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09. 第二王子

 「リーンハルトはいるか」


 ランチ時、ピンクブロンドの男爵令嬢から逃れる意味もあって生徒会室に立てこもっていたリーンハルトの許に、第二王子・ラインハルトが訪ねてきた。


 「わざわざ学園で私を訪ねていらっしゃるなんて、珍しいですね兄上。急ぎのご要件でしょうか?」


 にこやかに招き入れたリーンハルトに、ラインハルトはギロリと敵意満載の視線を送る。

 「おまえミーナにちょっかいかけてるらしいな」

 「―――――は…? ちょっかい………?」


 ぽかんとするリーンハルトに構うことなく、ラインハルトは一方的に言い放つ。

 「とぼけてもムダだ。既に今朝の話は聞き及んでいる。ミーナからランチに誘ってもらったからといい気になるなよ? 心優しいミーナは、王子の中で唯一母親の違うおまえを気の毒に思っているだけで、そこに他意はないからな!」

 「あ、はい。それはもちろん承知してます。兄上から誤解されたくないのでとお断りしましたので、どうぞご心配なく」


 きっと「ちょっかいをかけているのではなく、こちらがかけられてるんですが?」と言いたいところだろうに、そこはぐっと吞み込んでさらりと受け流したリーンハルトに、ラインハルトは更に噛みついてくる。


 「だいたい何故ミーナの誘いを断る?」

 「…はい?」

 「あの天使のように愛くるしいミーナからの誘いを断るなんて、正気の沙汰とは思えん!」

 「―――――はあ………」


 お誘いを受けたらややこしいことになるのは目に見えているというのに、断ったら断ったで、ラインハルトとしてはそれも気に入らないらしい。

 要するにリーンハルトは、どうあっても難癖付けられるってことなんだろう。外野から見ているだけでも大変厄介そうである。


 「うえ~…。ラインハルト殿下の噂ってガチだったんだなあ…」

 「うん…。ここまでワトソンさんに入れ込んでるだなんて…」


 生徒会室には生徒会の面々が勢ぞろいしており、静かに状況を見守っている。

 オーガスタは完全にドン引きしているが、セラフィは居たたまれなさで胃がキリキリしてきていた。


 第二王子ともあろうお方が。

 初めからおバカ王子だったのならいざ知らず、王太子である第一王子と張り合えるくらい優秀なはずのお方が。

 「愛くるしい」などという、批判を恐れず本音を言ってしまうと非常に薄い理由でイチ男爵令嬢に盲目的に肩入れするだなんて、普通に考えたら有り得ない事態である。


 こんなの、前世のセラフィが「残念王子のお約束~」くらいのノリで考えなしに充てがったテキトー設定の影響に決まっているではないか。


 (ごめんなさい! ごめんなさいラインハルト殿下…! 前世の私が何も考えてなかったばっかりに、こんな目にあわせてしまって本当にごめんなさい…!)


 第二王子・ラインハルトは、国王にはなれないにせよ、王を支え国を支える頼もしい王弟殿下として輝かしい未来を歩んでいくはずだったろうに、今のまま突き進んでしまうと、身分も礼儀もわきまえない男爵令嬢に現を抜かして道を踏み外す、かなりイタイ人となり果ててしまう。

 前世のセラフィのおふざけのせいで、ラインハルトの人生が台無しになってしまうのだとしたら、セラフィはもう国にも王家にも顔向けできない。


 (ラインハルト殿下に目を覚ましてもらわなくちゃ…!)


 勝手に追い詰められた気分になったセラフィは、後先考えずに声を発してしまっていた。


 「は、発言をお許しいただけないでしょうかラインハルト殿下」

 「うおっセラフィ!?」

 ぎょっと目を見開いたオーガスタが慌ててセラフィの声を掻き消そうとしたが、しっかり声が届いたらしいラインハルトは、ちらりとセラフィの方に視線を向けた。


 「君は庶務のアークライツ伯爵令嬢だな。よかろう。発言を許す」

 「あ、ありがとうございます」


 ラインハルトが自分を認識していたことには普通に驚いたが、せっかく発言が許されたのだ。今はとにかくラインハルトを説得しなきゃならない。


 「リーンハルト殿下は、ラインハルト殿下に顔向けできなくなるような真似をするわけにはいかないと、真摯にご説明なさっていました。ワトソン様にもご納得いただけたようですので、今後こういったことは起こらないかと存じます」

 「―――――ほう? 兄の顔を立てたということだな。第三者がそう証言するのであれば、信憑性は高いと考えてよさそうだな」


 ラインハルトに歩み寄る姿勢が垣間見えることから、リーンハルトへの疑念のようなものは払拭できそうだが、それだけでは現状維持にすぎない。

 男爵令嬢との関係が問題視されているという現実を理解してもらわないことには、何も解決しないのだ。


 セラフィは緊張と恐怖で震えそうになりながらも、意を決して口を開いた。

 

 「恐れながら申し上げます。あああああの、らららラインハルト殿下は、ワトソン様とのことはその、ど、どのようにお考えなのでしょうかっっ?」

 (((セラフィ―――――!?)))


 だいぶ声がぐらんぐらんしていたが、それでもセラフィは言い遂げた。

 一度口にしてしまった発言はもう取り消せない。このまま突き進むしかない。セラフィはある意味腹を括った。


 生徒会のメンバーは揃って心の中で絶叫していたわけだが、当のセラフィは、恐怖に打ち勝ち言うべきことを言いきったという達成感により、アドレナリンだかドーパミンだかが過剰分泌されているらしく、ちょっと普通の精神状態ではなくなっており、周囲の様子にまでは意識が向いていない。


 「………どのように、とは?」

 謎に高揚しているセラフィと青ざめる周囲には意を介さず、訝しげに問い返すラインハルトに、セラフィはぶち上がったテンションのままに続けた。

 「もしワトソン様とのご結婚をお考えなのでしたら、今のままでは大変な困難が待ち受けているかと存じますが、どのように乗り越えられるおつもり「兄上!!」んぐ」

 

 その時、背後から抱え込むように伸びて来た手によって、セラフィの口は塞がれた。ぎっちり。がっちり。


 (ふえっ…?)


 おかしいテンションのままに突き進もうとしていたセラフィは、急激に我に返った。

 リーンハルトは、まるで覆い隠そうとでもしているかのように、目を丸くして固まっているセラフィをしっかりと懐に収めている。


 「兄上、彼女は兄上にお心を問うことのできない不甲斐ない私の代わりに勇気を振り絞ってくれただけなのです。どのようなお言葉であれ全て私が引き受けますので、彼女のことはどうかお目こぼしください」


 (えっ…あ、え??)


 背後から包み込まれているセラフィには、リーンハルトの表情は見えていない。

 でも、その声には決然たる思いが滲んでいて、全力でセラフィを庇おうとしてくれていることが、否が応でも伝わって来る。


 勢いで何とかしようとしていたセラフィだが、少し冷静になってみれば、あんなの単なる暴走でしかないことを痛感せざるを得ない。

 何せ相手は王族なのだ。下手なことを言えば罰せられる可能性があることなんて、当然覚悟の上でのことと見做される。


 完全にやらかしてしまったセラフィのことなんか庇ったら、リーンハルトの立場が悪くなってしまうかもしれないのに―――――。

 それなのに、リーンハルトはセラフィをぎゅっと抱え込んで離そうとはしない。


 「絶対に守る」と決意表明しているかのように。


 (―――――私…なんてことを………)


 状況が理解できてくるにつれ、セラフィはみるみる顔色を失っていった。


 前世の自分のやらかしが居たたまれなくて、何も考えてなかっただけのくだらないおふざけに巻き込んでしまったことが申し訳なくて、とにかく何とかしなきゃってことしかセラフィは考えていなかった。

 そのせいで、リーンハルトを窮地に追い込んでしまうだなんて、想像してもいなかったのだ。


 (ど、どうしよう…どうしたら………)


 激しい罪悪感からか体が小刻みに震えだしたことにも気づかず、セラフィは全く働いてくれない頭に発破をかけながら、必死にどうするべきか考え続けていた。

 そんなセラフィにちらりと視線を送ったラインハルトは、呆れたように息を吐いた。

 

 「―――――アークライツ伯爵令嬢が呼吸困難に陥っているぞ。離してやれリーンハルト」

 「え? あ、はい。ごめんねセラフィ」


 リーンハルトはセラフィの口に当てていた手はすぐに離したものの、そのままセラフィの肩へと手をスライドさせながら体を半身ほど反転させて、ラインハルトの目からセラフィを隠すかのように回り込んだ。

 自分の体を盾にするような体勢に変えはしたが、その手は決してセラフィを離そうとはしなかった。


 「…ふうん? おまえが私に強い姿勢を示すとはな」

 ラインハルトはゆっくりと目を細めて、面白いものを見たと言わんばかりにリーンハルトを眺めている。

 リーンハルトはそんなラインハルトの様子にも一歩も引くことなく、真っ直ぐにラインハルトの目を見返した。


 「兄上、ワトソン嬢のことを好ましく思ってらっしゃるご様子ですが、将来をお考えなのでしょうか」

 「そうだな。それも悪くない」

 「王家に嫁ぐための大前提には、見通しが立っていらっしゃるということですか?」

 「大前提? …あ~…あれか…。言われてみればそうだったな………」


 リーンハルトが言わんとしていることに思い当たったらしいラインハルトが、心なしか気まずそうな表情を浮かべていることに、リーンハルトはひっそりと安堵の息を零していた。


 第二王子・ラインハルトは能力的なことで言えば大変優秀なのだが、性格の方は気難しいと言わざるを得ず、行動が読めない部分が過分にあるのだ。

 至極真っ当なことを述べたとて、素直に受け止めて貰えるかどうかは出たとこ勝負でしかない。逆ギレされて不必要に事態が拗れる可能性を考えると、ラインハルト本人へのアプローチを躊躇してしまったリーンハルトの気持ちも分からないではない。


 今回は、いつになく必死なリーンハルトの様子を面白がってくれたおかげかラインハルトがキレることはなかったが、それもこれも結果論でしかない。今回はたまたま悪い方には転がらなかったってだけのことと考えた方がいい。


 「そうだな…。私もしっかり考えることとしよう」

 「お聞き届けくださり、ありがとうございます」


 ラインハルトとしても思うところがあったのだろう。何となく居心地が悪いのか、さっさと踵を返し、生徒会室から立ち去って行った。


 ぱたんと扉が閉まった瞬間、リーンハルトは「はああ~っ」と大きなため息を吐きながら体の力を抜いた。


 「びっっくりした~………。まさかセラフィが真っ向から兄上に挑んで行くなんて思ってもみなかったから、どうしようかと思った…。今日の兄上は話が通じて良かった…」


 セラフィの両肩に手を置いて深く項垂れるリーンハルトに、セラフィの胸はきゅうっと締め付けられる。

 

 「そうだぞセラフィ。ラインハルト殿下って気分で対応変わるから、下手に絡まない方がいいぞ」

 「いいですかセラフィ。高位の人間に物申す時こそ仮面とマントの出番でしょう? ご丁寧に顔出ししてあげる必要なんか何処にもありませんよ」

 「道理を解さない方に道理を説いても概ね無意味ですので、時間が勿体ないと思いますの。…それよりも、いつまでセラフィに纏わりついてるつもりですのリーンハルト殿下? いい加減お離しあそばせ」


 表現こそ各々自由なカンジではあるが、生徒会の面々がセラフィの心配をしてくれていることはしっかりと伝わってきていたので、セラフィの気持ちはじんわり温かくなると同時に、自分が情けなく思えて遣る瀬無い気持ちになる。


 「あっ…あの、私… も申し訳…ありま…せ…」


 声を詰まらせながらも必死に謝ろうとするセラフィに、リーンハルトは優しく微笑みかける。


 「謝る必要はないよセラフィ。あんなに震えてたんだ。本当は怖かったんだろうに、頑張ってくれてありがとう」

 「かっ…かいちょ…」

 「でも、これからは私にも協力させて貰えたら嬉しいな」

 「は、はい。…ごめんなさい…」


 更に優しい言葉をかけられたら泣きだしてしまいそうなセラフィに、リーンハルトは気づいているんだろう。

 それ以上は何も言わずに、セラフィのアタマにぽんぽんと手を置いただけだった。


 ―――――リーンハルトは優しい。


 セラフィのせいで、ラインハルトとの関係が悪化してしまう可能性もあったというのに、それでもセラフィを庇おうとしてくれたし、責めようともしない。

 こうやって手を差し伸べようとさえしてくれる。


 前世のセラフィが書いたあの小説には、こんな細やかな優しさなんて何一つ描写されていない。一事が万事アバウトで、繊細な心の動きなんて悉く省略されていたのだから。


 あの小説に書かれていないところでだって世界は回っているんだってこと、セラフィはちゃんと分かっているつもりだったのに、やっぱり理解できてなんかいなかったらしい。


 小説に書いていない出来事だって起こるということは、こんな風に思いがけない優しさに触れることができる一方で、小説には書いていない理由で取り返しのつかない事態に陥ることだってあるということ。

 セラフィのせいで、ラインハルトとリーンハルトの関係に決定的な亀裂が生じていた可能性も、低からずあったということになるのだ。


 それに思い至り、セラフィはぞっとした。


 「原作者チートがあるから」とか思い上がって、この世界のことを何でも分かっているつもりになるだなんて、そんなの前世で読んでいた異世界転生系のお話で散々見て来た『転生負けヒロイン』のやってることと何が違うと言うのか。


 そもそも、セラフィという転生者が紛れ込んでいる段階で、既に原作とは異なる展開になっているというのに、どうして原作の通りに物事が進むものと信じきっていたのだろう。

 リーンハルトとフリデリカの名乗りポーズを阻止したいというセラフィの目的自体、前世の自分が考えた小説の内容からは逸脱しているというのに。


 原作の筋書きを変えようと行動しておきながら、原作通りに物事が進むものだと思っているだなんて、それじゃあ自分の目的は果たされなくて当然ってことになってしまうのに。


 いとも簡単に「自分は例外だ」と思い込んでしまうこの転生マジックのようなものが、本気で恐ろしい。


 ―――――幸いなことに、セラフィには、致命的にやらかす前に諫めてくれる仲間がいる。


 温かく尊敬できる仲間の心遣いに報いるためにも、セラフィは、『原作者チート』なんて考えを捨て去り、ただ今を生きる一人の伯爵令嬢として真摯な姿勢で歩もうと、固く心に誓った。





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