望まれた邂逅
「来ると思っていました。」
夜会の衣装を身に纏い優雅に足を組みソファへ座しているのは、隣国の皇弟であるクレム・ルドベキアだ。
流麗な瑠璃色の髪を襟足で一括りにし、サイドへおろしていた前髪はかき上げるように纏められている。
繊細な金糸の刺繍が入った濃紺の衣装に身を包み、頬杖をついている。
アイリスはあまりに絵画のような光景を目にし、緊張でごくりと生唾を飲む。
そして焦らず、優雅にカーテシーを行った。
「ルドベキアの月にご挨拶申し上げます。ルドベキア皇弟殿下。」
「先日は私と我が祖父フォンテーヌの病状について母クレマチスへもご厚情を賜り、心より御礼申し上げます。」
アイリスは、私に憑依される前から王妃教育を幼少期より徹底され生きてきた。
所作やマナーは体が覚えてくれていた。アイリスの記憶は引き継がれていないが、そこだけが救いといえる。
口上を聞き終えると、クレムはソファから立ち上がりアイリスの元へ。
「ありがとうございます、ナスタチウム嬢。堅い挨拶はどうにも慣れないものでして。」
左手は胸に当て、右手はアイリスの目の前に差し伸べられる。
「私が気に入っている紅茶を用意しています。ご令嬢のお口に合えばよろしいのですが。こちらへどうぞ」
眼前に差し出される手を呆然と眺めてしまうアイリスの様子を察してか、クレムは凛とした眼差しでアイリスを見据えて囁くように言う。
「どうかされましたか?」
「もしや先日と同じく、姫のように抱えて差し上げるのがこちらでのマナーでしたか?」
エメラルド色の瞳が一心にアイリスだけを見つめている。
言われた単語を脳内が反芻していく。
(姫・・・・抱き!?)
ハッと我に返るアイリス。そしてまざまざと蘇る先日の記憶。
沢山の生徒が人垣をつくり、中心を姫抱きにされた私とモデルのように美しいクレムが通った事。
学園の学生ほぼ全員に見られたと言っても過言ではない。
アイリスは脳内にフラッシュバックした光景を振り払うように首を大きく振りながら、
「ちっ、違います!!!少し呆けてしまいました。申し訳ございません!!!!!」と全否定した。
アイリスとしてはこのような経験は今まで一度もなく、エリンジウムには汚物を見るような目で睨まれ手を差し伸べてくれるような事もなかった。
アイリスがエリンジウムに触れようものなら、大袈裟に手を払いのけ睨みつけながら流れるような手つきでグローブを交換しただろう。
そんな光景を楽しむようにクレムは
「はははっ、可愛らしい。頬が薔薇のように美しく咲き誇っていますよ?」
とにこやかに言う。
思わず両の手で覆うように頬を隠したアイリスをみて、更に満足そうに微笑むクレム。
「少し、意地悪をしすぎましたね。レディをいつまでも立たせておくなんて紳士の名折れです。
緊張は和らいだご様子ですね。
さぁ・・・こちらへどうぞ。」
今度はクレムから優しくアイリスの右手を取り、ソファへとスマートにエスコートされた。
(ルドベキア殿下は私が過度に緊張していることに気づいて、意地悪ではあるけどわざとあのような物言いをされたんだわ。)
ローテーブルを挟んで正面に腰かけたクレム。ローテーブルには小さな複数のケーキが並べられていた。
「こちらはルドベキア帝国の特産品ですね!
幼少のころ祖父が送って下さっていたんです。」
「そうでしたか。こちらは特産品のマンゴーやパイナップルを使用しています。
夜会前ですので軽食程度ですが、召し上がってみてください。」
話している最中にも帝国皇弟付きの女官たちが、あっという間にティーセットを用意してくれていた。
マンゴーのケーキをスプーンで取り、口へ運んでく。
華やかなマンゴー果汁、ムースにも贅沢にマンゴーが使われ生クリームも嫌な濃さを感じない。
ペパーミントの爽快な香りが鼻に抜け、とても心地良い。
自然と笑みがこぼれてしまう。
アイリスの反応をみたクレムは幼い少年のような笑みを浮かべ、満足そうだ。
「お気に召していただけたようで良かったです。
こちらの紅茶も入れたてですと、更に香りが感じられますよ?」
勧められるままにケーキを紅茶に持ち替え、一口飲んでみる。
南国を感じるような果実のフレーバーと、煌びやかな花の香りがした。思わずほっと息を吐く。
「とっても美味しいです。
果実の芳醇な香りと、爽やかなお花の香りがします。
こちらはもしやハイビスカスですか?」
「そうです。帝国民に愛されているハイビスカスですが、このように鑑賞するだけでなく花茶として楽しまれているのです。ご令嬢にお気に召して頂けて光栄です。」
涼やかな顔で微笑むクレムに、先日とは違う印象を抱く。先日医務室で会った際は真意が掴みきれない雰囲気がありどこか掴みどころがなかった。
だがこうして2人で挨拶をすると印象が一転し、穏やかで国を心から愛する気さくな方だと思えた。
「こちらにいらっしゃったという事は、何か私にお話しすることがおありなはず。
エーデル公爵の病状についてでしょうか?」
穏やかな空気のまま、どこか緊張感の漂う室内。
持っていたティーセットを置き、アイリスは尋ねる。
「殿下の仰る通りです。
祖父の病状について伺いに参りました。
母クレマチスと共に、公爵領へ向かうことも視野に入れている状態です。」
「そうでしたか。
エーデル公爵は元々持病の多い方ではありますが、最近は特に心臓の調子が悪いです。
息切れがしてしまい長く歩くことができません。
なので車イスを使用して生活をしていらっしゃいます。いつ心臓の発作が出てもおかしくはない、主治医からはそう言われています。」
「そ、そんな!!!!
そのような深刻な状態だったのですね。」
「えぇ。先日お話ししたと思いますが、公爵は私の師であり父のような存在です。公爵に残されている時間は、もしやあと僅かなのかもしれません。
気丈な方ですから、そのような事は一切態度には出されない強いお方です。」
「祖父は昔から心配をかけまいとして、私にも母にもそのような事は話してはくれませんでした。
心優しい祖父のことですから、私達が自身の体調で気を揉むことに気後れしての事なのかもしれません。
ありがとうございます。
殿下のような聡明な方が、祖父の事を師や父と呼んでくださる。祖父は感無量だと思います。」
「・・・お言葉を返すようですが、公爵はナスタチウム嬢のことも常日頃から話しておいででしたよ。
時には危なっかしいこともするが心優しく、曲がったことが大嫌いな男勝りで強い孫娘だと。いつか私にも会わせたいと言うのが口癖でした。」
「そうでしたか、祖父がそのような事を・・・!
殿下、ありがとうございます。私はその言葉だけで、今を生きていられます。・・・そして、祖父が願った私と殿下との邂逅はきっと喜んで下さると思います。
領地に行った際は1番にお話ししたいです!」
「そうですか。それはさぞ公爵もお喜びになる事でしょう。領地に行かれる際は、是非私もご挨拶させてください。」
和やかな雰囲気で紅茶や軽食を嗜んでいると、女官が入室し夜会開始の時間を告げた。
「では殿下、そろそろ参りますので先に失礼させて頂きます。」
「えぇ。ではまた後ほど夜会でお会いいたしましょう。」
目を合わせ互いに微笑むと優雅にカーテシーをして退室し、呼びにきた女官を伴って夜会の会場へと向かった。




