006
俺は 目を覚まし ベッドに立て掛けた 剣を握り締めている。
意識の覚醒が進み 苦笑いを浮かべながら 剣から手を離した。
「戦いの感覚が 戻ってきたけど 今度は 過敏すぎるな」
自分部屋に向かってくる 二つの気配と足音で目が覚める。
どちらも 特徴的だ。一つは とても規則正しい足音 まるでメトロノームのようだ。
この足音は 知っている。ヨーヒムさんだ。
「足音にも 性格が出てるんだよなー」
もう一つは 足音も気配もほぼ感じない。ちなみに こちらもわかる。
シオンさんだ。昨日 一日 一緒にいたので 覚えた。
侍女が 城内を大きな足音を立てて歩くのは 無作法だろう。
侍女たちはみな 極力 足音を立てずに 歩く。
しかし シオンさんは それが過ぎるのだ。しかも気配まで消してるし。
過ぎるからこそ それが 大きな特徴になる。
「忍者って こんな感じなんだろうな。中庭でも 覗かれてたし・・・」
それぞれに そんな感想を漏らした。
俺は ベッドから出て 軽く身なりを整え 二人を待つこと 数秒。
「勇者殿 お目覚めでしょうか?」
ノックとともに ヨーヒムさんの声がした。返事をすると
「失礼いたします。お休みのところ申し訳ございません」
ヨーヒムさんが シオンさんを連れ 部屋に入ってくる。
「どうしたんですか?」
「勇者殿には お手数なのですが 部屋を移ってもらいたいのです」
「部屋を?また どうしてですか?」
「魔王討伐の報は 世界各国へ伝わっており、すでに多くの国から 勇者殿に面会し
労をねぎらいたいと 我が国に要請が来ております。
しかも そのほとんどが 王や王族の方々が直接お見えになるとのこと
さすがに、王や王族の方を この部屋にお招きするのは どうかと思いますので
それに相応しい部屋へ移っていただきたいのです」
「はぁ その面会って お断りできないんですかね?」
少し嫌な顔をしながらそう尋ねると
「勇者殿が どうしてもお断りしたいと言うのであれば 可能ですが」
「ですが?」
「ですが、その場合 我が国が少々 まずい立場に立たされます」
ヨーヒムさんは 顔色一つ変えず言った。なるほど 断ればタラクシャが
俺つまり 勇者を独り占めしようとしてると思われる と言うことか。
「俺としては タラクシャに属しているつもりなんですがね」
「そう言っていただけるのは 嬉しい限りなのですが 他国はそのように見てくれません」
大きく溜息をつく。それもそうだ これはつまり しばらくの間 偉い人たちと
会って うんざりする日々が続くと宣告されたのだから。
「わかりました。いつ移動すればいいですか?」
「ありがとうございます。では 今から 参りましょう。お荷物は 後ほど運ばせます」
召還以来 この部屋が 俺の部屋だった。少しばかりの思いでもあり
愛着も湧いていた。ヨーヒムさんに続き部屋を出て 一度 振り返り
部屋を見回す。また、大きな溜息をつきながら 扉を閉めた。
仕方ない。これも 勇者の仕事か・・・・。
連れてこられた部屋に入り ビックリする。とにかく広い。
聞けば 貴賓室のような部屋らしい。
よくわからないけど リビングは20畳だか30畳だかありそうな広さに
豪華な家具 立派な応接セット 照明もシャンデリアになっている。
なんと言うか 落ち着かない・・・。
寝室でさえ 前に使っていた部屋の倍以上ある。
これも 落ち着かない。寝れるかな・・・?
他に 侍女の控え室もあり そこには 簡単な炊事場まであるらしい。
「ここに居る シオンを勇者殿専属侍女筆頭に据え 他に2名の侍女を 勇者殿
専属として配属いたします。後ほど ご挨拶に 伺わせます。それでは ごゆっくり
おくつろぎください」
言いたいことだけ 言ってシオンさんを残し ヨーヒムさんは出て行った。
広い部屋に取り残された シオンさんと俺。き、気まずい・・・。
「では、朝食のご用意をいたします。少々お待ちください」
そして、シオンさんも出て行った。とりあえず、ソファーに座ってみたが
フワフワで 座り心地はとても良いのだが どうも落ち着かない。
日本の平均的 中流家庭に育った者にとっては この広さは 持て余し過ぎる。
すぐに、シオンさんが食事を持って 戻ってきた。
食べ始めたのだが ウォンさんが作った料理なのだから 美味しい・・・
のだが、なんだか 味気ない。今までだって 部屋で一人で食べてたのだから
変わらないはずなのに 部屋が広いだけで こんなに 心境が変わるのかと
ある意味 感心すらする。
厳密に言うと 俺の斜め後ろ 視界にギリギリ入らないところに シオンさんが
控えているのも 落ち着かない理由の一つかもしれない。
食事を終え お茶をすすっていると
「では、あとの二人にもご挨拶させたいのですが よろしいでしょうか?」
シオンさんが聞いてきたので いいよと返事をする。
いったん控え室に戻り すぐに 2人を連れ戻ってきた。
シオンさんの 一歩後ろに控える二人。一人は 明るい金髪 整った顔立ちに
スラリとした スタイル。背も女性にしては やや高めで 海外のモデルさんのようだ。
もう一人は 対照的に 小柄だが 活発そうで可愛らしい顔立ち それに良く似合った
赤毛をしている。そして、小柄なのに 小柄なのに 小柄なのに・・・・
巨乳ちゃんだった。
失礼ながらも そんな品定めをしていると
「私たち 三人で ナオキ様の身の回りのお世話をさせていただきます。
至らない点がありましたら 私に申し付けていただければ 改善するようにいたしますので よろしくお願いいたします」
シオンさんが 言い終わり 三人同時に 深々とお辞儀をし 頭を上げると
「それでは 失礼いたします。御用がありましたら そちらのベルを鳴らしてください」
そして 三人は 部屋を出ようとしたので 俺は
「へっ?」
と 間抜けな声を出してしまった。
シオンさんは振り向き 不思議そうな顔をする。
「どうかいたしましたか?」
「どうもこうも 今ので終わり?」
「はあ?」
シオンさんは 俺の意図を測りきれずにいるようだ。
「シオンさんのことは 知ってるけど 二人のことは知らないんだよ。
二人を呼ぶときは どうしたらいいの?」
「ですから ベルを鳴らしていただければ」
「いや そう言う 意味じゃなくてさ。ちゃんと 自分で自己紹介して 名前を
教えて欲しいんだ。侍女は 仕事であって 身分じゃないんだろ?
身の回りの世話をしてもらって 「おい」とか「お前」とか 言えるほど
俺は偉くないよ。君たちは 別に 俺の道具ってわけじゃないんだから」
後ろの二人は 不安そうに見詰め合っているが シオンさんは 少し表情を緩め
「ナオキ様は 相変わらずですね。わかりました。ターシャ エリー ナオキ様に
ご挨拶さしあげて」
おずおずと前に出る二人。まずは 赤毛の巨乳ちゃんが 声を発した。
「私 エリーと申します。精一杯 ナオキ様のために 働かせていただきます。よろしくお願いします」
次は金髪ちゃんが自己紹介してくれた。
「ターシャと申します。ナオキ様には ご不自由をおかけしないよ 勤めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
「ありがとう。俺はナオキ えーと 一応 勇者ってことになってます。いろいろ迷惑を掛けるかもしれないけど よろしく」
「そんな 迷惑だなんて ナオキ様は 世界を救った英雄なんですよ。その方のお世話をできるのは とても光栄なことだと思っています」
「そうです。私も家族や周りの者に自慢できる名誉ある 仕事を任されたと思っています」
二人の言葉に 後ろでシオンさんも ウンウンと 頷いている。
皆には皆の俺に対しての思いがあるように 俺にも俺の思いがある。
「俺は 別に世界を救ったなんて 思っちゃいないよ。ただ 魔王を倒しただけさ」
三人とも ポカンとした顔をしていた。そして 三人の思いを代表してシオンさんは言う。
「魔王を倒したこと それは世界を救ったことだと思いますが?」
「魔王を倒したからって 世界が何か変わったかい?まだ、何も変わっちゃいないよ。
世界中に飢えで苦しんでいる人が居る。家を失い凍えている人が居る。親を亡くし泣いている子供たちがいる。そして そんな人の多くが 命を失っていく。
それで、世界が救われたって言えるのかい?
なのに、俺は元の世界に帰ろうとしている。俺が 勇者?英雄?とんでもない。
ただの卑怯者だよ・・・・」
感情的になり つい声を荒げてしまい よくよく見ると シオンさんは涙目になっていた。
「ごめん。大きな声を出しちゃって」
涙目のシオンさんは それでも 優しく 優しく 語り掛けてきてくれた。
「ナオキ様は とてもお優しいのですね。世界の人々はそれでも 魔王が倒れたことにより 救われたのです。暗闇に閉ざされた世界に ナオキ様は小さな光をもたらしてくれたのです。その光を強く 大きく世界中を照らせれるようにするのは この世界に住む者の役目だと思います。辛く厳しい道のりでしょうが 全てをナオキ様に頼るのは筋違いでしょう。どうぞ、ナオキ様は お帰りの方法を見出すことに専念してください」
そして 二人組も
「私は ナオキ様にお仕えすることができて とても嬉しいです。光栄です。」
そう言って 泣き出してしまった。
俺と涙目のシオンさんは 見つめ合う。
俺はただ、「ありがとう」としか言えなかった。
シオンは たった二日で ナオキへの気持ちが動いたことに気づく。
「こんな感情は初めて」
ナオキに対して芽生えた小さな感情と 自分の任務。その折り合いのつけ方がわからず
ただ、混乱していくだけであった。




