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キズナ  作者: 鮎川りょう
10/32

4

 黒い点は向かい側のマンションの上空を二度ほど旋回すると、吾作に狙いを定めて急降下してきた。黒紫色の光沢を放ちながら舞い降りてくる。

「何だよ、こんな時間に呼びだしてさ。もうホームシックにかかったのかい」

 手すりにとまるなり、鴉がまくしたてた。吾作も言い返す。

「かかるか、なめんなよ」

 ナオミが笑みを浮かべた。「仲がよさそうね」

  

「誰だ、この女」

 鴉が反応した。

「ナオミ。俺のパートナーだ」

 鴉がナオミを観察するように眺める。が、目を合わせようともせず耳を欹てるので、すぐに盲人と理解したようだった。くるりと背を向け、吾作に言った。

「それで、何の用だ」

「詳しい話は、中へ入ってからにしよう」

「そのほうがいいと思う。誰に見られているかわからないから」

 とナオミが吾作を肩に乗せ、鴉を部屋の中へ引き入れる。鴉は、ちょんちょんと小刻みに跳ねながら入り込んだ。

  

「で話が、このお嬢さんとの恋バナだったら願い下げだぞ。おいらは、こう見えてもまだ未成年なんだからな。分別のない、エロ親父とはわけが違うんだ」

 鴉がテーブルの上に羽を広げてジャンプした。それを見て吾作もベッドへ飛び降りた。フローリングを隔て、鴉に向き合う。

(何が、分別のないエロ親父だ。いくらも変わらないのに、こいつ小人の齢を見分けられないのか)

 だったらそう思わせておこう、と吾作は思った。そのほうがこの先都合がいい。

  

「ああ、エロ親父の話だ」

「あんた、まさか、このお嬢さんを孕ませたのか」

「冗談もたいがいにしろ。今日来てもらったのは……」

 吾作が言いかけると、ナオミが制した。

「じつは鴉さんの力を借りたくて」

 とベッドの端に座り、事の顛末を話しだした。

  

「力を貸すのは構わないけど、いい加減おいらを鴉と呼ぶのをやめてくれないかな。タカって立派な名前があるんだからさ」

「タカ? カラスなのにタカか」

 吾作は腹を抱えて笑った。

「吾作さん、タカさんに失礼よ」

 とナオミが、指で腕をつねってきた。吾作は飛び上がって後ろに下がり、その場に蹲った。軽くであっても強烈な痛みを感じた。まるで坂の上から転がってきた大きな石に、腕を押し潰されたときのような感覚に似ている。

 ナオミの手加減した軽いつねりで、こんな状態になってしまうなら、人間の本気の拳を喰らったらどうなるのか想像するだけで恐くなった。矢が三本揃ったとしても、非力な吾作と盲目のナオミ、そして口が達者なだけのタカでいったい何ができるのだろうかと不安になった。

  

「タカに聞きたいんだが、お前は覚醒したことがあるか」

「覚醒って、なんだよ。夜目が利くことかい」

「ううん、たぶん違うと思うわ」

 先ほど飛び上がるほど痛がった吾作を見て、ナオミも不安になったのだろう、根拠もないのに否定した。

「まずは、試してみるか」

 吾作はタカのそばへすり寄った。

  

「おいおい、何をしようというんだよ。まさか人体実験じゃないだろうな」

「お前、いつから人間になったんだ。それをいうなら鳥体実験だろ」

「真面目な顔をして冗談はよしてくれよ。そうじゃなくても顔が怖いんだからさ」

 また顔かと、吾作は溜息を吐いた。たぶん吾作の祖先は、こだまでも河童でもなく猪なんだろうなと漠然と思った。

「心配するな、痛いわけじゃない」

「本気なのか。勘弁してくれよ。おいら帰らせてもらう」

「根性のない奴だな。俺が鳥体実験をすると思うか」

「しかねない。里じゃ有名な性悪らしいからな」

「大丈夫よ、タカさん。あなたが飲むんじゃないから。吾作さんが口に含んで、あなたを透視するだけなの」

「よかった。おいら腸が弱いんだ」

「納得したなら、静かにしてろ」

  

 いかげん面倒くさくなり、吾作は布袋から緑の小瓶を取りだした。蓋を開け、手のひらに一滴こぼした。タカはその様子をじっと見つめている。

「飲むぞ、見てろ」

「さっきからずっと見てるけど、わざわざ何で宣言するんだ。やっぱ、おいらを騙して鳥体実験をするつもりだろ」

「黙ってろ。その、うるさい口を閉じるんだ」

 吾作はタカを一喝した。タカは神妙に肯いた。吾作は口に含み、舐めつくした。

「タカ、お前……」

 数秒後。突然、吾作は素っ頓狂な声を上げた。

「何だよ。どうしたっていうんだ。そんなに驚いてさ」

「お前ーー」

「それは聞いたよ。だから、どうしたんだ。その先の言葉を教えてくれよ」

「吾作さん。私も知りたい」

「こいつ、やっぱ鴉なんかじゃない、同族の小人だ!」

  


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