39 勇敢な人
「ヨウ……ハ?」
聞きなれない言葉を復唱して、カヤさんかの言葉を耳に入れて、やっとその意味が思い至る。彼女は、泥臭くあがく俺を激励するために、たった今名前を考えてくれたのだ。
「なるほど、故郷の言葉でね」
そう呟いたのは、カヤさんの隣に座りこんでいた師匠さんだ。彼女は少し目を伏せた後、直後に力強く開いて強く俺を睨み、声を張った。
「そこの男の子! カヤちゃんが着けてくれた名前、しかと受け取ってくれたかしら!?」
「あ……ああ!」
「ヨウハって、古い獣人の言葉で、勇敢な人って意味よ!」
その言葉で、先ほどかけられた言葉を思い返す。
『それがたった今分かった、あなたにふさわしい名前!』
なるほど、こんな俺の姿を見て、あなたはそう思ってくれたのか。
武器を取り落として、骨を折られて、身体を強く跳ね飛ばされて。こんなにも泥臭くて、情けない姿を見ても、あなたはそう言い切ってくれるのか。
まったく、あなたの言葉遣いには、いつも感嘆させられてしまうな。
「いい名前だ! 気に入った!」
だから俺は精一杯叫んで答える。
両手を口元に合わせて、腰を折り曲げて腹から叫ぶ。
後ろのマスターには申し訳ないが、これくらいは許して頂きたい。
「ハッ、なんだお前ら、人前で突然馴れ合いやがって」
大切な言葉を伝え終えたあと、後ろから響いた小言は、随分愉快そうな声色だった。振り返ってみれば、ロングソードを地面について、首をゆらゆらと振りながら、こちらを見据える鎧男が見える。試験前の張りつめた気迫からは考えられないほど、ゆったりとした振る舞いだ。
「あんた、随分口調が軽くなってるぞ」
「言ってろ。こっちが俺の素だ」
なるほど、今日は虫の居所が悪かっただけで、普段は気のいい人らしい。だったら尚更、俺は彼女に報いなければならないな。
この試験を乗り越えて、あなたに認められる必要がある!
「せっかくのところ悪いが、試験はまだ終わっちゃいねぇぞ!」
「ああ!」
そのやり取りを合図に、俺たちは武器を構え直した。
◆◇◆◇◆
サバトン付きのブーツが力強く地面を蹴り、剣底は前。抜刀術のような体制で剣を腰に構えたマスターが、ヨウハさんへ向けて勢い良く踏み込みます。
「うおおおお!!」
対するヨウハさんは力いっぱいブローバを振り抜きマスターを迎え撃つ形です。腰を下ろして膝を曲げ、少し奇妙な姿勢のまま、ブローバの刃はマスターの側面を強襲します。
「威力が足りない!」
そう言って、左手を添えた剣の腹で受け止めるマスター。おおよそ木材とは思えないガガガッという音とともに、彼はそのまま刃を滑らせ、ヨウハさんへ向けてさらにもう一歩踏み込みます。
「それはどうかな!」
そのまま右手に握った剣の底を腹へ突きこもうとしたマスターに対し、ヨウハさんは奇妙な策に出ました。普通なら剣底を避けるべきところを、むしろ自分から、もう一歩前へ踏み込んだのです。
「らああああっ!」
そのまま半身をねじったヨウハさんは、ブレストプレートの側面をマスターへ向けます。彼は胸の板金と衣服の間に、突かれた剣底を挟み込んだのです!
「なっ?」
マスターの驚愕を置き去りにして。ヨウハさんは、踏み込んだ足を軸足に身体を一回転させます。ブローバは即座に剣の腹から離れ、身体の捻りとともに外周に円を描きつつ、刃をマスターの横腹へ向けました。
「無茶苦茶しやがるっ!」
対するマスターが取った行動は、挟み込まれた剣を捨てての屈伸でした。大きく弧を描くように逸らされた半身が、振り抜かれたブローバの下をくぐり抜けますが、忘れてはならないことが一つあります。
「くそっ!」
マスターの纏うプレートアーマーは、不安定な体制を回復できるほど、軽く動きやすくはないということです! 今までの機敏さだって異常ではありましたが、体幹勝負はヨウハさんが勝ったようで。海老ぞりに半身を逸らせたマスターは、そのまま仰向けに地面へ転がります!
「とった!」
その隙にヨウハさんは振り抜いたブローバを手元へ戻し、これ以上ない絶好のチャンスが訪れました!
「うおおおっ!」
「なっ!?」
腰と肩を引いてブローバの刃を振り下ろすヨウハさん。あろうことか、マスターはその刃を側面をから腕で挟み込み、アーメットに触れる直前で受け止めてしまいました! 革の手袋と、鋼鉄製のガントレットで挟み込まれた刃はピクリとも動きません。
「さっきに比べて重すぎる……! 馬鹿力だな!」
「よく言うよ!」
折り曲げた肘と腕、そして手のひらで固定しているとはいえマスターの筋力は異常です。それで言えば、即座に振り抜いたブローバを引き戻せるヨウハさんも異常ではあるのですが、現にブローバの刃はマスターの馬鹿力によって止められてしまっています。
「潔く……諦めろ!」
「そうは……いくか……!」
全身を使ってブローバを押し込むヨウハさんと、上半身の力だけで受け止めるマスター。それなのに競り合っているなんて、はっきり言っておかしすぎます! 両者ともに引く気が無いのはわかりますが、この状況がそこまで長引くなんて!
「はい、そこまで!」
二人が互いににらみ合っていたところに、そんな声が響きます。みれば、ヨウハさんの肩を、いつの間にか接近していた師匠がポンとおさえていました。それを合図に、ブローバから力が抜かれ半ば馬乗りのようなっていた身体が、横方向に倒れます。
「はあ……危なかったが……」
「何言ってんの、貴方の負けよ」
「なっ!?」
「防具は保険で、使わないって言ってたのに。ガッツリ刃に触れちゃってるじゃない」
「それは……! 攻撃に使わないって意味で……!」
アーメットで頭が隠れていても分かるほどに動揺しているマスターですが、私も師匠と同意見です。というか、あの状況で粘り続けているのがおかしいのです。普通なら、仰向けに倒れて刃を振るわれた時点で、諦めるべきじゃないですか?
「ほら、カヤちゃんも何か言ってあげなさい」
そう言って、手招きする師匠に促され、私はスタスタと訓練場へ歩み寄っていきます。踏みしめる音が芝生の物からダートに代わって、わちゃわちゃと組み合った彼らの下で、私は一度立ち止まりました。
「さて……」
まあ、マスターに一言ぶつけてやるのもいいですが、先に気にするべきは、そちらではないでしょう。
「ヨウハさん。やりましたね!」
「あ……あっ!?」
私は勢い良く両手を広げ、身を起こしたヨウハさんに抱きつきました。組み合った耳元から、困惑の声が漏れますが、関係ありません。あなたは圧倒的に部の悪い戦いを、諦めずに戦い抜いてくれたんですから!
「……ああ。ありがとう」
「それはこっちのセリフですよ!」
耳元に優しい声が響いたところで、私は抱きつくのをやめて、ヨウハさんと向かい合います。その瞳は優しく澄んでいて、嬉しそうにほころんだ口角を見ると、私の中の嬉しさが、より一層大きくなってしまいます。
「おい……俺はどうした」
「マスターですか? ……そうですね」
そういえば、師匠はマスターに何か言ってほしいんでしたね。そう思って師匠の方を見てみましたが、ニッコリと微笑みなおしてくれただけでした。まあ、つまりは私の行動を肯定してくれているのでしょうが、それはそれとして、マスターにも言いたいことがあります。
「さっきまでのマスター、すっごく大人げなかったです」
「なっ!?」
直後、横から響く噴き出すような音。見てみれば、ヨウハさんと師匠が、同時に口元をおさえていました。みんなも思うところがあったのでしょう。
「ぶははっ! 言うわねカヤちゃん!」
「ああ……! だが……! 的確だっ……!」
「な、な! お前ら……!」
愉快そうに両手を叩く師匠に、ツボにはまったようにお腹を押さえるヨウハさん。マスターだけは、何やら途切れ途切れの文句を言っていましたが、やがては諦めてくれたようです。大の字に両腕を放り出して、アーメットの口元を開いてくれました。
「くっそ、しょうがねぇな……まあ、試験は合格だし、ギルドに帰ったら仮登録を済ませてやる」
「試験だなんて嘘ばっかり。貴方個人が認めてくれれば、こんなことする必要なかったでしょうに」
「え、そうなんですか?」
登録については嬉しい言葉がもらえましたが、マスターが認めれば登録できたって、どういうことなんでしょう?
「当然でしょ? この人はマスターなんだから」
「え……? でも……」
なにか思い違いをしてしまっているのでしょうか? え、でもだってマスターにそんな権限ないはずです。だってこの人は、昼間いつもカウンター裏に座って、暇そうにコップを拭いているだけの……
「マスターって、酒場のマスターなんですよね?」
「……は?」
「え?」
「ん、そうなのか!?」
呆れた声を出すマスター。固まる師匠。本気で驚愕するヨウハさん。
「え、違うんですか?」
私のそんなのんきな言葉で。全員が。
様々な感情の入り混じった、各々の叫び声を上げるまで、あと一瞬。
視界の端に入ったお日様は、随分と色づいて。
「「あはははははっ!!」」
「冗談だろ!? 嘘だと言ってくれ!」
「わぁ! ごめんなさいごめんなさい!」
夕焼け空に下に響く、師匠とヨウハさんの笑い声。
直後に私に詰め寄るマスター。
平謝りする私。
「あはははははっ!!」
「嘘だろ……俺が……?」
「あー……! 傑作、最高!」
「ごめんなさい本当に……本当に……知らなかったんです……」
ああ。本来になんということでしょうか。
一体私は、これからどんな心持ちでマスターと接すればいいのでしょう……?
◆◇◆◇◆




