矛盾
(お祖父ちゃんの、願いを、叶える・・・。)
(私が、生きる事で?)
「殿下のお気持ちは嬉しく思います。
ですが、私にはまだ時間が必要です。」
その言葉を受け、クレムは深く頷いて同意を示す。
「そうだと思いました。
考えを変えることも、変えないことも。
アイリス嬢が自ら決めることです。
今後の人生を決めると言っても過言ではない筈。
結論は焦らないで良いのです。」
安心させるようにニコリと微笑んでくれるクレム。
(この人になら、少しだけ、少しだけ話ができるかもしれない。私のつまらない話を。)
「そんな高尚なことではなく、あくびが出るほど非常につまらないお話しです。
殿下の気分を害してしまうかもしれません。
それでも、・・・。
笑わないで、聞いてくださいますか?」
子供が懇願するような、そんな言い方しかできない不器用で嫌になる自分。
可愛げのない、決して自信などない。
自分の話など誰にもしたことがないアイリスにとって、胸の内を誰かに明かすのは初めてのこと。
(落ち着け、落ち着け。ただ話すだけじゃない。
なにをそんな、おかしいよ。
こんなに感情を出すことが緊張するものなの?
声が出ない気がする。裏返っちゃうかも。)
チラリとクレムを見ると視線が合い、ニコッと微笑んでくれる。そして重なっている手をさすってくれる。
(あぁ。この人になら、大丈夫かもしれない。)
深く息を吸って、ふうと一つ息を吐く。
「わ、私の目的とはお祖父ちゃんをこの目で看取ることです。そして、自分も死ぬこと。
お祖父ちゃんのいない世界は、私にとって今より存在する価値がない。そう強く思えるのです。
この気持ちは昔から変わっていません。
目的のためならなんだってやってみせる、そんな覚悟でここまで来ました。」
「でも、今は大事な人が危険に晒されています。
何を優先するべきか、わからなくなっています。
大事な人達を私の命にかえても助けたい。
でもその時、お祖父ちゃんの容体が悪くなったら?
どうしたらいいのか、正直わからないのです。」
(ソラリス様、シンビジウム王女殿下、ミモザ、ベル。絶対、絶対に助けるから。)
「結論を急ぐ必要はないと思います。
己が優先することは、自ずとわかるもの。」
「ただ・・・。」
アイリス嬢に生きていてほしい、そう願う人間がここにいることを覚えておいてください。」
「・・・・・・・・。承知致しました。」
(私に生きていて欲しいと、願ってくれる人。
わからない。自分の気持ちが、決意が。)
その後、馬車の中は沈黙に包まれていた。
沈黙は居心地が悪いものではなく、心の穏やかさをどこか感じる時間だった。
エーデル領地に着いたのは数刻後の昼過ぎのこと。
執事長が出迎えてくれ、貴賓室へとクレムは通されていった。
アイリスはそのまま祖父である、フォンテーヌ・エーデルの元へ早々に案内されることになった。
メイドの案内で一つの書斎へと通された。
ここはアイリスにとって思い出の書斎。
おじいちゃんの執務を眺めており、領地経営や資産形成についてを自然に学んでいた場所でもある。
勉強をしなさいという事は絶対に言わず、興味を持たせるように仕向ける事が得意なおじいちゃん。
書斎を見て回るうちにキラキラと柔らかい光を発する本を見つける。
「これはなんだろう。」そっと手を触れた刹那、アイリスの視界には幼いアイリスとフォンテーヌが映る。
執務室の椅子に腰掛けたフォンテーヌの膝の上に、アイリスを乗せているようだった。
「おじいさま! これはなんですか?」
「これはな、領地の経営をするために必要な書類なんだ。」
「これがですか? いろんな病院の金額が書いてありますよ?これは何の意味があるのですか?」
「はっはっは。よく気がついたね。
これは各病院の収支、売り上げとでも言っておこうか。その数字がこれなんだ。見てごらん?
数字がみーんな違うだろう?」
「そうですね! なんでこんなに差があるんだろう。」
うーんうーんと小さな手で頭を押さえて悩ませるアイリスの頭を、優しい手つきで撫でるフォンテーヌ。
「これはね医療が行き届いているかを見ているんだ。
この地域の売り上げはとても良いだろう?
これは仕事をして体調が悪くなっても、病院は行くことができている賃金を貰えている証。
逆にここの病院は売り上げが低いだろう?
ここは昨年農作物が育たなかった地域なんだよ。
体調が悪くても、病院に行けるだけの賃金が貰えていないことを示している。」
「なるほど! 体調が悪いのを我慢してしまう人が多いと、沢山の人が同じ病にかかってしまいますよね?
でも病院に行くお金はない。どうするんですか?」
「これが経営の面白いところなんだよ!アイリス。
悲しい現実だが、人々は満足に暮らせるお金がない場合軽犯罪に走る傾向がある。この地域では物盗りなどの犯罪も横行してる可能性があるんだ。」
そして別の資料も指し示すフォンテーヌ。
「ここを見てごらん。警察の出動数も犯罪者の逮捕も明らかに昨年から増えているだろう?」
「本当ですね!!
でもこれはどうしたらいんでしょう?
犯罪に走らないようにするためには、元気な人たちが働く必要があります。
それに病気の人たちも治してあげる事で、もっと働ける人が増えるかもしれませんね?」
「アイリスのように聡明な子は、まだその歳でここまで理解できるんだなぁ。」
感嘆するように、慈しむようにアイリスを優しい眼差しで見つめるフォンテーヌ。
「雇用を作る事が領主の出番というわけだ。
雇用を作ってあげるんだよ。」




