3ー3 嫁を迎えるために その一
「はい、王家の見栄のために叙爵されてしまったようなものですね。
僕自身は、平民のままでも一向に構いませんでした。
でも、ここまで流されてしまうと、中々に身動きができないものなのです。
二の姫様を伴侶に迎えられない理由もありますが、ダイノス侯爵にその理由をお話しすることはできません。
そう言いつつも、ダイノス侯爵家に仇なす動きをしてしまうのがとても残念ですが、現状では、私がこの国を出るか、若しくはダイノス家にご迷惑をかけるかの二者択一になっています。
ダイノス家のご都合もある程度は承知の上で、お願いしております。」
「ウン?
当家の事情とは?
もしや、養子縁組の動きをご承知か?」
「失礼ながら、一時期、クラウディア嬢のお気持ちを察して、私との縁組が可能かどうかを、色々と模索されていたことを承知しております。」
「どうして、それを?
私の使用人でさえ知らぬはずなのに・・・。」
「私には、そのようなことを知り得る能力が有るとだけ申しておきましょう。」
「なるほど、・・・・。
実は、貴方の叙爵直前に、私は、私の領地に行っていましてね。
そこで、ある仮定での断りを入れて来たばかりなのですが、それもご承知と言うことでしょうか?」
「はい、ダイノス家の遠縁にあたるウェールズ家の次男の方のことですね?」
「ふむ、・・・。
貴方に関する噂の一つに、貴方が大精霊を召喚できると同時に複数の精霊若しくは妖精を召喚し、使役できるのではないかと言う話がございます。
こうなると、それが真実味を帯びて参りますな。」
僕はその話には乗らなかった。
推測は構わないが断定されると色々な意味で拙いからだ。
一方で、ダイノス家に大きな不利益を被るかもしれない立場に追い込むことを、非常に申し訳なく思っており、王家がダイノス家に不利益を与えぬようにするために、一つの決断をなした。
それは、ある意味で自分の信条に反するにものではあるが、自分勝手な行動で人に迷惑をかけるのならば、その信条の一部を変更せざるを得ないだろうと思っている。
「ダイノス侯爵殿、王妃からの申し出は無かったものにすべく、私は王妃様に直談判をいたします。
私が、二の姫様との許嫁を良しとしない理由・・・、貴方にもお話しできないモノですが、それを正直に申し上げるつもりです。
そうして、万が一、王妃様がそれに同意なさらない場合は、私は、この王国を去ることになりますし、クラウディア嬢との婚儀の話も無かったものになります。
二の姫さまとの婚約を拒否する理由は、この国にとっても決して表に出せないこと故、王妃様も同意せざるを得ないと存じます。
本来はこの手を使いたくはありませんでしたが、先行きを考えると、止むを得ないと存じています。
いずれにせよ、他の貴族からの目は多少厳しくなるかもしれませんが、クラウディア嬢の輿入れで王家から不利益を被ることは避けられると存じます。」
「しかしながら、貴方がそのように保証しても、問題は王家の意向次第のところがあり、何ら問題は解決していないように思えるのだが・・・。
それでも、貴方はクラウディアの命の恩人、・・・。
宜しい、あなたを信じましょう。
念のために、娘クラウディアの意向も確認しておきたいが宜しいか?」
「はい、この場に呼んでいただいても構いません。
私から嫁に来て欲しいと申しましょうか?」
「いや、父である私から言った方が、私も了解の上と知って、娘も安心するでしょう。
クラウディアも、貴方が公爵に叙爵されて以来、随分と気落ちしていましてな。
此度の申し入れを知れば、久方ぶりに笑顔を見せてくれるやもしれません。」
◇◇◇◇
ダイノス侯爵が、従者に命じてクラウディア嬢を応接室に呼び出した。
久しぶりに会うクラウディア嬢は、普段の明るさが見られず、少しやつれているようにも見える雰囲気であった。
それでもリックの顔を見ると少し元気を取り戻したようにも見えるが、すぐに目を伏せて沈んだようである。
「リック・オルト・バウアー・ブラッセルマン公爵様、お久しゅうございます。」
そう言って、堅苦しい挨拶をなしたクラウディア嬢である。
リックも型通りの挨拶で応じた。
ダイノス侯爵が言った。
「クラウディア、大事な要件が有ってお前を呼び出した。
前置きは色々とあるのだが、それは後回しにして、ここに居られるブラッセルマン公爵より、お前を嫁に欲しいとの話がある。
お前はどう考える?」
驚きの表情を見せた直後、ぱぁっと、一瞬表情を明るくさせたが、すぐにも顔を曇らせつつ言った。
「ですが、私が公爵家に嫁ぐと、ダイノス家が途絶えることになります。
それではお父様が困るのでは・・・・。」
「確かに、クラウディアの言う通り、ダイノス家がなくなるのは困るな。
だが、儂もまだ若い。
後添えを迎えることもできようし、最悪、養子縁組も視野に入れておる。
だから、我が家の事は、お前が左程心配せずともよい。
儂としては、お前の本心が聞きたい。
その返答次第で、私もいかなる困難にも立ち向かう用意がある。
大事なのはお前の意向じゃ。
ブラッセルマン公爵に嫁ぐ意図はあるか?」
クラウディア嬢は、瞬時迷いつつも決断した。
「お父様、叶うなれば私は公爵様に嫁ぎたく存じます。
ただ、・・・・。
先日のお話では王妃様より二の姫様との縁談が有った由。
なれば嫁ぐのではなく、側室として迎えるとのお話でございましょうか?」
「いや、そうではない。
まぁ、お前の意図が明確になった以上は、お前にもより詳しい事情を話しておこう。
ブラッセルマン公爵殿、クラウディアに一応の背景を説明しておこうと思うが宜しいでしょうかな?」
「はい、もちろんです。」
それから、リックも交えて、早目の結婚が必要な大まかの事情を話した。
その上で、クラウディア嬢にもリックと結婚した場合の危険性について説明したのである。
「さて、クラウディア殿、貴方の意向は先ほど確認しましたが、許嫁としての期間もほとんどない上に、嫁いでからも命の危険性すらあるのだが、それでも嫁に来てくれますか?」
「はい、いかなる困難が待っていようとも、公爵様に嫁げることこそが私の望みです。」
この時点では、未だ結婚式の予定は決められなかったが、概ね一月後との時期を定めて、別途相談することとしたのである。
その詳細については、適宜、二つの家の執事長が情報を交換することとなった。
その日から、ダイノス侯爵家では、可能な限り内々に、クラウディアの嫁入り支度が始まったのであるが、嫁ぎ先については従者達にも伏せられたままであった。
一方で、リックもまた多忙を極めた。
リックのハンター稼業は、しばらくは休業であるが、診療所の活動はそのまま続けることにしている。
ダイノス侯爵邸を訪れた翌日には、王妃との面会を取り付けていた。
王妃との面会のアポイントメントとなると流石に申し込んですぐとは行かず、翌々日の午後と時間を指定された。
リックは、執事長のマイクやメイド長のシェリアとも相談の上で、ブラッセルマン公爵家の家紋を決めた。
一応は、第一案で『下がり藤に桔梗紋』とし、表紋と白抜きの蔭紋のデザインとした。
第二案としては、『ツインのペガサス』を準備して、仮に貴族院での登録が認められない場合には、ペガサス紋にする予定とした。
因みに、貴族院への登録には執事長も連れて行く。
公爵自ら手続きをするという例はほとんど無いのである。
本来、公爵など上位貴族になるまでの過程で、執事長が選出され、執事長の交替があっても通常は、当主が貴族院へ赴くことは滅多にない。
従って、家紋を決めて登録し、同時に執事長の面通しと代理人手続きを行うことで、以後は執事長若しくはその代理人が貴族院での手続きを行うことができるのである。
また、邸の登録については不動産屋が、官吏への報告と貴族院への届け出を為している。
邸の改築については、特段の許認可手続きは無く、改築した後の届け出のみが慣例となっているようだ。
ある意味で、王都を管理する側としては非常に曖昧な部分ではあるが、王宮官吏が、貴族、就中、上級貴族に対してはまともには対抗できないのが実情であるから、多少の嫌がらせはできても、貴族の拝領邸に口を挟めないのである。
その意味で、公爵邸の改築については、リックの思うがままにできるということになる。
いずれにしろ、今後色々な場面で馬車が必要になるために、その日のうちに厩舎と馬車庫を造り、新たに馬借の馬車を参考に新たな馬車を錬金した。
御者は、既にマイクが二名を選出しており、現在は馬の手配をしているそうだ。
馬車についても手配をしているが、中古であればともかく、新たなものは、注文してから手元に届けられるまで、およそ三か月ほどはかかるらしい。
既に発注を終えては居るものの、それとは別に二台の馬車を造っても何ら差し支えない。
馬車は、家紋をつけたものと、家紋がついていない馬車も用意した。
貴族は表立ってその動きを明確にする場合と、非公式に動かねばならない場面もあるようだ。
そのために家紋がついていない馬車も用意することになる。
その日、診療所での診察を終えて、日が暮れてから、リックは夜のお仕事を始めた。
侯爵邸の大改造である。
当初は、大広間だけを改装して、残りは後に回すつもりであったけれど、クラウディア嬢を嫁として迎える以上は仮住まいと言うわけには行かない。
それ故に、旧侯爵邸及び子爵邸を更地とし、最初に地下室と基礎部分から造り始めたのである。
建設予定地には、幕を張り巡らせて外部から工事の内容が見えないようにした。
近隣に三階建ての建物が有るが、遮蔽幕は四階部分から覗いても見えないようにしてある。
ご丁寧に、上部にも遮蔽幕が張られているので、鳥の目をしても内部は窺えない。




