったら人間はだいたい青空を想像するけれど
雨降りの日だって空は空
それとも雨雲のさらに上のことを空って言うのだろうか
だったら鳥が飛んでいるのはどこって言えばいいんだろう
そういえば
香奈理子が来たっていう空はどのあたりだろう
やっぱり雨雲のあたりだろうか
って考えるのはあまりにもナンセンス
そんなの宇宙に決まってるじゃん
きっと香奈理子は
遠い宇宙から僕にめがけて一直線に飛んできた
うーん
それだとなんだかウル●ラ●ンみたいだな
でも案外そんなものかもしれない
彼女は地球の平和を守りに来たんじゃなくて
僕という存在の平和を守りに来たんだ
じゃあ僕はいったいどこから何をしに来たんだろう
香奈理子に訊いたら教えてくれるかな
それともちょっと依存しすぎ?
人間は常に誰かに依存しながら生きている
なんていうのはどこまでアフォリズムとして通じるだろう
それはどこまでも正当なことだと思うけれど
反面
人間ってどこかで
依存から抜け出すことを望んでいるよね
◇
むしろ
香奈理子の気持ちを感じとったり
その表情が言わんとしていることを思うほうが簡単かもしれない
大きすぎたら全体まで見えないにしても
小さすぎたら存在を主張するだけで大変な作業
僕は
例えば君の着ている服の切れ端からでも
君の匂いや温もりの跡を感じることができる
それですらも僕には大切なメッセージのように思えるし
実際
おそらく君にとっては「たかだかそれくらい」のことでも
世界にとってはとっても大切なこと
僕はそんなひとつひとつの言わば「香奈理子のかけら」を
これまで聴いたことのない不思議な旋律のなかに感じる
やっぱり香奈理子
君は音楽ができたんだね
と言ってもそこに音は存在しないっていう不思議
「4分33秒」って言うけれど
正確にはここにあるのは沈黙であって無音ではない
香奈理子は僕の目の前で全ての音を消し去る
ぽたぽたぽた
ぽたぽた
ぽた
手を伸ばしたくなるけれどすぐに動かなくて
しょうがないから僕は「目」を伸ばす
そこに浸透してくる君はいつも笑ってくれてるね
もちろんあの
悲しそうな表情で
◇
バス停に立っている僕と
バス停からバス停まで次々と移動するバスと
いったい待っているのはどっちだろうか
「バスを待つ」とは言っても
「バスが待つ」なんて言わないから
答えは明白だと馬鹿にされるかもしれない
つまり「待つ」っていうのはひとつの停止であって
動いているものには使わない言葉
確かにバスは動いている
だけれどバスのなかのひとつひとつの椅子は
誰かがそこに座ることを待っている
だったらバスだって待っているって言えるんじゃないの?
香奈理子は僕のところに来てくれるけれど
君の内面はずっと僕を待っている
そこには停止があって
僕が行くまで決して動き出すことはない
だから香奈理子は
僕を待ってもうずっとずっと長い時間を停滞している
ああ
そこまでして僕を見てくれているんだ
そして僕はなんとなくだけれど知っている
きっと自分の気付いていないいろんな場面において
香奈理子が密かに囁いてくれていたこと
知ってる?
香奈理子
君とのキスはね
桜の香りがするんだよ
僕にとってはあの花が散っていく光景が
どうも儚さとは繋がらない
あれは旅立ちで始まりで
そうだな
僕にとっての
一番近くにある朝焼けなんだ
◇
空からくるものっていったいいくつあるだろう
雨に
風に
熱に
それから光もくるし
音だって降ってくる
香奈理子と出会ってからは
命だって空からやってくるのだと知った
それだけなら幸せだったって
そう思っている人もいる
今じゃ思いもよらないいろんな物質が降ってくるから
僕らは触れられないものにまで触れられるようになった
正確には
そういう疑似体験をしているつもりになっているだけだけど
それが嫌で人間本来の生活を望む人もいるみたい
僕はどうだろう
でもどうであっても香奈理子がやってくる空を諦めることはできない
だから僕はこんなに汚いと言われる空であっても
見上げて大きく腕を広げて
やってくるものを受け止めたいと思う
だってそれって
けっきょくのところみんながやってることじゃん
いろんなものが突き刺さって
それでもかつての睡美名さんみたいににこにこ笑っている
僕だってそう
でもその痛みが分かれば
僕は香奈理子の笑顔に少しだけ近付ける
品種改良された種も大量に空から降ってくる
それらが日本の大地に咲かせる花のなかで僕らは迷うとしても
香奈理子
この手を繋いでくれていれば
僕はいつか
本物の花を見つけられる




