45 信頼の条件
「じゃあ……明日は朝一番でギルドに行きましょう。えっと……」
「……ああ」
寝室の出入口の前に立ったカヤさんが、言葉に詰まった様にうつむく。
本当は言いたいことがあるのに、上手く言葉にできないときのような……そんな様子だ。
理由はわかっている。それも、彼女のせいではない。
「じゃあ……おやすみなさい」
「おやすみなさい」
ぎこちないやり取りの後、閉じられる寝室の扉。
今日の俺のふるまいが、この気まずさを生み出していることは、わかっている。それでも、隣の部屋へ向かっていく彼女の足音を追うことは、今の俺にはできそうにない。
「……あぁ」
身体を背後に投げ出して、毛布の上に腕を広げる。
その上で言葉にならないうめき声を漏らす。
身体的には十分休めているはずなのに、何故か随分と疲れてしまった。
いや……そんな曖昧な言葉で濁す必要もなく、今の俺は少しおかしい。
「別に……分かっていた……」
そう思えているはずなのに、昼間の言葉がフラッシュバックする。
マスターからの情報を受けて嬉しそうに笑う彼女の表情が、頭の中に繰り返される。
――実は私、マスターから仲間を2、3人見つけてこいって言われてたんです。それも丁度……あなたと会った日に!――
その言葉を聞いた途端、心に棘が刺さったような感覚を覚えた。
もちろん、悪気はないのは分かっている。加えて言うなら、カヤさんが俺のことを尊重してくれているのも分かっている。俺のことを信じて……頼ろうとしてくれていることも、わかっているはずだ。
それなのに……別に、カヤさんからの信頼が揺らいだわけではないはずなのに、この気持ちは一体なんなのだろう。
「ああ……いや……」
少し考えればわかることだ。
彼女は「仲間」を求めていて、俺はそこに収まったわけで。
それが心地いいと、わかっているはずなのに……
今はまだ顔も見えない「新しい仲間」に俺は意地汚い激情を抱いているんだ。
「なるほど……な」
ぐちゃぐちゃな感情の正体を、今、理解した。
この状態を言い表すのに、最もふさわしい言葉は……嫉妬だ。
「よし……謝ろう」
感情の正体を言葉にして、やっと自分の気持ちに整理が付いた。
今なら彼女にしっかりと向き合って話せる気がする。
彼女が、寝室の扉を閉めてから、そう時間は経っていないはずだ。
今から急いで部屋に向かえば、寝る前に声を掛けられるかもしれない。
思い至った心のままに、ベッドから立ち上がって扉へ向かう。
ドアを開いて居間に出て、隣の部屋の前に立つ。
「カヤさん……まだ、起きているだろうか」
声をかけても返事はない。
ひょっとしてもう……寝てしまっただろうか。
そう思って、部屋の扉に手をついて……気付いた。
「? ……開いたままなのか」
その上、まだ明かりが灯っているらしい。
無意識に触れた指先に押されて、音もたてずに扉が開いていく。
驚いて立ち止まっているうちに、部屋の内装を視界に入れてしまう。
「……いないのか?」
ほのかに灯るランプの根元、右手側の角に置かれたベッドの上に、カヤさんの姿はない。
それ以外は暗くて良く見えないが……
部屋の中は、随分と物が多く、ごちゃついているように見える。
「……カヤさん?」
彼女の姿を探して、部屋の中へ踏み入る。
一瞬、私室を覗き見るのも悪いような気がして……思い出す。
そういえば、ここは本来仕事部屋だという話だった。
私室ではなく、仕事部屋なら……
と、筋が通っているのかわからない言い訳を胸に歩みを進めていると、ベッドの傍とはまた別の、明かりのようなものが目に入る。
「……階段?」
床板の一部をくりぬいて作られたような、両開きのハッチ。
そこから覗く光の先には、段になって続く石畳が見えた。
敷石の大きさは不揃いで、そのせいで階段も不格好になっているようだが……
「地下室が……?」
視界の先、光の元になった空間の床は、一枚岩のように滑らかだった。
「カヤさん……?」
気付けば俺は彼女の名を唱えて、階段を下り始めていた。
素足にひんやりとした石の感触が伝わって、全身の感覚が研ぎ澄まされる。
いつか抱いた疲れですら、今は忘れて緊張を抱く。
「――――――――」
彼女の声だ。誰かと話しているような声色ではない。
例えるなら、何か呪文を唱え続けているような、そんな呟き。
あと数段歩みを進めれば、その光景が明らかになるだろう。
何か確証があるわけではないが。
この先を知れば、何らかの前提が大きく揺らぐかもしれないと思う。
――本当に、このまま歩みを進めて良いのだろうか?
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