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キズナ  作者: 鮎川りょう
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3

 なら、取り返してやるか。それには、まず資金だ。買値は六十万円でも、売値は最低でも百万円はするだろう。吾作はナオミに訊いた。

「今、預金はいくらある」

「十万円ぐらいなら残っていると思う」

「それだけか。話にならないな」

 吾作は腕組みをした。そしてすぐに組んだ腕を振りほどくと、ベッドの縁を歩いてナオミの服に飛び移った。布を掴んでよじ登り、肩へ乗った。

  

「とりあえず、計算高い叔母夫婦から返してもらうことにしよう。ごっそり貯め込んでいるし、少しぐらいなら融通利かせてくれるはずだ」

 吾作が耳元で囁くと、ナオミが真顔になって頭を振った。

「叔母夫婦に八年間育ててもらったのよ。そんなこと言えるはずないわ」

「あんた、本気でそう思っているのか。お人よしすぎるぜ」

 と、透視で知った事実を伝えたが、それでも口をつぐんで答えようとしない。

  

 やれやれとあきらめた吾作は「窓を少し開けてくれないか」と告げ、服を滑り降りて窓枠のサッシに移動した。そしておもむろにキセルを取りだし、燐を擦って火をつけた。やるせなく吐きだした煙が帯状になって、すっと外へ流れていく。

「じゃ、仕方がない。院長を懲らしめよう」

「それって犯罪では……」

「ふざけんな。罪を犯しているのは向こうだぞ。こっちは相応の慰謝料を頂くだけだ。それのどこが犯罪なんだ。いいかげんに目を覚ませよ。ここで動かなきゃ盲人の被害者が増えるだけだぞ。それでもいいのか」

  

「わかった。それで私はどうすればいいのかしら」

「特別なことは何も望んでいない。普通に退職願いを出すだけだ。あとは俺がやる」

「できるの」

「たぶんな。方法はこれから考える」

 ナオミが不安そうに首をかしげている。大言壮語のわりには作戦も何も決まっていないからだろう。

  

「弁護士に相談したほうが、早いかもしれないわね」

「負けるぞ」

「どうして。強制わいせつ罪が適用されるし、もう一人、被害者がいるのよ」

「それを証明できるか。証言者もいない、証拠もない、弁護士だってお手上げさ。だいいち雇う金もない」

「だったら、どうするつもり?」

「仲間を呼ぼうと思ってる」

  

「えっ、吾作さん以外にも、人間界に小人がいるの」

「微妙な奴が一人いる。というのも俺たち小人は、テレパシーで仲間の位置を大まかにつかめることができるんだ。今のところ俺のアンテナに引っかかる奴は鴉しかいない。それもかなりしたたかな、鴉」

 ナオミが何か言いたげに口をもごもごさせていたが、結局押し黙った。きっと吾作の話が理解できなくて混乱しているのだ。

  

 人の姿をしている小人であれば、少しは期待を持ったのかもしれないが、何せ鴉。ゴミ漁りをしている害鳥のイメージしか浮かばないに違いない。それも従順ではなくしたたかときている。

 だが奴が仲間になれば、とりあえず粗暴な吾作と純粋なナオミとに一つのチームができ上る。頼りないが三人集まれば二本の矢よりは強いだろう。

「鴉さんって気まぐれな印象を受けるけど、信頼できるのかしら。役目、果たせるのかな」

「わからない、でも信頼するしかない」

  

 吾作は戸惑うナオミの手のひらに乗り、ベランダへ出るよう促した。そして手すりに移ると、片膝を立てて座り込んだ。まだ早朝でもあるし、夜行型の鴉がやってくるかは大きな賭けだ。来ない確率は九十パーセント。いや百パーセントかもしれない。

 だがきてほしい。吾作は念じた。青い空に向かって思いきり口笛を吹いた。親指と人さし指をまるめて、強く何度も吹いた。

  

 吾作は祈るように空を見上げる。ナオミも耳を澄ましている。

 しかしビルの谷間から太陽が顔を覗かせても、上空は青に塗り込まれたまま何の動きもない。わずかに泡のような白い雲が浮かんでいるだけで、鴉の姿は見当たらなかった。すでに町は、あちらこちらから通勤者の姿が現れ、ざわめきも広がりはじめている。

  

「どうしてもカラスさんが必要なの」

「うむ」

 吾作は唇を噛んだ。「俺にとって人間は巨大なモンスターだ。まともに張り合ったら相手にされない」

「だったら無理しなくてもいいのよ。別の仕事を探して、こつこつ貯めるから」

「そうはいかない。院長を懲らしめないと、これからも泣き寝入りする障害者が出るはずだ。里にも一人いたが、性犯罪者っていうのは病気なんだ。荒療治をしなけりゃ治らない。放っとけば何度もくり返すだろうし、それに俺の腹の足しにもなる」

  

「吾作さん、見た目は悪いけど、ほんとうは正義感が強い人なのね」

「そんなに見た目が悪いか」

「ううん、そういう意味じゃない」

 見た目の悪さは我慢できるとしても、気に入らないのが正義感だ。里では、みんなから一目置かれるアウトローとして通してきた。だからそんな気持ちになったことも言われたこともない。だが食うためにはやらなくてはいけないこともある。

  

「まあいい。でも勘違いするなよ、狙いはあくまでも金だ」

 吾作は言葉の反動から、依怙地になって、また口笛を吹いた。

 するとナオミが耳を欹て、「何かがやってくる」と、声を弾ませた。

 吾作は目を向けた。羽音は聞こえないが、澄み渡る空の一角に黒い点が見え、その点が徐々に大きくなるのを発見した。

「きっと鴉さんよ。吾作さんの願いが通じたんだわ」

「ああ、きっとそうだ」

 吾作は頷いた。

  


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