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ニセモノのシルバーキャット  作者: ビーデシオン
第三話 街へおでかけ
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39 勇敢な人

「ヨウ……ハ?」


 聞きなれない言葉を復唱して、カヤさんかの言葉を耳に入れて、やっとその意味が思い至る。彼女は、泥臭くあがく俺を激励するために、たった今名前を考えてくれたのだ。


「なるほど、故郷の言葉でね」


 そう呟いたのは、カヤさんの隣に座りこんでいた師匠さんだ。彼女は少し目を伏せた後、直後に力強く開いて強く俺を睨み、声を張った。


「そこの男の子! カヤちゃんが着けてくれた名前、しかと受け取ってくれたかしら!?」

「あ……ああ!」

「ヨウハって、古い獣人の言葉で、勇敢な人って意味よ!」


 その言葉で、先ほどかけられた言葉を思い返す。

 

『それがたった今分かった、あなたにふさわしい名前!』


 なるほど、こんな俺の姿を見て、あなたはそう思ってくれたのか。

 武器を取り落として、骨を折られて、身体を強く跳ね飛ばされて。こんなにも泥臭くて、情けない姿を見ても、あなたはそう言い切ってくれるのか。

 まったく、あなたの言葉遣いには、いつも感嘆させられてしまうな。


「いい名前だ! 気に入った!」


 だから俺は精一杯叫んで答える。

 両手を口元に合わせて、腰を折り曲げて腹から叫ぶ。

 後ろのマスターには申し訳ないが、これくらいは許して頂きたい。


「ハッ、なんだお前ら、人前で突然馴れ合いやがって」


 大切な言葉を伝え終えたあと、後ろから響いた小言は、随分愉快そうな声色だった。振り返ってみれば、ロングソードを地面について、首をゆらゆらと振りながら、こちらを見据える鎧男が見える。試験前の張りつめた気迫からは考えられないほど、ゆったりとした振る舞いだ。


「あんた、随分口調が軽くなってるぞ」

「言ってろ。こっちが俺の素だ」


 なるほど、今日は虫の居所が悪かっただけで、普段は気のいい人らしい。だったら尚更、俺は彼女に報いなければならないな。

 この試験を乗り越えて、あなたに認められる必要がある!


「せっかくのところ悪いが、試験はまだ終わっちゃいねぇぞ!」

「ああ!」


 そのやり取りを合図に、俺たちは武器を構え直した。


          ◆◇◆◇◆


 サバトン付きのブーツが力強く地面を蹴り、剣底は前。抜刀術のような体制で剣を腰に構えたマスターが、ヨウハさんへ向けて勢い良く踏み込みます。


「うおおおお!!」


 対するヨウハさんは力いっぱいブローバを振り抜きマスターを迎え撃つ形です。腰を下ろして膝を曲げ、少し奇妙な姿勢のまま、ブローバの刃はマスターの側面を強襲します。


「威力が足りない!」


 そう言って、左手を添えた剣の腹で受け止めるマスター。おおよそ木材とは思えないガガガッという音とともに、彼はそのまま刃を滑らせ、ヨウハさんへ向けてさらにもう一歩踏み込みます。


「それはどうかな!」


 そのまま右手に握った剣の底を腹へ突きこもうとしたマスターに対し、ヨウハさんは奇妙な策に出ました。普通なら剣底を避けるべきところを、むしろ自分から、もう一歩前へ踏み込んだのです。


「らああああっ!」


 そのまま半身をねじったヨウハさんは、ブレストプレートの側面をマスターへ向けます。彼は胸の板金と衣服の間に、突かれた剣底を挟み込んだのです!


「なっ?」 


 マスターの驚愕を置き去りにして。ヨウハさんは、踏み込んだ足を軸足に身体を一回転させます。ブローバは即座に剣の腹から離れ、身体の捻りとともに外周に円を描きつつ、刃をマスターの横腹へ向けました。


「無茶苦茶しやがるっ!」


 対するマスターが取った行動は、挟み込まれた剣を捨てての屈伸でした。大きく弧を描くように逸らされた半身が、振り抜かれたブローバの下をくぐり抜けますが、忘れてはならないことが一つあります。


「くそっ!」


 マスターの纏うプレートアーマーは、不安定な体制を回復できるほど、軽く動きやすくはないということです! 今までの機敏さだって異常ではありましたが、体幹勝負はヨウハさんが勝ったようで。海老ぞりに半身を逸らせたマスターは、そのまま仰向けに地面へ転がります!


「とった!」


 その隙にヨウハさんは振り抜いたブローバを手元へ戻し、これ以上ない絶好のチャンスが訪れました!


「うおおおっ!」

「なっ!?」


 腰と肩を引いてブローバの刃を振り下ろすヨウハさん。あろうことか、マスターはその刃を側面をから腕で挟み込み、アーメットに触れる直前で受け止めてしまいました! 革の手袋と、鋼鉄製のガントレットで挟み込まれた刃はピクリとも動きません。


「さっきに比べて重すぎる……! 馬鹿力だな!」

「よく言うよ!」


 折り曲げた肘と腕、そして手のひらで固定しているとはいえマスターの筋力は異常です。それで言えば、即座に振り抜いたブローバを引き戻せるヨウハさんも異常ではあるのですが、現にブローバの刃はマスターの馬鹿力によって止められてしまっています。


「潔く……諦めろ!」

「そうは……いくか……!」


 全身を使ってブローバを押し込むヨウハさんと、上半身の力だけで受け止めるマスター。それなのに競り合っているなんて、はっきり言っておかしすぎます! 両者ともに引く気が無いのはわかりますが、この状況がそこまで長引くなんて!


「はい、そこまで!」


 二人が互いににらみ合っていたところに、そんな声が響きます。みれば、ヨウハさんの肩を、いつの間にか接近していた師匠がポンとおさえていました。それを合図に、ブローバから力が抜かれ半ば馬乗りのようなっていた身体が、横方向に倒れます。


「はあ……危なかったが……」

「何言ってんの、貴方の負けよ」

「なっ!?」


「防具は保険で、使わないって言ってたのに。ガッツリ刃に触れちゃってるじゃない」

「それは……! 攻撃に使わないって意味で……!」


 アーメットで頭が隠れていても分かるほどに動揺しているマスターですが、私も師匠と同意見です。というか、あの状況で粘り続けているのがおかしいのです。普通なら、仰向けに倒れて刃を振るわれた時点で、諦めるべきじゃないですか?


「ほら、カヤちゃんも何か言ってあげなさい」


 そう言って、手招きする師匠に促され、私はスタスタと訓練場へ歩み寄っていきます。踏みしめる音が芝生の物からダートに代わって、わちゃわちゃと組み合った彼らの下で、私は一度立ち止まりました。


「さて……」


 まあ、マスターに一言ぶつけてやるのもいいですが、先に気にするべきは、そちらではないでしょう。


「ヨウハさん。やりましたね!」

「あ……あっ!?」


 私は勢い良く両手を広げ、身を起こしたヨウハさんに抱きつきました。組み合った耳元から、困惑の声が漏れますが、関係ありません。あなたは圧倒的に部の悪い戦いを、諦めずに戦い抜いてくれたんですから!


「……ああ。ありがとう」

「それはこっちのセリフですよ!」


 耳元に優しい声が響いたところで、私は抱きつくのをやめて、ヨウハさんと向かい合います。その瞳は優しく澄んでいて、嬉しそうにほころんだ口角を見ると、私の中の嬉しさが、より一層大きくなってしまいます。


「おい……俺はどうした」

「マスターですか? ……そうですね」


 そういえば、師匠はマスターに何か言ってほしいんでしたね。そう思って師匠の方を見てみましたが、ニッコリと微笑みなおしてくれただけでした。まあ、つまりは私の行動を肯定してくれているのでしょうが、それはそれとして、マスターにも言いたいことがあります。


「さっきまでのマスター、すっごく大人げなかったです」

「なっ!?」


 直後、横から響く噴き出すような音。見てみれば、ヨウハさんと師匠が、同時に口元をおさえていました。みんなも思うところがあったのでしょう。


「ぶははっ! 言うわねカヤちゃん!」

「ああ……! だが……! 的確だっ……!」

「な、な! お前ら……!」


 愉快そうに両手を叩く師匠に、ツボにはまったようにお腹を押さえるヨウハさん。マスターだけは、何やら途切れ途切れの文句を言っていましたが、やがては諦めてくれたようです。大の字に両腕を放り出して、アーメットの口元を開いてくれました。


「くっそ、しょうがねぇな……まあ、試験は合格だし、ギルドに帰ったら仮登録を済ませてやる」

「試験だなんて嘘ばっかり。貴方個人が認めてくれれば、こんなことする必要なかったでしょうに」

「え、そうなんですか?」


 登録については嬉しい言葉がもらえましたが、マスターが認めれば登録できたって、どういうことなんでしょう?


「当然でしょ? この人はマスターなんだから」

「え……? でも……」


 なにか思い違いをしてしまっているのでしょうか? え、でもだってマスターにそんな権限ないはずです。だってこの人は、昼間いつもカウンター裏に座って、暇そうにコップを拭いているだけの……


「マスターって、酒場のマスターなんですよね?」

「……は?」

「え?」

「ん、そうなのか!?」


 呆れた声を出すマスター。固まる師匠。本気で驚愕するヨウハさん。


「え、違うんですか?」


 私のそんなのんきな言葉で。全員が。

 様々な感情の入り混じった、各々の叫び声を上げるまで、あと一瞬。

 視界の端に入ったお日様は、随分と色づいて。


「「あはははははっ!!」」


「冗談だろ!? 嘘だと言ってくれ!」

「わぁ! ごめんなさいごめんなさい!」


 夕焼け空に下に響く、師匠とヨウハさんの笑い声。

 直後に私に詰め寄るマスター。

 平謝りする私。


「あはははははっ!!」

「嘘だろ……俺が……?」

「あー……! 傑作、最高!」

「ごめんなさい本当に……本当に……知らなかったんです……」


 ああ。本来になんということでしょうか。

 一体私は、これからどんな心持ちでマスターと接すればいいのでしょう……?


          ◆◇◆◇◆

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