3―22 北部の異変対応 その三
御前会議において、如何にもモナルク族が悪いと決めつけて、熱弁をふるうツェンバッハ伯爵であり、その蛮行に対する報復を心中で願っているのであろうが、恐らくはモナルク族の恐ろしさは、彼が領都としているクツェンベルクの壊滅で一番よく知っている筈である。
クツェンベルクの街は、北方の高原に住む蛮族に対抗するため、高い石壁に囲まれた城塞都市であり、概ね4キロ四方の広さを持ち、住民は約3万人近くに達する都市である。
従って、伯爵領の領都としてはかなり大きな都市なのである。
因みに我がブルームランドの中心地は、領地名と同じブルームランドだったのだけれど、領地名と都市が同じ名前では紛らわしいので、僕の家名から一部を取ってブラッセルブルクと呼ぶことにしたんだが、人口はおよそ4万人で、公爵領全体としては6万人を超えるぐらいの人口なんだ。
他の古参の公爵領と比較すると、領地の面積も人口も少ないね。
あるいは、この辺も成り上がり公爵として揶揄される一因かもしれないね。
余計な話はさておき、くどいほどモナルク族の非道を訴えてツェンバッハ伯爵の証言は終わった。
その後、この一件について御前会議を提唱したグランザスク公爵から、ハーゲン王国としてこの一件についての報復を為すべきとする理由説明があり、そのために国軍の発動を国王陛下にお願いしたいとの上申が有った。
この辺は宰相との出来レースであり、進行役の宰相は、すぐに各出席者からの意見が求めたのである。
事前の情報通り、積極的に報復に賛成する者は、ベリングズ公爵だけで、残りの大公と公爵達はどちらともつかない煮え切らない態度で意見保留を述べた。
最後に僕にも発言の機会が与えられた。
決してこの場をかき乱すつもりは無いのだが、明確な反論が出ない以上、このままではモナルクの人々との諍いになるので、放置はできないだろう。
特にモナルクの戦力を侮っている武断派の全勢力で立ち向かっても精々二万から二万五千の将兵である。
モナルク全体に立ち向かえば壊滅するか、生き残っても僅かだろう。
今回のクツェンベルクの攻撃は、モナルクの人々の掟から見て間違いなく、ヤーファリ族の方が正しいのであり、正当な仇討を邪魔したクツェンベルクこそが悪いのである。
まぁ、僕としてはやり過ぎの感はどうしても拭えないのだが、それは前世で民主的な世界で育った僕や、ハーゲン王国その他の国の王国制度の中で生きる人々の一般的考え方であり、こちら側の考えを一方的に押し付ければ彼らと同じになる。
郷に入っては郷に従えと言う言葉もあるし、世界観が異なるのだからある程度はやむを得ないんだ。
仮にヤーファリ族への復讐のための戦だとしても、モナルクの人々は正当な仇討に対する復讐を認めないから、彼らの掟に対する挑戦と見て、全部族を揚げて抗戦に及ぶはずである。
ヤーファリ族だけでも二万を超える兵士と戦うことはできなくは無い物の、戦術によってはかなりの被害を受けることになるかもしれない。
それにもまして、武断派の連中は一体誰がクツェンベルクを破壊したのかその当事者を知っているのだろうか?
仮に間違って別の部族に対して戦を仕掛けたなら、間違いなくモナルク全体への戦争を仕掛けたのと同じである。
まぁ、先ほどの掟の解釈から言えば、仮にヤーファリ族に対して報復のための戦を起こしても結果は同じ事になるけれどね。
むしろ、心配なのは、仮にヤーファリ族にしろ、他の部族にしろ、モナルクの人々の数十名以上を殺戮したともなれば、モナルクの人々は間違いなくその軍人を派遣したハーゲン王国そのものを仇討の対象とすることだろう。
前にも言ったが、ハーゲン王国の既存の戦力では敗北が必至であり、彼らの意向次第で王国は消えることになりかねない。
あるいは、僕なら対抗できるかもしれないが、僕自身は戦争は避けたいんだ。
従って、まずは出席者の持っているであろう知識を確認することにした。
「若輩者にはございますが、この場で国軍の出陣の提案に明確な反論を為す方がいらっしゃらないので、敢えて私から苦言を呈させていただきます。
まずは、証人であるツェンバッハ伯爵にお尋ねします。
貴方は、モナルク族が金品と人質を要求したが、それを拒否すると蛮行に及んだと申されましたが、それは事実でしょうか?
また、そのことを証明できる証人が居りますか?」
宰相が若干不服そうな表情を見せながら、ツェンバッハ伯爵に証言を求める。
「私の聞き及んでいる限り、間違いはない。
証人は、クツェンベルク近郊の村に避難していた生き残りの者である。」
「なるほど、・・・。
その証人を王都に呼び寄せるわけにはまいらぬでしょうが、当該証人を含む生き残りの者達は、クツェンベルクでは何をしていた人達でしょうか?
また、何ゆえにモナルク族の攻撃の前にクツェンベルクを離れて近郊の村に避難したのかその理由を聞いていますか?」
「生き残りの人数が60名ほどと聞いておるだけで生業が何か、また、何故クツェンベルクを離れたのかについては詳しく聞いていない。」
「ふむ、・・・。
では、ツェンバッハ伯爵がご存じないようですので、私が入手している情報をご披露いたしましょう。
クツェンベルクの生存者であるとされている60余名の者については、領軍騎士団所属の騎士の家族もしくはその縁者です。
騎士の名前は、アルトマン・クレウス、バイヤー・コリント、ドレヴェス・ベーテル、エッケナー・シントル、グラーツ・アイヒマンそしてヘルマン・オイゼンの6名であり、生存者はいずれもその家族とその縁者です。
因みにこの騎士たちはいずれもクツェンベルクで命を落としております。
さて、ツェンブルク伯爵に再度伺いますが、この騎士たちの家族とその縁者は、何ゆえにクツェンベルクを離れることができたと思いますか?
また、その他の人々がクツェンベルクを離れなかったのは何故だと思われますか?」
「先ほども言ったように、生存者の身元などは報告も来ておらず、儂は知らない。
そうして、彼らが何故にクツェンベルクを離れたのかについても知らない。
但し、他の人々については、クツェンベルクの防備を信じて逃げたりはしなかったのではないかと思料する。」
「ほう、一番騎士達をを信じていそうな家族が逃げて、そうではない方たちは残ったと。
妙な話ではありますが、それは一つの疑問として置いておきましょう。
更にツェンバッハ伯爵にお尋ねしますが、伯爵はクツェンベルクの報復をご希望のようですが、仮に国軍を出動させたとして、一体どこの誰を報復すべしとお考えですか?
この質問については、モナルク族を攻撃すべしと提唱されているグランザスク公爵若しくはそれに賛成の意向を示しているべリングス公爵にお答えしていただいても結構です。」
この質問にはグランザス公爵が怒鳴るように答えた。
「馬鹿なことを言うな。
先程からモナルク族を対象としておる。」
「失礼ながら、モナルクと言う言葉は、貴方がいま仰ったモナルク族の人達が自分たち全体をいう時に使う言葉であり、モナルクの意味は牧畜の神であり狩猟の神でもある「モナルの子」と言う意味合であり、我々がハーゲン国民を含むすべての人族を称して「人」と呼ぶのと同じです。
必ずしも人族としての種族は違いませんけれどね。
モナルクの人々は、大小取り混ぜて280余りの部族からなっている部族集合体なのです。
彼らはそれぞれの部族ごとに縄張りを持ち、お互いに助け合いながら生きています。
さて、ではもう一度お聞きしましょうか。
グランザス公爵は、どの部族がクツェンベルクを襲撃したとお考えですか?
また、彼らは理由もなしにクツェンベルクを襲撃したと思いますか?」
「そんなものは知らん。
攻められたから攻め返す。
これが戦の常道だ。」
「では、グランザス公爵は、わずかに百名ほどの兵力で、クツェンベルクを一瞬で殲滅したモナルクの人々に対して戦を仕掛けて勝てると思われますか?
因みに百年前の戦役では、ハーゲン王国8万の軍勢に対してわずかに2万のモナルクの人々の兵士に完ぺきに敗れました。
ハーゲン王国の死傷者は半数以上に及びましたが、一方のモナルクの人々には百名足らずの怪我人は居たようですが、死者は居なかったようです。
そのような強大な軍事力を有するモナルクと言う共同体に勝てますか?」
多少焦って、グランザス公爵が喚く。
「待て待て、今回のクツェンベルク襲撃に際してモナルク族が百名足らずだと?
そんな話は聞いておらんぞ。
あの城塞都市を落とせるぐらいなら当然に万かそれに近い軍勢と思っていたが・・・。
何処からその情報を知った?」
「情報源については秘匿しますが、ハーゲン王国にも、モナルクの人々にも加担していない第三の勢力からの情報と申しておきましょう。
で、先ほどの質問に戻りますが、百年前に8万の大軍勢で彼らの領域に侵攻したハーゲン王国軍が惨敗した相手です。
今回は十万以上の軍勢を持って攻めますか?
因みに、クツェンベルクを壊滅させたのは百名のうちの七割程度の魔術集団であり、彼らが協力してクツェンベルク上空に巨大な魔法陣を形成し、その魔法陣から無数の火炎弾が投下されたことによりクツェンベルクに籠る領軍を含む全員が死亡したわけです。
更に、もう少しその辺の事情を説明すると、彼らはクツェンベルクに攻撃をしに来たわけではありません。
そのために彼らが正当と思える要求をし、二日間の猶予を与えて、その要求が通らなかったことから攻撃したのですが、当然に事前に警告を与えておりました。
人殺しを渡さねば、クツェンベルクを火の海とすると・・・。
さて、本当に悪いのは誰なのでしょうか?」
「待て、待てぃ。
貴様は先ほどからクツェンベルクの状況を知っているかのように話しておるが、情報源を明かさねば、根拠のない虚言と断じられても仕方があるまい。
いま貴様が言ったことが真実だという証拠を見せろ。」
「証拠ですか?
では、クツェンベルクが、貴方がおっしゃるモナルク族によって滅ぼされたという証拠はどこに有るのですか?
どこの誰とも特定できていないのに、モナルク族の犯行と何故に断ずることができるのか、それを教えてくださいますか?
因みにツェンバッハ伯爵は生き証人ではありませんし、現場を見ても居ません。
唯一残ったのは、騎士の家族であって、騎士は含まれていませんが、当該騎士に言われて二日の猶予のある間にクツェンベルクから外に出た者達ですが、事件の詳細は知らないのでしょうね。」
この反論には、グランザス公爵も答えられなかった。




