41 何気ないやり取り
意識を取り戻し、自分の身体が暖かい何かに覆われている事に気が付いた。何度か瞬きをしてみるが、随分と暗くて周りは見えない。ひとまず身を起こし、自分を上から覆っていたものを手探りで確かめる。
「毛皮……となると、ここは寝床だな」
すこしゴワついた毛皮の感触を確かめ終えて、現状の理解に努めようとする。
そういえば、カヤさんと共に森へ入ってからの記憶がおぼろげだ。流石に、家にまではたどり着いたはずなのだが……
「ああ」
そうだ、俺たちは月明かりの下を一緒に歩いていた。それで途中、俺の疲労が限界に近づいて、肩を貸してもらったのだ。確か、家の目の前まではたどり着いて、それから玄関のドアを開けてもらったはずだが……それ以降に起こったことを、全く思い出せない。
「まさか、疲れて気絶でもしたのか」
昨日は半日ほど手合わせに費やしてしまったわけだし、有り得ない話ではないかもしれない。確か、治癒魔法では疲労を回復できないという話だったはず。もしかすると、下手に傷が癒えてしまっていた分、自分の身体の限界を見誤ってしまったのかもしれない。
「情けないな。それに……ああ、やっぱり」
思い当たることがあって、自分の袖を嗅いでみると、当然の問題が発覚する。
「水を浴びたほうが良いな……」
半日全力で動き回った後、何もせずに寝てしまったら、どうなってしまうかなんて分かりきっている。衣服の方はどうしようもないとしても、せめて身体は洗い流したほうがいいだろう。
そうこうしているうちに、目も暗闇に慣れてきた。窓は厚い布で覆われているようだが、微かに月明かりが漏れているおかげで、部屋の中くらいは見渡せる。
身を起こしてみると、俺のいるベッドの隣に、もう一つ一人用のベッドがあるのが分かった。当然ながら、カヤさんの姿はない。おそらく、別の部屋で寝ているのだろう。
「扉は……これか」
両手を添えながら壁沿いを歩いて、ドアの取っ手を探り当てる。そのまま握って、ドアを開くと、居間に出た。長机の横の暖炉が、微かな火の粉を散らしてくれているおかげで、随分と暖かい。
「ん……?」
そんな風に思った矢先、長机の上に明かりが灯っている事に気が付いた。明かりのすぐそばには、四角い帽子を被った人影が見える。
「あれ、もう起きたんですか?」
そういうあなたは寝ていなかったのか、なんて言葉を口走りそうになって、日没からどのくらい経っているか、確認していないことに気が付いた。カヤさんの口ぶりからして、俺の眠りが浅かっただけなのかもしれない。
「目が覚めてしまって……どこかで水を浴びたいんだが」
「なるほど! 確かに今日は動きましたからね。少し待ってください」
そう言って椅子を引いて立ち上がり、そのまま台所へ向かったカヤさんは、少ししてから戻ってきて、一枚の布を手渡してくれた。生地は少しゴワついているが十分に分厚く、水に浸して全身を拭けばさっぱりできそうだ。
「外に水瓶があります。寒いので気を付けてください」
「ありがとう。……ところで、カヤさんはこんな時間まで何を?」
「明日の準備です。食料品を買い足したり、アーフルさんから紹介状を受け取ったり、武具屋に行く時間も必要なので、計画を立ててました」
話を聞きつつ手元を見てみると、彼女は薄い樹皮のようなものに、羽ペンで何かを書いていた。大方、内容は今言ったような予定帳なのだろう。
「……なんだか悪いな。まかせっきりで」
「いえいえ、誘ったのは私ですから」
今に始まったことではないが、やはり彼女はかなりの頑張り屋さんらしい。さっき言った用事だって、半分は俺にかかわることなのに、代わりに考えてくれている。俺も何かできればいいのだが……
「そうだ。ヨウハさんは、文字は読めますか?」
「ああ……申し訳ないが、読めないらしい」
「だったら、明日から少し練習しましょうか。簡単な言葉くらいなら、私にも教えられるはずですし」
「…………」
「どうしました?」
なんというか、ここまで親切にしてもらっていると、やはり、少し思ってしまうところがあるな。いや、実際に親切を受けている、俺が気にすることでも無いとは思うが……
「どうして、そこまでしてくれるんだ?」
気付けば、疑問は口に出ていた。投げかけられたカヤさんはといえば、少し困ったような表情をしたあと、照れくさそうに頭を掻いている。
「こういうのも変ですけど、私、しばらく一人だったので。せっかく仲間になってくれたからには、最大限手助けしたいんです」
「……そうか」
はなから疑っていたわけではないが、そういう彼女の表情に嘘は見えない。
きっと彼女は、彼女は有り余る親切心を抱えて生きているのだろう。
記憶も、身寄りも、何もない俺のような男を、精一杯助けてくれるくらいには親切で……
「……やっぱり、カヤさんは強い人だな。」
「私は……ただ、周りにたくさん、支えてくれている人がいるだけですよ」
「それを自立というんじゃないか?」
「ふむ……それなら私も誰かを支えなきゃいけませんね?」
そう言って、カヤさんは俺の方を向いて柔らかく微笑む。そんな笑顔はテーブルのランプに照らされて、随分と輝いて見えてしまった。
「本当に、あなたにはかなわないな」
「いえいえ」
やはり、彼女は随分と、俺のことを信頼してくれているらしい。
だったら俺は、その信頼を裏切らないように、務めているべきだろう。
「じゃあ、水を浴びてくる」
「ええ。いってらっしゃい」
そうして日々を送るうちに、記憶が戻ることもあるかもしれない。
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