3―15 麻薬と怪しげな教団
ブラッセルマン公爵の領地であるブルームランドの視察を終えて、王都に戻って来た僕達だが、色々と課題は残っているよね。
領軍となるべき騎士の確保と、領主館の使用人の確保だ。
特にブルームランドの警備については、これまで通り警備隊と新たに編成された騎士団で取り敢えずの対応が可能ではあるけれど、領軍としては甚だ心もとない規模だから、少なくとも500名体制以上にする必要がある。
因みに他の公爵領では概ね二千名前後の領軍を抱えているようだ。
但し、頭数だけ揃えればよいというものではない。
当面、戦や国境紛争も無いので急ぐ必要は無いのだけれど、鋭意整備して行く必要はあるんだ。
それから、妖精sの調査により、ハーゲン王国内での麻薬の動きについてその詳細が判明しつつある。
また、暗躍する教団の動きについても大まかな動静がつかめて来た。
ハーゲン王国内に教団の秘密支部が一か所(ブルームランドの南部から南東域にある王家の直轄領であるエレーズランドの港町に)存在し、ヴォーラ大陸(ハーゲン王国のある大陸)での統括支部が隣国サルバドル王国の港ホルツマスにあることが分かっている。
表向き商会としての活動も行っているようだが、完全な隠れ蓑としての活動しか行っていないようだ。
教団の支部又は統括支部は、それぞれの商会の地下に巧妙に隠されており、時折ミサを執り行っているようだが、その際に信者の命を生贄として捧げているようだ。
信仰は人の自由ではあると思うけれど、公共の福祉や人道に反する行いは許容できない。
ブラッセルマン公爵領の中では、今のところそのような蛮行は行われてはいないようだが、放置すれば被害は拡大するだろうし、生贄となる信者に不足を来たせば、いずれ信者以外の者の命をも狙うことになることも十分予測される。
カルト教団の場合、信者とその家族等の縁者にも被害が及ぶのは前世の事例でも多々あったからね。
為政者として放置はできないし、ブラッセルマン領だけに捉われずに、根絶する必要があると考えているんだ。
教団の名前は秘匿されているが、デスマルス教団というらしい。
デスマルス教団が扱っている麻薬は、前世のヘロインに似た粉末の薬剤である。
前世の場合、植物の「けし」から抽出した粉末だったけれど、イフリートがヴォーラ大陸の遥か南方沖合に在るシーゼル大陸の様子を現地の妖精を使役して探ってくれた結果によれば、彼らが扱っている麻薬も似たような植物から抽出しているらしい。
但し、前世と異なるのは「けし」が温帯から亜寒帯に属する気候で育つのに比べ、彼らが抽出元として利用している大輪の青い花の咲く『アゴーナ』と言う植物は、熱帯性の植物であり、少なくともヴォーラ大陸では自生も栽培もしていないもののようだ。
従って、麻薬の供出源は、シーゼル大陸にしかないということになる。
また、麻薬の抽出に当たっては、錬金術師が必要であり、麻薬を扱っているためにその作業工程で中毒に陥る者が多数出るようだ。
そのためにヴォーラ大陸を含めて多数の錬金術師を招き入れているようなのだ。
同意を得た上での招聘ならばともかく、拐かしてシーゼル大陸に運んでいる実態があるようだ。
教団本部は、シーゼル大陸北部にあるクリフランド王国にあり、この国は事実上デスマルス教団に乗っ取られている。
その本拠地や各地の支部等が一部判明しているので、当座、ヴォーラ大陸に存在する教団支部とその配下の組織を壊滅させることが喫緊の課題だろう。
妖精sに支援してもらいながら、王都に帰還した翌日の夜には、フランツ・ヴィスク・マンハイム・リーベルト子爵領、及び、デニス・ヴァロ・オットマイアー・ローエン男爵領、並びに王家直轄領であるエレーズランドに赴き、そこにある支部及びその配下の地元犯罪組織の構成員を人知れず抹殺した。
死亡した教団員及びその傘下の犯罪組織の構成員は、延べで281名に及んだよ。
これには末端の売人も入るんだが、単なる顧客は放置している。
前世ならば医療施設等に隔離して依存症を治さねばならないんだが、そんな施設も制度もないから、無理があるんだ。
常習していて禁断症状が出たものは本人か若しくはその家族等で対応してもらわねばなるまい。
一応、禁断症状が出た場合の対応策として対抗薬が造れないかどうかいろいろ試行しているけれど、簡単には行かないね。
おそらくは他の作業を全て投げうって専従しても一年や二年はかかると思う。
それなりの価値は有るだろうけれど、僕が一人で成すべきこととは思われない。
それよりは、ブルームランドを含めて僕の身近な人々の安寧な生活を守ることの方が大事だと思う。
僕の場合、王都に診療所を構えているけれど、僕の診療所だけで救える人はさほど多いわけじゃない。
王都から離れた地域に住む人は診療所まで患者を運ぶ余力さえない貧しい人が多いんだ。
僕一人がいくら頑張っても助けられない病人がいるとわかっていてもどうにもならないよね。
僕ができることを精一杯やって、可能であれば僕の後継者なりを増やして徐々に対応できる数を増やして行くしかないと思う。
僕が殺害した遺体は、全て山中の地下深くに埋めているから、日の目を見ることは無いだろう。
一方で、エレーズランドを治める代官、リーベルト子爵、ローエン男爵の三名あてには、匿名で麻薬の存在とその常習性と依存性を知らせ、各領内にそうした中毒患者がいる可能性を指摘した上で、それら中毒患者が麻薬を得られないことにより錯乱し、凶悪犯罪を起こす可能性を指摘しておいた。
事後の対応は、彼らが何とかするだろう。
もう一つ、南方から麻薬を密輸して来る船については、妖精sが待ち受け捕捉して、麻薬そのものを没収しているから、少なくとも隣国のホルツマスとハーゲン王国の港町には一切の陸揚げができないようになっている。
集めた麻薬については、僕のインベントリに当座保管し、場合により、分解して有用物に変換するつもりでいる。
いずれにしてもシベール大陸に存在する供給元を叩かねば駄目なので、イフリートからの報告次第で、シーゼル帝国に赴いて、デスマルス教団そのものを叩き潰すつもりではある。
本来であれば、こうした案件についての対応とその結果を王家に報告すべきなのかもしれないが、僕としては敢えてしないことにしている。
報告により、僕の能力をあてにされても困るからね。
僕としては余り目立つことなく、陰から多くの国民を守護できれば良いんだ。
◇◇◇◇
儂はデスマルス教団のヘルベル司祭じゃ。
教主様の指示に従い、このヴォーラ大陸に渡り、商会を隠れ蓑に教団のヴォーラ統括支部を造って早三年になる。
サルバドル王国及びハーゲン王国にも地歩を築いて、神薬アゴーナベルを秘密裏に売りさばいて利益を上げるとともに、隠れ信者を日々獲得しておる。
直属の配下に闇魔法が使える助祭二人がいるお陰で、信者の獲得も、教団の秘匿も思いのままじゃ。
いずれ、サルバドル王国もハーゲン王国も我が教団の傘下に入れて見せる。
但し、貴族連中の懐柔は余程に用心してかからねばならぬのじゃ。
彼奴らは魔法師としての素養もあるので、往々にして闇魔法への対抗力も持っているのじゃ。
成果を急くと失敗に終わり、場合によっては、教団自体の発覚や討伐を招くに至る恐れもある。
これは本拠地であるクリフランド王国において、十年ほど前に実際に起きたことであり、その折は、概ね2年に渡る内乱の末にようやく我が教団が主導権を握った経緯があるのじゃ。
早い段階でヴォーラ大陸においてそのような事態が起きると非常にまずいことになる。
我が手元には、未だ三百に満たない手勢しかおらぬ故、一国の軍隊と戦うだけの軍事力は無い。
静かに深く潜行しながら、如何に秘密裏に事を成し遂げるかが、儂の腕の見せどころじゃ。
教団本部を出る際に受けた指示では、ヴォーラ大陸に確固たる拠点を築くのに概ね十年の猶予期間を与えられており、計画通りに進めば、その期間内には少なくともサルバドル王国は掌中に入るものとみておる。
そうしてうまく行けばハーゲン王国すらも支配下におけるやもしれぬ。
そうなればこのヴォーラ大陸で幅を利かしている異教徒どもを、儂が手中に収めた地域から駆逐し、わがデスマルス教団を唯一の国教とすることができるのじゃ。
さすれば贄となる信者も増大し、我らが信ずるバアル様を現世にお迎えできるに違いないのじゃ。
その夢をかなえるために我らは命を懸けて働かねばならぬ。
うん?
何やら騒がしいが何かあったのか?
隣では、このヴォーラ大陸の統括支部を造って1111日目の記念日にあたる故、酒を飲んでも良いと許しを与えたがために、助祭以下の配下が飲んでいる筈じゃが、複数の皿が割れる音がするのは何故じゃ?
左程に泥酔するほどの酒は出してはおらぬ筈じゃが・・・・。
そう思って儂が隣の広間に続くドアに手をかけた途端、ふいにめまいが襲って来た。
何じゃ、どうしたのじゃと思う間にも、ふと気づくと、儂は己が身体を見下ろしていることに気づいたのじゃ。
幽体離脱が実際に有るとは思ってもみなかったが、今、儂の身に起きている。
古の教えに解脱をしたならば天に昇るとあるが、儂の場合は確かに浮遊しておるのじゃが、一向に上に昇って行く気配が見えぬ。
それどころか徐々にわが身の下に儂の幽体が沈んでゆくのじゃ。
叫び声をあげようにも声が出ない。
何かにすがろうにも、腕も足も体の全てが何も感じずにずぶずぶと地下室の床の下の大地へと沈み込んでゆく。
そうして室内にあった灯りが儂の目から閉ざされた瞬間、儂の意識は霧散した。
◇◇◇◇
僕が為したことは、教団のアジトと断定された個所等に襲撃をかけ、居並ぶ者達の頸動脈を止めたんだ。
その日、デスマルス教団のアジト及びその配下にあって麻薬販売等の犯罪に関わっていた者全てが死亡し、その遺体は山中に埋められたのである。




