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不思議な邂逅

「博打と女で王都を追い出された? そうかい、それは大変だったねぇ。まぁ若い時はそれぐらいのことはあるものさ。ガッカリしてちゃいけないよ。何度でもやり直すきっかけはあるもんさ。あ、お茶がなくなったね。今代わり淹れるからね……」


親方の連れ合いであるフラン婆さんは、皺だらけの顔をくちゃくちゃにし、ニコニコとしながらアイナルをもてなしている。

親方夫妻には子がないためか、親方は私が家にくると何かと歓迎してくれる。

ましてやそれが二人になったのなら悦びもひとしおらしく、婆さんは何かと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。


「ありがとう婆ちゃん。それで、親方は?」

「今人をやって呼びに行ってるよ。この年になってもあの人は糸の切れた凧みたいなもんでね。そろそろ引退しろって言っても聞かないのさ」


困ったことだよ、と婆さんは笑った。


「それはそうとサンドラ、お前まだ独りで山に入ってるのかい?」


婆さんが話題を変える一言を発して、私は頷いた。


「ええ。一人の方が何かと気も楽だし」

「そんなこと言って、嫁入り前の女が山で一人は危ないよ。ウチの人の組に入ったらどうだい? お前ぐらいの腕があるなら歓迎されるだろう?」


アイナルがそこで不思議そうに私を見た。

私はアイナルを見ずに首を振った。


「女の私が山に入ったらみんなに迷惑かけちゃうから。それに私は一人が性に合ってるよ」

「はぁ、お前も強情だねぇ。女が山に入っちゃいけないなんて決まりはもう時代遅れだよ。律儀に守ることもないだろ?」

「それでも、山の神様は嫌がるかもしれないから」

「強情だねぇ。ささ、お茶ならいくらでもあるから飲んでちょうだい」


私の言葉に、婆さんは苦笑しながら殻になった茶のカップを持って奥へ引っ込んでいった。

それを待っていたとばかりに、アイナルが私に小声で訊ねてきた。


「アレクサンドラ、君はこの狩猟組の一員じゃないのかい?」

「本当の意味では入ってない。私は女だから。本当は山に入ったらいけないのよ」

「そ、それはどういう……」

「そりゃ、山の神様は女だと言われてるからね」


私の言葉に、アイナルが「神様が女だから……?」と不思議そうな表情を浮かべた。


「そう。山の神様は女の人でそれはそれは美しい。だから女が山に入ると嫉妬して天罰を下す。獲物は授からなくなるし事故にも遭う。一昔前なら女が山を穢すことはそれはそれは嫌われたものよ」

「そんなこと言って、君はもう一頭仕留めたじゃないか。そんなものは迷信じゃないのかい?」

「それは他の人間の前で言っちゃダメよ」


私が嗜めると、アイナルが口を閉じた。


「迷信でもなんでも、猟師は昔からの掟は必ず守る。それが自分たちや村の平和に繋がると信じてる。だから私は他の猟師に迷惑をかけないように狩猟組には入らない。私単独なら、たとえバチが当たっても私の自己責任だからね」

「へー、この村にはそんな女の人が何人もいるのかぁ」

「何言ってんのよ。いくらこんな辺鄙な村でも鉄砲担いで山に入る女なんて私だけよ」


そう言うと、えっ? とアイナルが驚いた声を出した。

その反応に私がアイナルを見ると、アイナルの方も驚いた表情を浮かべた。


「え、何よ?」

「え? いや、僕、会ったぞ。山の中で、君以外の女の人に」

「はぁ? 何言ってんのよ。疲れて幻覚でも見たんじゃないの?」

「幻覚……? いや、そんな風には見えなかったけど。だって僕、その人に道案内してもらったから君に助けられたんだぞ」


そのアイナルの言葉に、私は少し驚いてアイナルを見た。


「な――何言ってんのよアンタ? 道案内してもらったって誰に?」

「そんな事言われてもわからないよ。僕この村の人間じゃないし。ただ、凄く綺麗な人だったよ。それになんだか不思議な雰囲気の人だった――」


山に私以外の女? しかもこんな厳冬期にか。

そしてあの山の中を道案内した? そんなに山に詳しい人間がこの村にいただろうか。

それに私に向かって? まるで私が山のどの位置にいたのか知っていたというような話だ。


私が無言で眉を顰めると、アイナルが、あ、と声を上げた。


「な、何よ?」

「いや……そう言えばあの女の人……」


そこでアイナルはじーっと私を見つめた。


「……やっぱり」

「な、何が?」

「あの人、物凄く軽装だったな。なんだか白い服を着ててさ。今の君みたいに防寒着や毛皮なんて一枚も着てなかった……」


言っている内に、自分でもその不自然さがわかったのだろう。

アイナルの言葉は、後半は殆ど聞き取れないほどに小さくなっていた。


まさか――。

私の脳裏を、何だか嫌な予感がよぎった。


いやそんな馬鹿な。このヘッポコ男に限ってそれはない。

だってそれは何人もの猟師が乞い願ってもその機会が与えられない、非常な名誉なはずだった。

この何もかもダメダメな、山暮らしになど到底馴染めないだろう男にその機会が与えられた?


いや――私はアイナルの顔をしげしげと眺めた。


「え……何だよ?」


もしかしたら有り得るかも知れない。

何しろコイツは顔だけはまるで彫像のように端正な造作なのだ。

あの方がもし言い伝えの通りの性格をしているならば――この男に手を差し伸べてやろうという気にはなるかもしれない。


まさか、まさかコイツが――?

私の胸が嫌な感じに鼓動したとき、家の奥に人の気配がした。


「やーやや、悪い悪い。遅れてしまったではぁ」


物凄い訛りの声とともにそう言って、一人の老人が部屋に入ってきた。


短く刈り込まれた白髪頭、浅黒い顔にびっしりと彫り込まれた皺。

愛嬌ある丸顔と、そして、猟師のそれにはとても見えない、虫も殺せなさそうな柔和な目――。


この村の狩猟組の頭領、ゼンジ爺さんが、私たちの前に現れた。




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