perle
不敵に笑うクレムが出した提案とは。
「まずは身体を回復させた方がいいですね。
そのお身体ではエーデル公爵にお会いできないでしょう?」
唐突に出てきた祖父の名前に、頭の中がざわつく。
「お祖父様に、ですか?」
思わず目を見開き問いかけるアイリスに、ニコリと微笑みを返すクレム。
「えぇ。そうです。
その為にはまず身体を治しましょうか。
私は魂の浄化能力に通じて、それに沿った医療にも精通しているのです。
さぁ力を抜いて。」
言われるままに身体から力を抜くアイリス。
クレムの掌から、花畑で見たような神々しい光が漏れ出てくる。それがアイリスの身体を包み込み血が染みている包帯や、大きな青痣を覆い尽くしていく。
アイリスは、体がふわりと軽く浮くような心地がしていた。
やがて光が止み、クレムの元へと返っていく。
「これで包帯をとってもよいでしょう。
見せて下さい。」
腕に巻かれていた包帯をするすると取っていくと、見事に傷跡ひとつなく治癒されている。
「す、すごいです...!!!」
思わず感嘆の声を上げると、とても満足そうな表情のクレムが見えた。
「これでもう歩けるようになりました。
明日には早速エーデル領へ行きましょう。
勿論、私も同行します。
書類も準備せねばならないですし、本日はこちらで失礼させていただきます。」
(書類?)
ぼかーんとした顔をしているのがクレムに伝わったようで、クスクスと笑いを堪えながら
「公爵とお話しすればわかりますよ。
明日は忙しくなりそうですし、もう今日はお休みください。」と言い残し部屋から退出していった。
言われるがままに布団へと身を委ねた。
ーーー翌日
アイリスは早朝から叩き起こされるように起こされ、目が回るような忙しい1日が始まる予感がした。
早朝からクレムに連れられてやってきた女性は、黒を基調としたワンピースに身を包みカーテシーを行う。
「アイリス嬢。
こちらのマダムはトロメリア伯爵夫人です。
これからもお会いする事になるでしょう。
夫人はルドベキア社交界で、一目置かれている存在。
きっと助けになってくださる。」
「まぁ•••!殿下、光栄でございます。
そしてこんなに麗しく美しいご令嬢にお会いでき、
光栄です。クレマチス夫人に似てらっしゃいますね。
私はperleのオーナーをしております。
アルス•トロメリアと申します。
以後お見知り置き下さい。」
ルドベキア帝国随一を誇り、ルドベキア帝国皇弟が支援するブティック「perle」
ルドベキア帝国の女性たちの憧れで、流行がここから誕生すると言われている。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。
トロメリア伯爵夫人。
私は隣国のピオニー王国から参りました。
アイリス•ナスタチウムと申します。
母共々、よろしくお願い致します。」
優雅にカーテシーをする姿を食い入るように見つめたトロメリア伯爵夫人は、何かに火がついた様子で己が弟子たちを次々に入室させた。
その後はあれよあれよという間にドレスの採寸が始まったのだった。
採寸をしている傍ら、何やら2人の話し声が耳に入ってくる。
「どうですトロメリア伯爵夫人。
無理を言って申し訳ない。
期日には間に合いそうですか?」
「何を仰られます殿下!
殿下の為でしたら最優先で行わせて頂きます!
必ず最高級のものを仕立てます。
それにしても、殿下も罪な方ですわね。
女性に一切の関心が無く、氷の心を持つとさえ噂になった殿下がまさか他国のご令嬢をお連れするなんて。」
ニヤリと笑いかけ、トロメリア伯爵夫人の追求を受けたクレム。
「夫人もお人が悪い。
ご令嬢とはそんな関係ではないのですよ。まだ」
(ん? まだ?)言葉を反芻し、その意味がわかってきた時アイリスは狼狽し赤面した。
(ま、まだってなにぃーーーー!?)
バッと2人から顔をそらすが派手にやりすぎてしまうという失態を犯す。
(急に顔を逸らしたら失礼だ。落ち着いて、落ち着いて。)
深呼吸しながらゆっくり顔を戻した。
瞬間交差する2人の視線。
やりきれない表情で目を逸らしたクレムの耳は赤く染まっていた。
話す間もなくドレスを次々と試着していく。
ナスタチウム邸にもアイリスのドレスはあったが、どれも似合わないものばかりだった。
白い肌にホワイトブロンドの髪。
王太子の気を引けるように、誰よりも目立つようにと父コロンバインの意向で派手な装飾で目立つ色を着る事が多かった。
ただの操り人形でもあり、着せ替え人形だった。
今は次々と着るドレスは全てマダムの選別によるもので、普段きたことのないような色合いが多い。
お披露目会のようにクレムとマダム・トロメリアの前でくるくると回ってみせる。
「やはり。
アイリス嬢に似合うのは、気品のある色ですね。
さすがトロメリア伯爵夫人です。素晴らしい」
「光栄でございます殿下。」
そこでアイリスが慌てて口を開く。
「あ、あの!
初めて着る色や形が多くて・・・!
大丈夫でしょうか?
皆様のお目汚しになるのでは・・・?」
ドレスの裾をきゅっと掴んで俯いてしまう。
その手の上に暖かい手が重ねられる。
そしてサラサラと靡く瑠璃色の髪が頬にかかってくすぐったい。
アイリスの耳元で囁くように語りかけてくる。
「今のアイリス嬢は、我が国を傾けてしまうかもしれませんね。美しいです。とても。
できたらこのまま封じ込めてしまいたいくらいに。」
(沸騰したように頬が熱い。どうなってしまうの?)
スッと離れていくクレムの顔を思わず見つめてしまうアイリス。するとクレムも照れたように笑い、
「あまり、見つめないで下さい。
美しいアイリス嬢を手離せなくなってしまう。」
とはにかんでいる。
「殿下・・・。
アイリスは、私はっ!
お恥ずかしゅうございますぅ・・・!」
アイリスは限界だった!
前世でも好きな人がいた時はあったが、恋愛というものに耐性は一切ない。
思わず火照る顔を両手で抑え、更衣室へ走り出していた。
クレムは気まずそうに部屋を見回すと、新しい色合いの生地のサンプルを見つける。
「マダム、こちらでアイリス嬢に似合うドレスを作って頂けますか?」
「はい、可能にございます。
・・・殿下、もしよろしければなのですが。」
クレムの側に寄りトロメリア夫人はなにやらコソコソと耳打ちすると、クレムは少し驚いた表情をした後照れくさそうに言う。
「マダムにお任せしたら安心ですね」
と頰を赤くして笑うのだった。




